マーマレードをはらんだ瞳

ナマエはどこか不思議な雰囲気のある女の子だ。

魔法薬学の教室を出て、地下牢を歩きながら、この近くに彼女の住む寮があるであろうナマエのことを、僕は考えていた。

ナマエと出会ったのは、ホグワーツ特急のコンパートメントだった。席を探していた僕がたまたま見つけたコンパートメントに、彼女は一人で座っていたのだった。彼女はその年の入学生で、見た目も幼いというのに、話しているとどこか大人びていて、その落ち着いた雰囲気にいつの間にか僕の方が饒舌に話していた。普段なら、僕はどちらかというと友人たちの話を聞く側だったというのに。

彼女は聞き上手だが黙っているというわけでもなく、心地いいタイミングで相槌を打ち、話の内容についてコメントしたり、時には面白い視点を加えたりして、ますます話題を弾ませてくれる。こうして新入生と、組分けの前に接するのは今までなかったけれど、それでも、こんな風に思うのは初めてだった。彼女が、僕と同じ寮であればいいのに、と。

けれど、僕の期待は外れ、彼女が組分けされたのはスリザリンだった。スリザリンの面々に歓迎されるナマエを見て、少しばかり――いや、ずいぶん落胆してしまったことは、記憶に新しい。ハッフルパフが彼女を獲得したら、どんなに良かったか――。僕は柄にもなく、歓喜したに違いない。

寮が離れてしまうと、学年も違うナマエとはなかなか会う機会もない。それに、スリザリンは他の寮の生徒とあまり馴れ合うことをしなかった。きっと、あの時のように話せることはもうないだろう――、そう思っていた僕の予想は、意外な形で破れた。廊下で再会して以来、ナマエは、僕を見かけるとスリザリンの友人たちの輪から離れてよく話しかけに来てくれた。彼女の友人であるドラコ・マルフォイはその度に遠くで苦々しい顔をしているが、ナマエは全く気づいていない。僕は彼の視線に気づくたびに苦笑いしてしまう。ナマエは、なかなか鈍感な女の子らしかった。

「セドリック?」

そんな僕の名前を呼ぶ声に反応してとっさに振り返ると、そこにいたのはたった今僕の頭をずいぶん長い間支配していたナマエだった。僕は驚いて「ナマエ!」と少し上ずった声で彼女を呼ぶ。彼女の手には魔法史の教科書が抱えられていて、彼女もちょうど授業を終えて帰ってきたところらしかった。

「こんなところで会えるなんて。魔法薬学の授業だったの?」

ナマエは僕が持っていた教科書に気づいたのか、微笑みながらそう尋ねる。

「ああ、今日もスネイプ先生は不機嫌だったよ――僕のグループが少し失敗してしまったから、余計にね」

「珍しいわね、セドリックは魔法薬学も得意でしょ?」

僕たちは自然と隣に並んで歩いていた。今日はナマエも一人らしい。普段は、ドラコ・マルフォイなどといったスリザリンの同級生と一緒にいるのに。

そこで僕は、自分のローブのポケットに入れた存在を思い出して、「あ、」と声を上げた。そんな僕を不思議そうに覗き込むナマエに、「ちょっと待って……」と言いながら、僕はそれを取り出す。そして、それが割れたりしていないかを確かめると、彼女に差し出した。

「これは?」

ナマエが首を傾げながら、それを受け取る。

「ハニーデュークスの。ナマエはまだホグズミードに行けない年だから、お土産に買ってきたんだ。君に渡そうとポケットに入れておいたんだけど、こんなに早く会えると思ってなかったから話すのに夢中で忘れてたよ」

ハニーデュークスという名前を聞いたナマエは、みるみるうちにくちびるをほころばせ、「本当に?ハニーデュークス?」と目を輝かせた。いつも大人びた雰囲気をまとっている彼女が年相応の喜色を浮かべるので、僕もなんだか胸のあたりがあたたかく感じる。

「セドリック、本当にありがとう――ハニーデュークスに行くのが、わたしの夢の一つなの……。こんな素敵なプレゼント、感激だわ」

そんな風に、ナマエが大げさなほどに喜ぶので、なんだかむずがゆいような、そんな気分になる。けれど、彼女のそんな顔を、ずっと見ていたい。そんな自分の思いを、僕は気づいていた。

「もし、ナマエがよければ――、ホグズミードに行けるようになったら、僕に案内させてくれないか?君と一緒に行けたら、すごく楽しいと思う」

僕の言葉に、ハニーデュークスのお菓子を詰め合わせた袋を目をキラキラさせて眺めていたナマエは僕の方に向き直って、勢いよくうなずいた。

「ぜひお願いしたいわ。あなたと行けるなら何も心配いらないわね」

どこも見逃せないから、とまだあと数年あるというのにすでに意気込んでいるナマエの可愛らしさに僕が思わず吹き出してしまうと、ナマエは少し拗ねた様子で、「セドリックはもう行き慣れてるから――」と唇を尖らせて言う。ごめんごめん、となぐさめたところで、ちょうどスリザリンの寮の前に着いた。名残惜しいけれど、彼女はきっと次の授業もあるだろう。残念なそぶりを見せまいと、僕は「じゃあまた」と手を振った。

そんな僕の背中に、「セドリック、これ大事に食べるわね!」といって、振り返った僕に花のような笑顔を見せるナマエと、ホグズミードに行ける日が――きっと、ナマエより楽しみにしているのは、僕の方だ。


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