深い溜め息を吐いた。
 
手元の書簡は先程から進む事を知らず、硯の墨はうっすら乾き出している。
幾度となくこちらに向けられる視線は身に覚えのないもの。
手元の湯呑みからは未だ熱い湯気が立ち上っている上、何より此れを今し方運んで来たのは紛れも無い、彼女自身である。
代わりを待つにしても些か早過ぎだと言えよう。
 
つまり、俺としては何故こうもちらりちらりと見られなければならないのか、全くもって不可解なのであった。
 
 
 
「…何か用か。」
 
 
いい加減公務に支障を来す恐れがある為、否、現時点で既に影響を及ぼしている為仕方無しに問うてみる事にした。
隣から肩を震わす気配と次いで取り繕う様な咳ばらいが聞こえてきたのはこの際無視してやる。
 
余りに驚いたのだろうか、当の呼び名!は大袈裟に一つ痙攣し、それからあーだのうーだの言葉と呼ぶには余りにお粗末な声を上げ始めた。
用が有るのならさっさと言えば良いものを、この俺があまり気の長い性では無いと知っての行いか。
 
もう良い、下がれと口を開きかけた時分、漸く決心が付いたのか怖ず怖ず差し出された一通の書状。
角までぴしりと折り畳まれた其れに自然と背筋が伸びる。
 
 
よもや呼び名!の身内にでも何かあったのか。
そわそわ落ち着きなく居たのはこの為か。
休暇なら未だしも辞するつもりだとしたら、嗚呼、明日から俺はどうすれば良いのだ。
 
 
思わず眉間に皺が寄ったのが分かった。
恐らく苦虫を噛みつぶした様な顔をしているのだろうな、呼び名!の双眼が酷く狼狽えている。
 
 
 
「あ、あの…お一人になってからお読み下さいませ!」
 
 
 
口早に捲立てると会釈一つを残して去ってしまった。
普段なら走るなと声を掛けるところだが、生憎手元の紙切れが気になって仕方ない。
しかし人払いをするのも面倒である。
どうしたものかと考えを巡らせていると、左近が見計らったように厠へ行って来ると申し出た。
否、どうにも気味の悪い笑みを浮かべていた辺り、謀った事は間違いないだろう。
恐らくは感謝すべき気遣いだろうに其の笑みが気にかかって素直に礼を述べる気にはなれない。
 
なんなのだ、あいつは。
ええい、忌ま忌ましい!
 
 
 
数分の後、俺は左近の笑みが意図する事に漸く気付くのであった。
 
 
 
 
 

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(所謂、恋文でした)
 
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