君が紅茶を飲み終わるまでに

「なぜこうなった」

“げんなり”を煮詰めたらこんな音になるだろう、そんな声で、目の前の彼は言う。わたしたちが挟むテーブルの上には、湯気のたった淹れたばかりのアッサムティーが、二つ置かれていた。彼の選んだ白磁の皿は、とても美しい。どこで買ったのだろうか、彼がティーカップを選んでいるところを、見てみたい。

「なぜもなにも、校長がわたしを雇ったからじゃないですか?」

今更何言ってるんですかははは、と笑い混じりに言うわたしを、綺麗に髪を撫で付けた彼――学生時代うっかり闇の魔法使いに片足を突っ込みかけた、トム・マールヴォロ・リドル――はこれ以上は耐えきれないという顔で見る。かわいそうに、ちょっとからかいすぎたかもしれない。わたしは先生のこと、とっても気に入っているんですよ。

「僕が耐え続けた7年間は何だったんだ」

「ちょっとのびただけじゃないですか、先生」

わたしが角砂糖を一個、二個、三個と増やしていくと、いつの間にかテーブルから砂糖のポットが消える。「入れすぎだ、それ以上君の面積を増やさないでくれ」「失礼すぎやしませんか?そんなこと言ってると分裂して付きまといますよ」そんな会話をしながらも、順調にカップの中身をお互いに減らしていく。砂糖が溶けきらなかったのか、カップの底でさらさらと粒子が揺れている。

「それで?」

「それで?とは何ですか」

危うく杖を出しそうなほどの悪口の応酬を遮って、彼はカップを持ちながら言葉少なに尋ねた。彼はすこぶる賢いせいで、すべての人間に彼と同等の察しの良さが備わっていると勘違いしている節がある。天才的な頭脳の弊害なのだから仕方ないのだ。――いや、わたし以外の生徒には、懇切丁寧に一から十まで口にしていた気がする。ただ単純に、わたしへの扱いが雑なだけなように思えてきた。そこまで考えたわたしが辛抱強く聞き返したというのに、先生はなぜわからないと言いたげに口を開く。

「ホグワーツの “事務職員” とは、何をするっていうんだ」

「その名の通り、各所に送る手紙の整理をしたりだとか、成績をまとめたりだとか――それから、校長のお話相手というのも、契約に含まれていますね!」

「ホグワーツの教職員を代表して、不透明な契約について抗議したくなるような項目が含まれている気がしたが」

「ははは、気のせい」

外は雨だ。しとしととしめやかに窓を濡らす雨粒をちらりと見て、わたしはまたずいぶん甘い紅茶を口に含む。たっぷり砂糖を入れた紅茶の、一番最後の甘さが飽和した部分が好きだ。それに比べて、彼は砂糖一つ入れない。ストレートで飲まなければ味の深みがわからない、などと、いつかの彼が言っていた。わたしのように、どれだけミルクに合うかで紅茶を選んでいるのはナンセンスだと。味オンチなんじゃなくて好みの問題です、と舌を出した覚えがある。

「先生は、」

わたしが一度そこで切ったので、彼は少し意外そうな顔をした。

「先生は、なぜ闇の魔法使いになる道を選ばなかったんですか?」

途端に、彼の顔が苦々しいものに変わって、わたしはくすくすと笑みをこぼした。なんてわかりやすくてかわいい人だろう?不満げな鼻の頭をつついてみたい。そんなことをしたら何をされるか分かったものではないけれど。

「その質問には答えられない」

喉の奥から絞り出したような声で言う先生に、「もしかして、ダンブルドアにこてんぱんにやられたとか?」と言うと、思い切り苦虫を噛み潰したような顔をするので、笑いが止まらなくなる。彼が胸元の杖を探る動作をするのだって、怖くなかった。

「先生が、こちらを選んでくれてよかった」

わたしの言葉に、先生は片方の眉をひくりと上げる。しかし何も言わずに、わたしが言葉を続けるのを待っているらしく口を閉ざしている。珍しい、罵倒されるかと思ったのに、とは流石に言わなかった。けれどわたしがにこにこしていつまでも言葉を続けないので、彼は焦れたように言った。

「なぜだ」

「そう聞いてくれるのを待ってました」

途端に彼がうんざりした顔をする。多分彼のこんな顔を、これだけの頻度で見たことがあるのは、わたしと、それからダンブルドアだけに違いない。彼は同僚のマクゴナガルやスラグホーンにだって、物腰の柔らかい態度を崩さない。

「先生が、教師としてホグワーツにいるから、今こうやってテーブルを囲んでお茶会できてるじゃないですか。もし先生が闇の魔法使いになんてなってたら、わたし、一番に殺されてますよ」

だってわたしは、マグル生まれだから。

先生はひくりと口元をわななかせて、しかしそんな反応をしたなんてまるでなかったことのように、平然とした顔でもう一度、カップを口元に近づける。しばらくの、沈黙が訪れた。雨は止まない。だんだん雨脚が強くなっているようにさえ思う。

その道を選ばなかったことを後悔しているよ、そんな軽口を予想していた。君を目の前から消せるなら今からでも遅くはない、だとか。しかし彼は黙ったままだった。今日の彼は、沈黙が多い。なんとなく気まずさを覚えて、椅子に座り直してみたりなどする。

「あの、先生、っ!」

わたしが沈黙に耐えかねて口を開いた途端、彼の手が伸びてわたしの口をふさぐ。もう片方の手は、彼の唇の前で人差し指を立てていた。しー、と、まるで子どもにやる仕草で。

「確かに僕がその道を選んでいたら、君を殺していたろう――何のためらいもなく。だが、僕は今、まったく不本意だが――」

一度言葉を切った彼は、ゆっくりと顔を近づけてくる。

「この道を選んだことに、安堵した。なぜかわかるか?」

わたしは首を横に振った。そして彼が言葉を続けるのを待ったけれど――いつまで経っても答えはない。それどころかカップの紅茶を飲み干したらしい彼は、わたしを追い立て始めた。

「あの、先生」

「なんだ」

「さっきの答え教えてくれなくていいんで、キスしていいですか?」

「答えがわかりきっているというのになぜ聞くんだ?」

「えっ!ありがとうございます!」

「Noに決まってるだろやめろ!」

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