隣接する愛たち

ジリリリ、と聞くたびに思わず胸が跳ねてしまう音が、部屋に響き渡った。誰かが、階下のインターホンを鳴らしたらしい。

郵便かしら、と思いつつスピーカーを押すと、「お届けものです」とくぐもった声が吹き込まれる。ふくろう便だったら楽なのに――と、つい浮かんでしまう考えを振り払うようにわたしは扉へと慌てて駆け出した。ここは、ロンドン――マグルの街なのだから。

わたしは魔法省に入って早々、マグルの大使館へと派遣された。マグル生まれということもあり、ある程度スムーズに環境に適応できているという自負はあるものの、やはり時折同僚などに、「ナマエは仕事はそつなくこなすけれど、たまに妙なところで疎いよね」と言われることもあった。毎年休暇に帰っていたとはいえ、7年間のホグワーツ暮らしは、やはりマグルとしての生活とはかけ離れている。ついついスーツの胸元を探ってしまう癖はなかなか抜けない。一応、杖は携帯しているけれど、勤務中はカバンにしまわれている。

魔法省からの支援を受けて借りているこの部屋は、ロンドンの中心街からは少し離れた閑静な住宅街にあるものの、周りにはマーケットなどがあちらこちらにあるため、不便はなかった。わたしはこの生活を、結構気に入っている。

ガチャリと鍵を外して――アロホモラを使うほどもない、変哲のない鍵だ――扉を開けると、そこには帽子を目深にかぶった配達員が立っていた。手には茶色い箱を携えている。

「お待たせしてすみません」

わたしがそう言って荷物を受け取ると、彼は紙を取り出して「こちらにサインをお願いします」と差し出してくる。その紙を受け取って、わたしは近くの壁にそれを押さえて “ミョウジ” と書き入れる。そして、それを彼に渡そうとした瞬間――わたしは驚きに目を見開いた。

そこに立っていたのは、なんと、ホグワーツの学友、そして――学生時代からのの恋人である、シリウス・ブラックだったからだ。彼は目を白黒とさせるわたしに構わずに玄関に強引に足を踏み入れると、さっさと後ろ手に鍵を閉めてしまう。そうして、わたしに「不用心じゃないか?」なんてにやにや笑いとともに言いながら、わたしの腰を抱いて廊下を歩き始めた。

「シ、シリウス!どうして?」

とうとうリビングまで何の説明もなく連れ立ってしまったので、わたしは驚愕に目を見開いたまま、そう尋ねた。もちろん、今日彼と会う約束などしていない。

「ナマエを驚かせたかったんだ。しかし、顔はあまり変えていないつもりだったのに、恋人と気づかないとは――薄情者め」

なかなか連絡もよこさないし、と恨みごとのようなことも付け加えるシリウスは、部屋をぐるりと見回した。彼は何度かこの部屋を訪れたことがあるものの、少し模様替えをしたので物珍しいのかもしれない。

「すごく驚いたわ、もちろん――だけど、どうして?配達員に変装してまで……」

わたしがそうたずねると、シリウスは途端に顔色を変えた。そうしてわたしに詰め寄ると、「どうしてって……覚えていないのか?」と迫る。わたしはそのあまりの勢いに押されて、ただでさえシリウスが突然現れたことに驚いて思考停止気味の頭を回転させて、今日が何の日かを考え始めた。けれど、全く身に覚えがない。シリウスの誕生日でもないし、わたしは当然違うし――困り果ててしまって、わたしは降参と言うように両手を挙げた。

「ごめんなさい、シリウス……全く思い浮かばないわ」

そんなわたしにシリウスは大きなため息をつくと、むっつりとくちびるを引き結びながらも、諦めたように口を開いた。

「何も言ってこないから、そうじゃないかとは思ったが――俺たちが付き合った日だろ、今日は」

「あっ」

わたしがその答えに思わず声を上げて納得すると、シリウスはもう一度深いため息をついた。そういえば、去年の今頃も、同じやり取りをした気がする。やってしまった、と額に手を当てながら、シリウスの様子を盗み見た。呆れを通り越して苦い顔をしながら眉間のあたりを指先で揉んでいるシリウスの顔を覗き込んで、「ごめんってば〜……」となんとか機嫌を取ろうとしてみる。さすがに、このやり取りを毎年恒例にするわけにはいかない。シリウスは意外と、そういう記念日のようなものを大切にするタイプだった。対してわたしはというと、いつも試験や仕事にかまけていて、その度にシリウスをがっかりさせている気がする。

よしよし、と頭を撫でていると、シリウスは「子どもじゃないんだ、こんなことで拗ねているわけじゃない」とどう見ても拗ねていた顔のまま言って、けれど気を取り直したのか彼が持ってきていた包みをわたしに差し出した。どうやら、この箱は配達員の変装の小道具ではなく、実際のわたしへのプレゼントらしい。「シリウス、わたし……」受け取ったわたしが、プレゼントを用意していないことをまず謝ろうとすると、彼はみなまで言う前にそれを手で制する。

「別に、ナマエに同じようにすることを求めているわけじゃない。ナマエが俺を好きになったことの、何つうか……ありがたみ?みたいなやつを、再確認してるだけで」

そりゃ、ナマエが覚えててくれてるなら、それ以上のことはないんだが、と続けるシリウスに、わたしは思わず頭をガツンと殴られたような衝撃を感じて、頭を抱えてうずくまった。突然のわたしの奇行にシリウスが「ナマエ!?」と同じように膝をついてわたしを覗き込む。

「……来年は、絶対に忘れないわ――約束する……」

我ながら這うような声が出る。シリウスが、そんな思いで記念日を大切にしてくれていたなんて、初めて知ったのだった。今まで、知らなかったとはいえないがしろにしていたことを、心の底から反省する。少し心配そうにわたしを見つめるシリウスの頬を両手で包むと、わたしは不意打ちで彼のくちびるに自分のそれを押し付けた。シリウスの目が、驚愕にこれ以上ないほど開かれている。わたしからキスをするのは、もしかしたらこれが初めてだったかもしれない。ちゅ、と音を立ててくちびるが離れたので、まるで子どものようなキスだと思った。

「今は、これがプレゼントの代わり……じゃ、怒る?」

わたしがそう言うと、シリウスはうつむいて、本日何度目かの深い深いため息をついた。そして次に顔を上げた時には、今まで見たこともないくらいに真剣な――というより、むしろ据わった――目をして、「ナマエ、先に言っとく。ごめん」と言うと、いきなりわたしを抱き上げる。

「はっ!?え?」

突然のことに目を白黒させたわたしをよそに、シリウスが勝手知ったるという様子で足を向けたのは他でもない、ベッドルームだ。何も準備してないのに!そう叫び出したかったけれど、後の祭りだ。なぜかスイッチが入ってしまったらしいシリウスを止めるすべを、わたしは持ち合わせていなかった。

――そんなこんなで、散々な(すごく、良かったのだけれど……)夜を過ごしたわたしは、朝日に照らされながら心なしかぐったりとベッドに横たわっていつまでもだらしなく転がっていた。そんなわたしの隣で満足げにしている男は、甲斐甲斐しくわたしの口元にフルーツを差し出す。

「そういえば、プレゼントの中身って?」

リビングまで取りに行く体力もなく、わたしはそう尋ねた。するとシリウスは立ち上がって、彼の持ち込んだ包みを解く。そしてその中身をわたしに見せた。

「……鏡?」

「両面鏡だ。知ってるだろう?俺とジェームズが、罰則の時に使ってた」

「ああ〜……」

「連絡不精なナマエでも、これなら最低限連絡が取れるだろうと思って。ここに置いておこうか?」

シリウスが置いたのはベッドサイド・テーブルだったので、「覗く気?」と言うと、彼はまるで誤魔化すように額に口付けてきた。そうして、そのままわたしにまたがってくるので、わたしは「……嘘でしょ?」と思わず漏らす。

休日は、一日中ベッドの上で過ごす羽目になりそうだ――。



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