とうにきみは手に負えない

老け薬がかかったドラコ



「み、見違えたわ、ドラコ…」

体にまとわりつくように揺蕩っていた白い煙が晴れた途端、驚いたようなナマエが姿を現した。口をあんぐりと開けたその表情に、僕は得体も知れない恐怖を感じた。僕は一体、どうなってしまったんだ。

「グリフィンドール、10点減点!ウィーズリー、君の空虚な土曜日の予定が決まったことをお祝い申し上げる――」

スネイプ先生がそう言ったのを聞き、反射的に「10点では足りないでしょう、先生!」と抗議はしたものの、僕の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。そんな僕を見かねて、ナマエがローブのポケットから手鏡を取り出して僕に渡してくる。

「口で言うより見た方が早いわ、ドラコ――」

いつになく遠慮がちな彼女の手鏡に映った姿を見て――僕は息を飲んだ。

「ぼ、僕なのか?本当に?」

そこには、到底一年生には見えない、プラチナブロンドの青年がいた。17、18くらいだろうか。周りを見回すと、スリザリンの連中はそれぞれ三者三様の反応をしていたが、パーキンソンだけは「素敵よ、ドラコ!」となぜか目を輝かせている。

――事の発端はウィーズリーとの小競り合いだった。老け薬が課題となっていた授業で、いつもの通り間抜け面をしたウィーズリーをからかっていると、奴が杖を僕に向けた。僕も、それに対し黙っているわけがなかったが、奴の方が少し早かった。そうして起こったことは説明するまでもないだろう。バカなウィーズリーが魔法を暴発し、僕に作りかけの老け薬がかかったというわけだ。

きちんと作用してよかった、と、少しばかり安心したが、そうしているわけにもいかなかった。

「医務室に行きましょう、ドラコ。おかしくなっているところがないのか調べるのよ――」

パーキンソンが僕の腕に自分のそれを絡めてそう言ったが、それを止めたのはナマエだった。珍しい。彼女はパーキンソンと衝突することを極力避けているのに。

「悪いけど、今はきっとスネイプ先生に見せたほうが早いわ。魔法薬にかけて、彼の右に出る人はこの学校にいないもの」

ナマエがそう言うと、先生は無言で僕の前に立った。もしかして――ナマエの言葉に照れているのか?と、そう僕が思う間も無く、先生は僕にかかった魔法薬を調べ始め、やがては僕の体を隅から隅まで眺めた。そのじっとりとした視線に耐え難く、僕は思わずナマエの方を見る。彼女は何を勘違いしたのか、そっと僕の手を握った。「大丈夫よ、心配しないで」そう言いながら。

僕はなぜかその熱心な表情に顔が熱くなるのを感じ、唇を引き結んでしまった。平静でありたかったというのに――。

「――幸か不幸か、この老け薬の出来は悪くない。作ったのは――グレンジャーか」

「素晴らしいわ!ハーマイオニー」

先生の言葉尻が終わるかどうかのところで間髪入れずにナマエがそう言ってにっこりと笑うので、僕と先生は揃ってしかめっ面をした。どうして加点しないの?とでも言いたげな顔でナマエが先生を見上げるのを無視して、先生は続ける。

「効果は一日といったところだろう。下手に治すより、自然と効果が薄れるのを待ったほうが良い。少しばかりの好奇の目は私の授業で杖を取り出した罰だと思って、今日を過ごしなさい」

先生はそう言うと、さっさと生徒たちを教室から追い出した。放り出された僕たちは顔を見合わせたが、僕とウィーズリーが決闘を始めないうちに、とナマエは僕の背中を押して寮に戻ろうと促す。それは、僕とウィーズリー以外にとっては賢明だったに違いない。僕たちはすでに、互いに杖のありかを手で確かめていたのだから。

それからの一日は、先生の予想通り好奇の目に晒されることとなった。スリザリンの寮の中では噂に尾ひれがついて、大人になった僕がウィーズリーを水中人の餌にしただとか、そういう類のものがまことしやかに囁かれていたため、僕は当然そのままにしておいた。隣のナマエはいい顔をしなかったが。――そうだ、 “隣の” ナマエだ。ナマエは普段僕が呼ばないと隣に来ることは少ないのに、今日は僕の隣でおとなしく収まっている。何故か?彼女なりに、僕を心配しているんだろう。

僕が身動ぐと彼女はその度に僕を覗き込んで「どこか痛いの?」と心配そうに言うので、今日は少し動きがぎこちなくなった。――あくまで、自然に。

老け薬の効果で、ひょろりと伸びた背はそう変わらなかった彼女との身長差をずいぶん広げた。そのせいで、心なしか今日の彼女はどこか黒目がちで、目が潤んで見える。言ってしまえば、――、いや、やめておこう。言葉にしたら、うっかり意識してしまう気がする。

「ドラコ、上級生の制服を借りられてよかったわね。さっきまでのあなたの――気を悪くしないで欲しいけれど――足首ったら!色が白いから余計に目立つわ」

そう言ってころころと笑うようになったくらいには、今の僕に慣れ始めたらしいナマエは、僕が取り分けたミートボールを口に運んでいる。成長したおかげで腕を伸ばせる僕を最大活用するつもりらしい。

「僕をこんな風に雑用に使うなんて――ナマエくらいだぞ」

僕が何気なく言ったその言葉に、ナマエは少し驚いたようにこちらを向いた。

「それって、わたしが特別だってこと?」

僕はその言葉に「馬鹿な」と条件反射的に返したけれど、平静のままいればいいというのに思わず顔を赤らめてしまって、失敗した、と心の中で舌を打った。そんな僕に気づいたのか、ナマエはくすくすと女子特有の笑い方をし、もう一度僕を向き直って言った。

「成長したあなたが普段と違うように見えて少し緊張していたけれど――あなたはあなたのままね。可愛いわ」

「可愛いだって!?」

僕が思わず立ち上がってそう返したので、大広間が静まり返って僕とナマエに注目が集まってしまう。ナマエはそんな状況にも笑いをこらえていて、僕はいまだに――この姿になってさえ、彼女を振り回すことができないでいることを悟るのだった。

表紙



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