僕も君を見てるから

出会ったときから、彼はずっとわたしの憧れだった。

2歳年上の彼は、わたしが入学した時にはすでに、ホグワーツの中ではちょっとした有名人だった。それはクィディッチのうまさや、学年でトップを維持する秀才さや、何でもこなす器用さもあったけれど、何より彼の人格が、彼の周りに人集りを作らせていた。

ハッフルパフの黄色をまといながら、控えめに微笑む彼に夢中の女子生徒は、同じ学年にも多い。年下ともなると彼との接点はないに等しいので、少し言葉を交わしただけで、みな舞い上がって頬を染めていた。グリフィンドールのわたしはそんな女の子たちを、見ていることしかできなかった。

「ナマエ、浮かない顔だな」

口いっぱいに何かを詰め込んだロンが、もごもごとくぐもった声で言う。ロンは自分のことに関しては心配になる程鈍感なのに、変なところで気がつく。わたしは小さく首を振って、人参をフォークで刺した。「何でもないわ」しかしハーマイオニーは訳知り顔でわたしをちらりと横目で見る。

するとそのやりとりの間ジニーと何やらクィディッチの話で盛り上がっていたハリーが、そういえば、と口を開いた。

「最近セドリックとよく目が合う気がするんだ」

突然出た名前にどきりと胸が弾む。ハリーを盗み見ると彼は別段何の含みもないようで、そっと胸をなでおろした。そうだ、彼も鈍感という点ではロンに負けず劣らずだもの。

「あながち気のせいじゃないと思うわ」ぼそりと言ったハーマイオニーの言葉に、いいわねハリー、あなたはクィディッチの才能どころかセドリックの視線にまで恵まれて――そんな言葉が喉まで出かかったけれど、バターのかかったじゃがいもを口に放り込むこと飲み込んだ。

「そうだろうさ、今日はハッフルパフとの試合だぞ!向こうのシーカーが君を意識しないはずがない!」

ロンがそう言って思い切りハリーの背中を叩いたので、危うくハリーは口からかぼちゃジュースを吐くところだったのだけれど。

ハーマイオニーとロンが応援のための旗を取ってから行くというので、わたしが一人で競技場までの道を歩いていると、後ろから足早に誰かが向かってくる足音が聞こえた。そしてわたしに近づくとその速度がゆるんだので、もしかしてグリフィンドール生?とわたしが思わず振り返ると、そこにいたのはなんと――箒を携えたセドリックだった。

「やあ」

セドリックは片手を上げて、いつもの少し遠慮がちな笑みを浮かべた。わたしたちが話したのは、これを合わせても片手で数えられるほどの数だ。そんなわたしにさえこうやって声をかけてくれる、彼の優しさに胸が熱くなる。しかしそれと同時に、苦しいほどの胸の動悸がわたしを襲った。

「セ、――セドリック」

不自然なほどにどもってしまって、わたしは慌てて片手を上げた。セドリックと同じように。彼はわたしのぎこちないその動きをあっけにとられたように一瞬見つめて、けれど花がほころぶように、たちまちその涼しげな顔に笑みを浮かべる。気の抜けたような、バターがとろけたみたいな笑みだ。

わたしがその笑みに惚けたようにぼんやり見つめていると、彼はわたしが気を害したと勘違いしたのか、「ごめんごめん…」とその笑みを引っ込めてしまったので、わたしはがっかりしてしまう。そんなつもりじゃ、なかったのに。

「ハリーの応援?」

少し気まずい沈黙の後、セドリックはそう言って競技場の方を指差した。わたしが頷くと、セドリックは「そうか……」と言って少しの間黙り込んだ。どちらともなく並んで歩き始めたので、向かい合ういたたまれなさはなくなったものの、こういうとき、わたしは自分の口下手さが嫌になる。せっかくセドリックとこうして隣同士で歩いているのに、何を話すわけでもなく黙ってるなんて。

「あの、さ」

沈黙を破ったのは、またセドリックだった。わたしは少し肩を跳ねさせて、「う、うん」と答える。セドリックの前では、わたしはいつも自然に振る舞えないのだった。

「本当に、もしよければ――図々しいかもしれないけど――」

セドリックが珍しく口ごもっているので、わたしは思わず「そんなことないわ!」と声を上げた。セドリックは驚いたように目を見開いている。わたしはやってしまった!と口に手をやったものの、口に出してしまったものは仕方ない――そう思って、とりなすように言う。「あなたが言うなら、なんでも聞いてみたい」

セドリックはわたしの言葉に、どこか困ったような――何かを堪えるような、そんな顔をした。また間違えたかしら、とわたしが自分に対してため息をつきたいのを我慢しながら彼の言葉を待つと、セドリックは決心がついたように、口を開いた。

「君が、ナマエがよければ――ほんの少しでいい――今日、僕のことも、応援してほしい」

「えっ」

セドリックの顔を見上げる間も無くわたしが素っ頓狂な声を上げたからか、セドリックは慌てた様子で「グリフィンドールを応援したいよね、ごめん、忘れて」と手を振りながら足早に背中を向ける。隣同士だったわたしたちの距離は、もうすでに彼の背中しか見えない。わたしはセドリックの言葉を何度も反芻して、やっと、その意味がすとんと胸に落ちた。

「セドリック!」

彼が振り返る。セドリックの顔は、光に照らされて――赤くなっているみたいに見える。

「わたし、あなたが飛んでる姿が、大好きなの!」

セドリックがはにかむように笑う。「今日も僕を見ていて、ナマエ」彼の唇がそう動くのを、わたしは確かに見た。

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