きわめて密かにこじあけた

「今日は何でも言うこと聞いてもらうわよ!」

わたしがはしゃいだ声でそう言うのに対して、トムはうんざりした顔を隠しもせずに向けてくる。けれど、そんな彼は小さくため息をついて、不意に手を伸ばしてわたしの髪に触れた。朝、友人たちがサプライズでわたしにクラッカーを鳴らしたときに飛び出した、カラーテープがまだついていたようだった。トムはそれに向かって杖を一振りして消すと、「もうどうにでもしてくれ」と諦めたような声を漏らす。

わたしはそんなトムに思わずくすりと笑みをこぼしてしまいつつも、いつの間にかわたしを追い越して扉へと向かうトムを慌てて追いかけた。周りには、ホグズミードの日ともあって、浮き足立った様子の生徒たちが多くいる――けれど、わたしが今日、こんなに心躍らせているのは、それだけが理由ではなかった。

今日は、わたしの誕生日だ。そして、トムと一つの約束をした日でもある。

トムの暮らしていた孤児院の近くに家を構えていたわたしの家族は、イベントごとに孤児院を訪れ、寄付活動や食事の用意などを手伝ってきた。もちろん、その日々の中でトムとは面識があったし、いざホグワーツで出会った時は驚愕に叫びそうになった――瞬く間に彼が、わたしの口を塞いだことでそれは実現しなかったけれど。

トムに絶対に口外するなと言われたため、わたしと彼がホグワーツ入学以前から顔見知りの仲だということは、この数年間ずっと伏せられてきた。普段の学校生活でも、授業が同じになったり、廊下ですれ違ったりしてもまるで他人のように過ごしている。わたしの友人がトムの同寮の生徒と幼馴染であるため、時折挨拶や立ち話はするけれど、それまでだ。

しかし、わたしたちはこっそりと、人目につかないところに集まって――というより、わたしが頼み込んで呼び出している――、テスト前などには彼の知恵を存分に発揮していただいている。秘密を守るための対価なんて、そんな適当なことをうそぶくと、もともと世話焼きらしい性格も相まってか、トムは渋々ながらわたしに付き合ってくれた。そんな中で、ある日わたしはめずらしくトムの頼みごとを聞くことになる。女子トイレに何か、蛇に関係した印がないか、確かめて欲しいというのだ。妙な頼みだったけれど、彼が妙なのはもともとだったので、わたしはそれを何のためらいもなく引き受けた――そしてそれに対する見返りとして、わたしの誕生日をこのように祝ってもらうことを、彼に打診したのだった。

どうしてわざわざ僕に、というトムを説得するのは骨だったけれど、結局こうして来てくれたのだから万々歳だ。わたしは上機嫌のままに、ホグズミードを歩いた。心なしかいつもより空も晴れている気がする。 花も綺麗に咲いているし、いつにも増してホグズミードは活気に満ちていた。最高の気分ね、と思わずはにかんだ瞬間、小石に蹴躓く。あっ、と声を上げるやいなや、わたしは腕を掴まれて危うく顔から転びそうになっていたところを助けられた。振り返ると、少し息を乱したトムがいる。

「浮かれすぎだ」

わたしがきちんと立ったことを確かめてぱっと手を離したトムが、そうたしなめた。「あ、ありがとう……」わたしは驚きのあまり、少しどもってしまう。いつまでも呆けたように立ち尽くしているわたしをため息をつきながら見下ろしたトムは、「どこに行きたいんだ」とずいぶんあきれた声で言った。

正直何も目的がなかったので、「えっと……三本の箒?」と答えると、トムは「僕に聞くな」とすげなく返す。けれど、先ほどまでは少し距離を置いて歩いていたのに、いつの間にかとなりに並ぶことにしたらしいトムは、わたしが持っていたカバンを取り上げて肩にかけた。

「あまり人目を引きたくないから、バタービールを持ち帰って別の場所で飲もう」

「ピクニックみたいね、素敵だわ」

彼の気遣いに動揺していたわたしは、トムの提案に気を取り直して頷く。どこか、幼なじみの男の子に接するように過ごしていたのに、いつの間にかこんな風に――。そこまで考えて、わたしはかぶりを振った。なんてことを考えているの。

バタービールを頼みに行ったトムが店から出てくるのを待っている間に、わたしが今日誕生日だと知っている同級生たちの数人が、「ひとりなの?」「一緒にどう?」なんて、声をかけてくれた。そのうち同寮の、一つ下の男の子は、ハニーデュークスの飴の詰め合わせを持たせてくれて、思わず顔を綻ばせてしまう。やっぱり誕生日って素敵だわ、と考えていると、いつの間にか影が落ちていた。振り返ると、そこには両手に食べ物を抱えたトムが立っている。

あ、どうしよう――わたしは内心焦っていた。友人たちは突然現れたトムに、少し浮き足立っている。彼は、ホグワーツ中の生徒たちのアイドルなのだった。けれど、わたしとトムが二人で連れ立ってホグズミードに来たことを、トムはあまり知られたくないに違いない。「あーっと……」わたしはひとまず一人でこの場から立ち去ろうと考えて、男の子に「これ、ありがとう」と声をかけて、歩き出そうとした。しかし彼は、少しためらいがちに言う。

「ナマエ、もしひとりなら僕と一緒に周らない?君の誕生日を祝いたいんだ」

「ええっと……」

わたしは言葉に詰まってしまった。友人たちは、邪魔しないように、なんて言って三本の箒に入っていってしまう。

「すまないが、今日は僕が先約なんだ」

不意にトムがそう言ったので、わたしも男の子も、はっとトムの顔を見上げた。男の子はトムに話しかけられたことをようやく理解したのか、みるみるうちに舞い上がって、「ごめん!」と言いながら走り去ってしまう。

「……トム、良かったの?」

わたしが思わずそうたずねると、トムは片方の眉をくい、とつりあげて「彼と行きたかったのか?」と言う。どこか不機嫌そうに見えるのは、彼との約束を反故にしかけたと思われているのだろうか?わたしが慌てて首を振ると、「行くぞ」と短い声かけとともにトムが歩き始めた。行き先は、叫びの屋敷に続く小さな広場らしい。

大きな平べったい石の上に、バタービールと軽食を並べたわたしたちは、どこか気まずい空気を感じていた。もしかしたら、それはわたしだけかもしれないけれど。

「トム、あの……今日は本当に嬉しかったわ。無理を聞いてくれてありがとう」

わたしがサンドイッチをかじりながらおずおずと言った言葉に、トムはわたしをちらりと見て、手に持っていたバタービールを置いた。そうして、ローブの胸元から紙袋を取り出すと、わたしに差し出してくる。その袋に印字されているのは、なんとわたしの家の近くの雑貨店の名前だった。わたしがその紙袋とトムを見比べて目を白黒させると、トムは少し焦れたように言う。

「誕生日プレゼント、まだ渡してなかったろう」

「わたしに?」

わたしが胸に宿るそわそわとしたあたたかい感覚とともに、その包みを開くと、中には腕時計が入っていた。そのデザインを見て、わたしははっとする。この前の夏休みにたまたま歩いていたトムと出会った際に、ショーウィンドウに飾られていたこれを見てあの時計素敵ね、と何気なく言った覚えがあった。

「覚えていてくれたのね」

わたしがそう言うと、トムはわたしの手からそれをとって、左腕にするりと回した。どこか神聖なその仕草に、わたしは思わず顔に熱が集まるのを感じていた。トムの表情が真剣なので、横顔を見つめるとなんだか胸がくるしかった。

「よく似合ってる」、トムが腕時計のはまった手首に目を落としながら柄にもなくそう褒めるので、わたしはとうとう顔を赤くしながら彼を見つめた。その視線に気づいたのか、トムがこちらに目を向ける。伏せていたまぶたが開くのが、どこかゆっくりと見えて、目が離せなかった。

「トム、ありがとう……」

気恥ずかしさを振り払うように、わたしが慌ててそう言うと、トムはふ、と小さく笑みをこぼす。その顔がいつになく穏やかなのでわたしが思わず目を見開くと、その反応に気づいたのかいつもの――いつもの、というより、わたしといる時ばかりだけれど――仏頂面に戻って、「そろそろ帰るぞ」と立ち上がった。さっさと歩き出してしまうトムの背中をばたばたと追いかけるわたしの腕に収まっている時計は、太陽の光をキラキラと反射していた。



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