Love is in the park

教職員の朝は、存外早い。

ホグワーツに勤め始めてからわたしが最も身につまされて実感したのはそんなことだった。

卒業して数年、研究機関に入り数年魔法史について深く掘り下げていたわたしは、ビンズ先生の補助(週の半分をわたしが受け持つのだ)という形でホグワーツに戻ってくることになった。教師はわたしの望んでいた職でもあったので、その要請を喜んで受けたのだけれど、夏休みの終わりの前に教職員で集まった際、そこには意外な人がいた。同級生だった、セブルス・スネイプだ。

わたしはレイブンクローだったので彼と親しかったとは言えないけれど、よく図書館で顔を合わせていたので面識がないわけでもなかった。しかし一度、彼がグリフィンドールの特別目立つ面々に追いかけ回されていたときに、教室に引き入れてかくまったことはある。「スニベリー見なかったか?」シリウス・ブラックがわたしにそう尋ねたのに対し、「知らないわ」と、そう答えただけだったけれど。彼はきっと忘れているだろう。わたしだって、大して起伏のない学生時代だったので、そんなひやひやする出来事をたまたま覚えているだけなのだ。そのあと、彼は何も言わずに教室から出て行った。けれど、しばらくして、名前の書かれていない包みがわたしの部屋に届いたのだ。中身はわたしが探していた本だった。図書館で、友人にこぼした覚えがあった。

もしかしたら彼ではないかもしれない。しかしわたしはその本を、今でも大切に持ち歩いている。目立つタイプではないわたしと、時折すれ違うだけだった彼が密かに共有した思い出の証として。

「ナマエ・ミョウジです。恩師である先生方と働くことができ、心から嬉しく思っています──。よろしくお願いします」

わたしがダンブルドアに促されてそう挨拶すると、寮監だったフリットウィック先生がにっこりと微笑んだ。「魔法史に空きができたと聞いたとき、一番に君を推薦したよ」彼はわたしが荷物を持ってホグワーツに来たとき、そう言ってウインクした。「君の魔法史にかける情熱を見ていたからね」

そうして次に挨拶したのがセブルス・スネイプだった。どこか素っ気なく感じる言葉だったけれど、彼の魔法薬学の才能を先生たちはみな知っていたので、あたたかい拍手が湧き上がった。ダンブルドアはわたしの隣に立って、それを満足げに見ながら人一倍大きな音で拍手を鳴らしている。

「ナマエとセブルスは、同じ年に卒業したのだったね」

ダンブルドアはそう言って微笑み、「助け合いなさい」としっかりわたしの目を見て言った。セブルスはどこか興味なさげに、そんな様子を見ていたように思う。

それから数年が経った──驚くことに、わたしたちは恋人同士になっている。きっと、ホグワーツ時代の友人に告げたら目を回して驚くことだろう。レイブンクローとスリザリンの取り合わせなど、滅多にない。だいたい、スリザリンは思想の合う身内同士でくっつくことが多いのだから。

「セブルス、それ取ってくれる?」

セブルスの私室で論文を書くことも、最近は少なくない。ある程度資料が集まっている自室で書く方がはかどるのかもしれないけれど、なぜかこの部屋は落ち着くのだ。わたしたちはお互いに、それぞれに必要なものをすでに分かりきっていた。セブルスはわたしが彼の部屋に積み上げた本の中から一冊を的確に選ぶと、そっとわたしの手元に並べる。

「この時期はきみが忙しいな」

セブルスがぽつりと言った。魔法薬学と魔法史の学会は三月ほどずれている。そのため、すでに済ませているセブルスはこの時期は特に急く必要がないので、なにかと頼ってしまっている。しばらくして、テーブルにかちゃりと小さな音ともに何かが置かれた。わたしが原稿からふと目を挙げると、そこに置かれていたのは湯気を立てている紅茶だった。ミルクがたっぷり入れられたそれは、わたしの好みをきちんと押さえてある。わたしは思わずゆるんでしまう口元を自覚しつつ、彼がいつも身にまとっている長いローブをつまんで引き寄せた。「なんだ」と彼のお決まりとなりつつある眉間のしわを深くするセブルスをよそにそのくちびるへ、そっと口付ける。

そういう類たわむれにも、付き合いたての頃は「な、」と顔色の悪い肌を赤く染めて動揺していたというのに、今では呆れたような表情をして「集中しろ」というくらいだ。わたしはそんな彼に肩をすくめて、羽ペンを握りなおしたのた。

──そして、次に意識を取り戻したのは、朝日の差し込まないこの地下室でもずいぶん明るくなってきた頃だった。「えっ」思わずわたしがそう声を上げて思い切り起き上がると、ベッドサイドのテーブルに簡単な朝食が──きっと、大広間から取り分けて持ってきたのだろう──置かれていて、その皿を重石にして〈先に行く〉と走り書きで書かれた紙が挟んであるのを見つけた。

どうやら昨日は論文を書きながら眠ってしまったらしい。ここまで運ばれたことを想像して、わたしは頭を抱えた。彼のことだ。抱き上げるなんてことはせず、魔法で浮かばせたにちがいない。ありがたいやら恥ずかしいやらでわたしはしばらくうめき声をあげていたものの、彼が置いてくれていた朝食の芳しい匂いにつられ、遅めの食事をとることにした。今日は午後まで授業が入っていない。なんだか背中に、彼の腕の感触を感じるような気がして、妙に落ち着かない。ふわふわとした浮遊感とともに、それはいつまでも背中を離れない。パンをかじりながら、わたしはひとり、彼の腕に包まれてここに運ばれたことを、想像していた。

──今度はあなたか。わたしが生徒が寝静まった中(もしかしたら、抜け出している生徒がいるかもしれない。けれど、この地下牢を歩く子どもはひとりもいないだろう)、自室からここまで歩いてきたわたしは、扉を開けた途端そう思った。こちらに背を向けて置いてあるソファの背もたれから、傾いた背中と頬杖をついているらしい腕が見えた。わたしが扉をあけてもぴくりともしなかったので、ずいぶん寝込んでいるらしい。

わたしは足音を忍ばせて、ねむる彼の前に回り込んだ。とうとう標準装備となった眉間のしわが、心なしかうすい。「何の夢を見ているの」ささやくように言った。かえってきた答えは吐息。わたしの夢を見てるといいな、そう思いながら寝顔を眺める。いつもこんな顔をしていたらかわいいのに。でも、みんなが知ってしまう。彼がかわいいこと。わたしはいたずら心がむくむく湧いて、そっとそのくちびるにみずからのくちびるを押し付けた。それでも、起きない。ずいぶん疲れているらしい。

わたしは呼び寄せ呪文で毛布を取り寄せると、そっと彼の肩にかけた。魔法でベッドまで運んでもいいけれど、それをしたらさすがに彼は起きるだろう。こんなに寝入っているのだから、もう少し寝かせてあげたかった。

「さすがに驚いた」朝、日曜なので部屋でテーブルを囲んで食事をしていると、セブルスが口を開いた。

「目をさましたらきみがいたから」

そうなのだ。わたしはセブルスに毛布をかけた後、その隣に座っていつまでも寝顔を眺めていた。そうして、いつの間にかわたしまでねむってしまったのだ。朝目が覚めると、わたしはベッドの中にいた。わたしより起きたセブルスが、律儀に運んでくれたのだった。結局こうなるのね、とわたしは頭を抱えながらも、屋敷しもべ妖精が運んだらしい食事をテーブルに並べるセブルスを見て、決まりの悪さを笑みでごまかした。

「ごめんなさい……しばらくしたら起こそうと思っていたの」

セブルスは別に構わない、と短く言って、スクランブルエッグを自分の皿に取り分けた。あとで残った分をサンドイッチにするのいいかもしれない、とそれを見てぼんやり思った。セブルスとピクニックに行けたら、とてもたのしいだろう……生徒たちの目もあってなかなか実現はできないけれど、こういう天気のいい日に、太陽の下でぼんやりできたら。

「昔」

不意に彼がそう言ったので、わたしは驚いて目をあげた。セブルスはわたしのそそっかしい集中力を知っているので、魔法薬学で身につけたのかそれとも元々の性質なのか、気長に待ってくれる。

「昔、めずらしく静かな夜だった──母が私の寝室に来て、こう言った」

すでにデザートを片付けたセブルスは、カップを片手に淡々と話す。彼の両親が不仲だったことは、もうずいぶん前に聞いていた。あまりよい思い出がないということも。

「 “あなたが眠っているとき、そっと毛布をかけてくれる人と結婚しなさい” と」

セブルスの目にはその時のお母さんの様子が浮かんでいるのだろうか?幼い彼に毛布をかけながら、祈りのようにそう告げる彼の母を想像する。

「馬鹿馬鹿しい、結婚などするものか、喧嘩の絶えない両親を見ていた私はそう思ったが、口には出さなかった。滅多にない穏やかな夜だったからな。そうして、その日のことは月日が経つにつれ忘れ去っていた」

あまりに彼が静かに話すので、まるでそれは物語の一幕のように感じられた。

「しかし昨日私の隣で眠るきみを見ていたら、突然それを思い出した。美味いものを食わせてやりたい、発見を分かち合いたい、そういう感情が向くのはきみだと、形を与えられた気がした」

わたしは手を伸ばして、彼の頬にそっと触れた。彼はいつからかわたしを見つめていて、その手に微動だにもしなかったけれど、彼がそれを受け入れていることは伝わってきた。

「わたしも同じよ、セブルス」まるで世界の膜に触れるようにしめやかに、よどみない声がくちびるからこぼれ落ちた。まるであなたの口をかりて、わたしが話したかのよう。これからもずっとそうよ、そう囁くとわたしの手に彼の手が重なる。永遠はこうやって紡がれるのだ。
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