予想外に大きな声で扉が鳴いた。
軋むベッドのスプリングも、倒れ込んだ勢いが強かったのか普段の三割増しだった。

小さな窓のカーテンさえ閉め切ったお蔭で外界からは完全にシャットアウト。
薄暗い室内に何処か安堵しているなんてどうかしてる。
今までこんな隔離された空間は退屈で、もどかしくて、それから怖くて恐くて堪らなかった筈なのに。




俺なんて始めから存在しなかったみたいに放っておいて欲しいっつーか、ウザい位延々と喋りかけられたいっつーか。
ノイズの酷い世界に思考も段々曖昧になって、十年前のあの頃が良い例だ、気持ちを表す言葉が見つからない。
強いて言うならガイに手加減されて勝った試合の後みたいだと、吐息でユラユラ揺れる前髪にふと諭された気がした。
確かに掻きむしりたくなる嫌悪感と認めたくない現実にサンドイッチされて身動きがとれない真っ赤なスライストマトみたいな俺が、確かに今、此処に居る。

あの日は目に映るモノ全てが煩わしくて鬱陶しくて、お気に入りのペンも毎日の日課である日記も、何もかもがどうでも良くなって。
ご機嫌取りに必死なガイには密かに笑えたっけ、嗚呼でも気持ちが鎮まる事は暫く無かった。
その行為が余計に、そんな気が例え相手に無くとも、侮辱的だと幼心に感じていたから。

兎に角その時の感情が今の俺には一番近い物の様に感じられた。

唯一大きく異なる事といえば、終にそのガイでさえ俺から離れていってしまったという事だ。
今まで感じた事のないほど醜い自分を、剥き出しに曝してしまった気がした。




一層深く枕に顔をうずめて深く呼吸を繰り返す。
熱い空気のみが口と鼻と枕との僅かな隙間を満たし段々と息苦しくなってきた。

このまま溶けて消えちまいたい

なんて、数時間前の俺なら考えもしない言葉が後から後から湧いて出る。
事の重大さ、実感のない殺人は、沈んでいく少年の最期によって強制的に自覚させられたようなモノだった。
同時に、目が覚めたら夢でしたと都合の良い事になっていないか期待しているのもまた事実。
どうやら重く迫りくる睡魔にも勝てないらしい。
ゆっくり狭まる視界に意識を手放す直前、控え目なノックがこの世界に響き渡った。

最高と言うべきか最悪と言うべきか。
ゆっくり遠慮がちに足を踏み入れたのは、どうやら一番会いたくて会いたくない彼女。
変わらず枕に埋めた耳に独特の足音が飛び込んできたからだ。



「…っルーク」



震える声に、呼び名!が今にも泣きそうなのだと分かった。
見なくても分かる。



「お願い、そのままで構わないから私の話を聞いて」



なんだよ、お前まで俺を責めるのか。
駄目だ、聞きたくない。

聞いちゃいけない。


そこからは本当にあっという間。
自分でも驚く程のスピードでベッドサイドに歩み寄っていた呼び名!の青白い腕を思いのまま乱暴に掴んで本能のまま組み敷いた。
ベッドがまた大袈裟に嘶いて、見開かれた双眸からはやっぱり涙がこぼれ落ちている。



「やめて、ルーク!」



顔にかかる俺の髪が呼び名!から溢れ出た血のようで、青白い肌に映えるソレは気味が悪い。
沈んでいく少年が鮮明にフラッシュバックされ、街の人達はみんなこうやって死んでいったのかななんて考えたら吐き気がした。
お前は人殺しなんだよと言われているようで、今日のどんな罵声よりも軽蔑した視線よりも一番堪える。



「…話を聞いて、お願い」



ぽろぽろ涙を流す姿は、なんだか別の次元の出来事のようだった。
触れ合う体温が唯一現実だと告げていて、苦悶に歪む姿にほんの少しも期待しなかったと言えば嘘になる。

だけど、自棄になってたのかな、信じる事が出来なかった。



「…お前も、お前もどうせ俺が悪いって言いたいんだろ。
そんな事ぐらい自分が一番分かってる、ウゼぇんだよ!」

「違う、違うの!話を…」



遮るように灰色の口を飲み込んだ。
澄んだ瞳に映し出された醜い自分をこれ以上見ていられなかったからだ。

どうせ俺は穢れてるんだよ、真っ赤に汚れてるんだよ。
使い捨てのレプリカなんだよ。




無性に泣きたくなった。

泣いている彼女を傷付ける事しか知らない俺が何より嫌だった。






speak ill of−悪口を言う−
(真っ白なシーツも僕を責める)

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崩壊直後のお話。
あれ、こんな筈じゃww/(^O^)\←



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