背後ではまだ喧騒が続いている。
 
抜け出したターゲットにそろりと忍び寄り、腰に腕を巻き付ける。びっくりさせるつもりが、こちらを見ることもなくどうしましたかお嬢さん、とあっさり返されてしまったことが心底悔しい。
 
少しくらい動揺してくれたって良いじゃない。
もし私じゃなかったらどうするの、なんて答えが分かりきった馬鹿な考えさえ今の私には大きな痛手だ。
 
 
「…なんとなく、甘えてみたかった、だけ。」
 
「へぇ、これで甘えてるつもりかよ。」
 
 
振り向くことも歩みを止めることもないユーリに悲しくなってくる。
邪険に扱われないだけましかもしれないが、しかし私の存在なんてないものだと言外に仄めかされている気がしてならない。
面倒臭い女、と自嘲しても回した腕を離すことは遂に出来なかった。
 
だから急に立ち止まられた時には本当に驚いたというか。
慣性に従いその背中へと思いっきり埋まってしまった。
それから掴まれた腕に導かれ、気づけば華麗なターンを決めていたようで、本日初めて正面からの今日和。
頭を一撫でした後素早く横抱きにされ、あれよあれよという間に目の前の部屋に入りソファへ二人仲良く座っていた。
 
 
 
「な、な、な、」
 
「甘え下手なお嬢さんに手取り足取り教えてやるから心配すんな。たっぷり甘やかしてやるよ。」
 
 
急に身の危険を感じたのは、たぶん、間違いじゃない。
 
 
「あ、甘えたいっていうのはそういう意味じゃなくて…」
 
「んじゃ、オレが甘えたいってことで。」
 
 
 
だからあんな顔するなよ、と苦しげ目を細めるユーリに不安がっていたのは私だけじゃないのだと知った。
それは本当に一瞬の機微だったけれど、しっかり焼き付いている。
 
そうなるともう、ユーリに対するどうしようもない程の愛おしさが込み上げてくるばかりで、私は初めて私からのキスをプレゼントしてみた。
 
そっと離れた後のユーリの顔は忘れられそうにない。
 
 
 
 
 
run out of A −Aが切れる−
(やっと二人きりになれました)
 
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