わたしは、気が遠くなるような年月を経た先の世界から来た。

ハリー・ポッターの生涯について詳細に書き尽くされ、英雄のゴシップや彼の偉大な功績が実は嘘だった、なんていう低俗な都市伝説以下の内容の雑誌も、今や目新しさなどない。結局のところ、彼は高潔に生き、そして一時代の英雄として友人たち、そして息子たちに看取られて死んだというのが、わたしが生きていた時代の定説だった。

そして、ハリー・ポッターと同じくらい、人々に名前を知られていたのが、彼の宿敵であるヴォルデモート卿だ。アルバス・ダンブルドアがハリー・ポッターに残した証言によって、彼の人生は多くの論文やゴシップ誌まで様々な媒体で語られてきた。彼の生まれた時の名前が、 “トム・リドル”だったことさえ、ホグワーツの一年生ですら知っている常識だ。教科書には当然のように、彼の一生が生まれた時からハリー・ポッターとの大決戦まで詳細に書かれているのだから。彼が死して、ある時代までは彼の名前を讃えることでさえ罪の対象となっていたことがあった。ヴォルデモート卿という侵略者を生み出したことへの反省と、二度と同じ轍を踏まないという誓いからだった。しかし、数十年前にその法律の一文は、法廷での過半数の賛成により消し去られた。すでに、ヴォルデモート卿も、彼が蔓延させたマグル差別も、ずいぶんと過去のものになっていたからだった。

わたしはその世界で、ヴォルデモート卿が収集したホグワーツ創始者たちの遺品について、細々と研究する研究者だった。魔法省からの助成金はあてにできないため、いつも研究所からの雀の巣ほどの給金から研究資金をまかない、もはや歴史の波の中で消え去ったとしか思えないそれぞれの品について、あれこれこねくり回すように調べていた。

わたしは二十代の半ばまで、人生をそれに捧げてきたといっていい――失われたそれらの品を収集したヴォルデモート卿に一抹の感謝をし、けれど彼のホークラックスとなったことで破壊された品々を想って恨み、何か手がかりが残されていないかと、彼の人生や周辺の人物について、すでに今までの研究者が幾度となく論文を発表してきた内容を洗い直した。

けれど、健闘むなしく、わたしが勤めていたヴォルデモート卿を中心とした時代について研究している者たちが集まっていた歴史研究所は完全に助成金が打ち切られ、全ての研究者たちは散り散りになった。つまり、クビというわけだった。

わたしはヴォルデモート卿の関連書籍で天井までぎっしりと埋まった本棚に囲まれながら、ベッドに体を投げ出してぼんやりと木目を見つめていた。わたしが今ここでうっかり死んでも、誰も気づきやしないだろう。最近は親戚や友人たちにクリスマス・カードすら送っていない。共に働いていた研究者たちが、今どこで何をしているのかも、わたしには分からなかった。わたしは、実のところ、生きている人間にてんで興味がなかったのだ。そんなわたしにとって、歴史の研究というものだけが、寝食を忘れるほどに没頭できる唯一のものだった。他のものには興味が、一切湧かなかったせいだ。最初に発表した論文が、そこそこ評価されたのも悪かったかもしれない。

することもないので、三日はこうしてただベッドに横になっている。誰も求めていない研究というものは、虚しいものだった。それでも研究し続ける熱意があれば、大成したかもしれないが。しかしわたしにはもうわかっていたのだ。彼が遺したものは、すでにもう全て失われてしまっていると。

そうして、わたしはこんこんと眠り続けた。次に起きたときに、まるで世界が変わっていることなど知らずに。

わたしが目を覚ましたのは、石を敷き詰めた冷たいポーチだった。なぜこんなところで?そんな疑問を抱いた次に、わたしが驚かされたのはずいぶん世界が大きくなったことだ。まるで、自分が小人にでもなったかのように。わたしの考えは半分間違っていて、半分は正解だった。わたしは、驚くべきことに――赤ん坊になっていたのだった。わたしをはじめに見つけた妙齢の職員は、一番最初に「ニューイヤーだっていうのに」と、同情と呆れが混ざったような独り言を言って、わたしを抱き上げた。

長い間――一般的な赤ん坊が、立ち上がれないくらいの月日――自分の意思で動けない日々を過ごしたわたしは、ずいぶん退屈していた。それはもう、全ての気力をなくしてしまうくらいには。けれど、わたしは自分で立ち上がれるようになって、ここが “ウール孤児院” であり、わたしがここに置き去りにされた一日前に、あのトム・リドルがこの孤児院で生まれたことを、知ったのだった。

彼について、それはもう、彼が一番最初に付き合ったガール・フレンドの名前まで知っている――彼女は純血貴族の出で、すっかり利用され尽くされた後にあっさりと捨てられた――わたしが、この理解しがたい状況でどうしたかというと――、結論から言えば、何もしなかった。

それは、この現実なのか、それともあのヴォルデモート卿の名前で埋め尽くされた本棚に囲まれていたせいで酷い夢を見ているのかさえわからないこの不可思議な状況があまりに信じられなかったせいでもあり、もうほとほと、研究というものに対して疲れ切ってきたからでもある。もしこれが現実なら、それを受け入れて、今度は適当に――わたしの研究がどれだけのものだったのかを、一応手の届く範囲で確認しながら――生きてやろうと考えていた。

そうしてわたしはずいぶん大人気なく、アジア系としてわたしをからかってきた子どもたちを物理的にも精神的にも蹴散らしながら――幸い、こちらでも魔力は備わっているようなので、それも当然使いつつ――、様々な差別が蔓延するこの世界でも、ある程度は快適に過ごせる土壌を作ったのだった。けれど意外だったことといえば、トム・リドルだった。彼はこの孤児院で、おおいに彼のその後を決定づけるような悪意に満ちた生活を送るはずだったというのに、彼の関心は主にわたしに向いていた。

当然歴史にはわたしがいなかったはずなので、これはわたしという歴史のほころびが生じさせた動作不良である。もしかしたら、わたしがこうして生活しているこの世界は、正史ではなく、いわゆるパラレルワールドというものなのかもしれない。

わたしがそう考えている間に、表立った問題児であるわたしと裏で蜘蛛の糸のようにネットワークを張る問題児――つまり、トム・リドル――は、いつの間にか同室にされていた。

「ナマエ」

幼い彼が呼ぶ。ずいぶんと、懐かれたものだ。けれど、仕方ないのかもしれない。彼は、かわいかった。将来闇の帝王となって一時代を支配するなど、考えもつかないほどに。理解されにくい彼を理解し、彼が子どもたちの無邪気な排他意識によって不利益を被ることになればそれを回避させ――そういった、わたしのえこひいきが彼に伝わっているのは明白だった。彼について、わたしはどんなことでも知っている。けれど、生身の彼は?

わたしが生きている人間に初めて興味を持った瞬間だった。

「トム、わたしたち、ずっと一緒よ」

わたしたちには二つベッドが与えられていたけれど、彼はいつもわたしのベッドに潜り込んで眠っていた。わたしたちは同い年として扱われていたけれど――もちろん、わたしは実のところ彼よりうんと年上だったが――まるでわたしが彼の姉のように、周りには見えていただろう。それでよかった――わたしは彼を、守りたかった。わたしは自分の孤独を、彼に重ねていたのだった。

リップノイズは意味を成さない



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