白くいられない

突然だけれど、わたしは人の心が読めるようになった。

ホグワーツ4年目という年でこうなったわたしのことを知っているのは両親だけだ。人の心を、レジリメンスをかけるまでもなく読むという力は、どうやらミョウジ家の家系によるものらしい。このように突然そうなるのは珍しいらしく、今までこの力を持っていた一族の人間たちは皆、生まれつきそうだったようだ。近い中でいうと、曽祖父が同じ力を持っていたと父は言った。

ある程度の距離まで近づくと、まるで口から発しているかのように、対象の考えが聞こえてくる。そのおかげで、物騒な世の中である昨今、心の中でデス・イーター志望宣言をする生徒が、このスリザリンでは後をたたない。それを聞いたからと言って、わたしがどうするというわけでもないのだけれど。

人の思っていることがわかるからと言って、特にわたしに何か得があるわけでもなく、むしろ損したことの方が多かった。得てして人は、心の中と外面が一致するということは万に一つもない。そのせいで、なんとなく友人たちと距離を置くようになってしまい、最近は一人で行動しがちだ。知らなければよかったことを知ってしまうというのは、なかなかに辛い。もしかしたら、世界で最もいらない能力を手に入れてしまったのかもしれない。

けれどそんな孤立気味のわたしに構ってくる男がいる。プラチナブロンドの髪を長く伸ばし、家柄のせいかどこか高慢な印象を受ける一つ年上の男子生徒――その名も、ルシウス・マルフォイだ。なぜか彼がわたしに何かと世話を焼きたがるのは、彼とは一年違いでわたしが入学して以来ずっと続いている。

「ナマエ、おはよう」

わざわざ寮生たちから離れた位置に座ったわたしの前に陣取った彼は、そう言って皿を差し出す。そこにはどこからとってきたのか、朝から豪勢なローストビーフが乗っていた。「……ありがとう、ルシウス」わたしがそう言って受け取ると、満足そうに自らの分を前に並んでいる大皿から取り分けて、貴族らしいもったいぶった仕草で口に運び始めた。

わたしはそんなルシウス・マルフォイの様子を眺める。まっすぐに通った鼻梁に、広い額は知性を感じさせる。少し厚めの唇は色気もあって、彼が女子生徒に密かに――婚約者がいるという噂があるため、あくまで水面下で、だが――人気があるというのは、確かに頷ける。その上、このように紳士的だ。他の生徒たちは、なぜスリザリンでも孤立気味のわたしに彼が構うのか不思議がっているだろう。わたしだって、心の底から不思議だ。

『今日はねむそうな顔がいつにも増してそそる』

不意にそんな声が聞こえてきたので、わたしは思わずびくりと体を揺らした。「どうかしたか?」と尋ねる目の前の人物を、恐る恐る伺う。あくまで一つ上の先輩として、穏やかにそう気遣うそのひとこそが、その声の――口には出さない心の声の、持ち主なのだった。

「な、なんでもないです」

「それならいいが。眠れていないなら、授業の後にでも少し仮眠を取るといい」

『どこぞの馬の骨が眠れない理由なら、二度とナマエの前に出られない顔にしてやる』

優しい言葉とは裏腹のあまりに禍々しい思考に、わたしは思わず体を引いて彼をまじまじと見つめた。目の前の人物は、きょとんとわたしの様子を不思議そうに眺めながらも、きれいな所作で切り取ったローストビーフを口に運んだ。咀嚼し、それが喉を通っていく。

『そんなに見つめて、誘っているのか』

彼はそう思考をはたらかせながら、わたしにうっすらと微笑んだ。きっと、わたし以外の人間にしてみれば、普段はどこか冷たい印象を受ける彼が見たこともない優しい笑みを浮かべている、と舞い上がるところだろう。けれどわたしにとってはこれ以上なく恐ろしい事態だった。

ここまでくればお分かりいただけると思うが、彼――ルシウス・マルフォイは、なぜかわたしに並々ならぬ執着心を抱いている。

きっと、わたしが心を読む力など持たなければ、気づくはずのないことだろう。けれど、幸か不幸か、なにかと接近してくる彼のおかげで、わたしには彼の思考が筒抜けだった。『私にしか見せない顔が見たい』『二人きりになりたい』『どうやって私のものにしてやろう』、エトセトラ、そんな声ばかりが聞こえてくるので、こんなことになるまで彼を優しい先輩だと尊敬していたわたしは混乱した。それはもう、もしかして心が読める気になっているだけで何かおかしな幻聴を聞いているのでは、と自分を疑うくらいには。ほぼ毎日そんな声を聞かされていると、だんだん妙に慣れて――きたらよかったのだけれど、なまじ顔がいいので、その声が聞こえるたびに目を疑ってしまうのだった。

「ナマエ」

早めに食べて立ち去ろうと急いで食べたわたしは、席を立って大広間の扉に向かって歩き出した。すると、そんなわたしの背中に声がかかる。流石に追いかけることはしない彼だったけれど、上品にナプキンで口元をぬぐいながら、振り向いたわたしに目を向けていた。

「クリスマスは、今年も残るのか?」

「……ええ、まあ」

あと一週間で、クリスマス休暇がやってくる。動揺していたためどこかぶっきらぼうに答えたわたしが足早に去る背中に、彼が視線を送っているのをなんとなく感じながら、わたしはなるべく目立たないように大広間を後にした。

クリスマス休暇はわたしにとって安寧の時だ。

スリザリン生は、ほとんどが――一部の例外を除いて――帰省していく。なぜならいいところのおぼっちゃま・お嬢さまが多いからだ。自宅でクリスマスパーティーやらなんやらを開催しているに違いない。その中で数少ない例外というのが、わたしとセブルス・スネイプだった。三歳下の彼は、珍しく思考と言葉が一致する人間だった。「うるさい」と彼が言えば、時を同じくして『やかましい女だ』とかぶさるように声がする。そういう人物はなんとなく安心するので、わたしはやたらと彼に構っていた。(うざがられているのは、承知の上だ)

多くの生徒がいるということは、たくさんの声が聞こえてくるということなので、心底疲れてしまう。長期休暇は常に神経をとがらせざるを得ないわたしにとって穏やかな日々を約束された素晴らしいことこの上ない時間だった。

そうしてあっという間に訪れたクリスマス休暇、いつものごとく談話室は静まり返っているに違いない――そう考えながら女子寮の階段を降りると、そこに入るはずのない人物が、わたしに背を向けて座っていた。「うわっ」思わずそう声を上げると、わたしが出てきたのに気づいたのか、彼が振り返る。見間違えることのないプラチナブロンドの髪、ルシウス・マルフォイだ。

「ずいぶん遅いお目覚めだ。おはよう、ナマエ」

まだ距離が離れているので、彼がどういった理由でここに残っているのかわからなかった。けれど、男子寮からちょうど降りてきたセブルスがぎょっとしているあたり、彼も知らなかったに違いない。

「屋敷しもべ妖精に朝食を用意させた。ちょうどいいからセブルスも食べるといい」

彼は手にしていた日刊預言者新聞をテーブルに置くと、二人がけのソファにスペースを作る。今テーブルに向いている椅子の残りは、一人がけのソファー一つだけだ。セブルスが当たり前にそこに座ったので、わたしは内心がっくりと肩を落とす。別の椅子を持ち出すのは、あまりに露骨だろう。

わたしが渋々彼の隣に座ると、途端に少し上機嫌になった――これは、心を読むまでもなくわかる――ルシウス・マルフォイは、いつものごとく華麗なナイフ捌きでベーコンを切り分ける。

「ホグワーツに5年間いてはじめてクリスマス休暇をここで過ごすが、静かなものだな」

不意に彼がそう言うので、とてつもなく残った理由が気になってしまう。するとちょうどよくセブルスが「なぜ今年は残ることに?」と聞いてくれたので、ますますわたしの中のセブルスの株が上がった。痒い所に手が届く感じというのだろうか。

「一度くらいはここで過ごしておくのも悪くないと思ってね」

『ナマエと男が二人きりになることを許すとでも思うのか?』

おそろしい。心なしか数ミリほど彼から距離をとったつもりだったけれど、いつの間にか詰められて――いや、むしろ先ほどより近づかれている。『できることなら屋敷に連れ帰って、』とそこまで彼が考え出したところで、セブルスが食べ終わったのか立ち上がった。置いていかないで、というわたしの思いと裏腹に、彼は『さっさと図書館に行ってしまおう』とどこかあきれた様子で寮を去っていく。

セブルスが立ち去ると、どこか重い沈黙が流れた。いつもルシウスが饒舌なので――口も、思考も――場が持っていたというのに、なぜか今日に限って黙っている。

「えっと……わたしも、部屋に戻りますね」

わたしがあまりの気まずさにそう言って立ち上がろうとすると、突然彼がわたしの腕を掴んだ。「え、」と思わずその手と、彼を交互に見る。ルシウスもそれは意図したものではなかったようで、目に見えて動揺しているのがわかった。

『最近私を避けているだろう』『どうしてセブルスにばかり構う?』『私を嫌っているのか?』彼が口に出すことをためらっている言葉が、そのまま流れ込むようにして聞こえてきた。いつも余裕綽々としているのに、思考はどこか必死だ。わたしはなぜか少し早くなる胸の鼓動に戸惑いながらも、「ルシウス?」と彼を呼んだ。きっと、笑って適当なことを言い、ごまかすに違いない。そう思いながら。

「なぜ、君は私のものにならない?」

けれど、わたしの予想を裏切って、彼が思いの外静かに言ったのはそんな、どこか切実な響きを持つ言葉だった。今まで彼の心の声は聞こえていたというのに、いざ言葉にされてしまうと、思い切り心臓を鷲掴みにされたような――そんな感覚に襲われる。

「あ、の……ルシウス、」

一度口にしてしまったことで、もう引くつもりもないのかルシウスはわたしの手首を掴んだまま立ち上がって、距離を詰めてきた。背の高い彼を見上げるようにして見つめるわたしと彼のあいだには、言い表せないような空気が流れている。こんなことになるなんて、誰が予想できたろうか?人の心が読めるわたしでさえ、こんなに動揺してふるえてさえいるのに。

「君と出会ってからずっと今まで君を見てきたんだ、今更君以外に心を寄せることなどできない」

私を受け入れてくれ、と彼に似合わない懇願じみた言葉を吐く。彼はわたしの手を持ち上げると、手の甲にそっと口付けた。彼のくちびるの温度を思いがけず知ってしまって、みるみるうちに顔に熱が集まる。

『私を拒絶するな、閉じ込めて、二度と出してやれなくなる』

そんな物騒な言葉が聞こえているというのに、熱に浮かされたわたしは、まるで服従の呪文にかけられたかのようにぼうっとした頭のままでゆっくりと頷いた。それを、どこか驚いたような――拒絶するなと考えていたくせに、受け入れられると考えていなかったらしい――表情で確かめた彼は、待ちきれないとでも言いたげに、口づけを今度はくちびるに落とした。いつも貴族らしい所作を崩さない彼にしては、少し荒っぽい仕草のキスだった。



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