CALL HER JUDAS

学生時代の二人


「こんなところで読書を?」

ここは図書館へと続く廊下だ。蝋燭の光が申し訳程度にあるが、本を読むには薄暗い。

今日中に返却しなければならない本を、時間を少しでも惜しむように鼻先がこすれそうなほど顔を近づけて読んでいた僕は、その声にはっと顔を上げた。その先には、いたずらっぽく笑って僕を覗き込む、グリフィンドール・カラーをまとった女生徒――ミョウジがいる。僕はその顔を見た途端、弾かれたように周りを見回した。そんな僕を見た彼女は呆れたような口ぶりで、「シリウスはいないわよ」と肩をすくめる。

「やつが君を探しに来るのも時間の問題だ。僕に構うのはそろそろやめてくれ」

僕はそう言って本を閉じると、彼女の横をすり抜けるようにして図書館へと向かった。そろそろ閉館時間だ。この本を返さなければいけない。

「シリウスは来ないわ。大広間でチキンに夢中だもの」

彼女は帰るのかと思いきや、僕の後について図書館へと足を踏み入れた。ずいぶん声を抑えてはいたものの、マダムに睨まれたミョウジは首をすくめて僕の後ろに隠れる。

「何の用だ、一体」

ミョウジはこう見えて頑固なところがあるというのはすでに知っていたので、僕は彼女を撒くのを諦めて向き合った。すでに図書館の鍵は閉められている。僕たちが出ていった途端にガチャリと大きな音を立てて閉められたのを見ると、僕たちは招かれざる客だったらしかった。

「お願いがあるのよ。あなたにしか頼めない。…それに、あなたにも関係があるの」

ミョウジが最後の言葉を押し殺すようにいったので、「何だって?」と聞き返すと彼女は何でもないのよと首を振る。僕にしか頼めない、と彼女がいったところまでは聞こえたが、その後何と続けたのかはわからなかった。

「聞いてくれる?」

彼女がそう首をかしげるので、僕は思わず顔をしかめた。断りたいのは山々だが、彼女には借りがある。借り、というにはずいぶん一方的なものだったが。

「――ブラックやポッターと関わり合いにならず、僕の普段の生活に支障が起きないものなら、考えないこともない」

そう、躊躇いがちにいうと、ミョウジは間髪入れず両手をパチン、と鳴らして満面の笑みを浮かべた。

「本当に?ありがとう、セブルス!助かるわ」

すでに頼んだ気になっている彼女に、僕は慌てて「まだ君の頼みごとを聞いてもいないのに決められないだろう」と先を促す羽目になる。

「そうね、忘れてたわ。お願い事っていうのは――」

彼女はどこか、いたずらをする前の幼子のような表情を浮かべ、口を開いた。


次の日のこと。

相変わらずスリザリンとグリフィンドールの合同で行われる魔法薬学では、ちょっとした――というにはずいぶん規模の大きい、騒ぎが起こっていた。戯言薬を煎じていた鍋の中にマグル製の爆竹が投げ込まれ、大惨事に陥ったのだった。周りにいた生徒が突拍子も無い言葉を次々と発し始め、それに乗じたいたずら仕掛け人たちが余計に場を混乱させている。

しかし、僕はそんな混沌とした状況の中で、一人の生徒を目で追っていた。ミョウジだ。彼女は対応に追われるスラグホーンの目を盗んで彼の薬棚へと忍び込み、見事気づかれないままにこちらへと戻ってきたのだった。彼女は僕が見つめているのに気づくと、ニヤリと笑って手の中のものを軽く振ってみせた。

「おい、ナマエ!見てみろよ!」

遠くでブラックが興奮した声を上げている。ナメクジに戯言薬がかかったらしく、その姿を指差しているようだった。ミョウジは手に中のものをロープの中に隠すと、「今行くわ!私が行くまで何もしないでよ!」と言いながら生徒たちの輪に入っていく。


そうして、そのあとこっそりと落ち合った僕たちは、彼女の手に握られたものを覗き込んでいた。

「どう?これで作れそう?」

「ああ、材料は完璧だ。けれど、作るのに一ヶ月以上はかかるぞ」

彼女は僕の目をしっかり見つめて、いつものようににっこりと笑った。了承のつもりらしい。

僕が彼女から受け取ったものは、クサカゲロウ、満月草、毒ツルヘビの皮――。ポリジュース薬の材料だった。先日、彼女が僕に “頼みごと”をした日、ミョウジは僕に「もし材料を手に入れることができたら、薬を煎じてほしい」と言ったのだった。どうせ無理だろうと思っていたのに、まさかスラグホーンから盗んでくるとは。見つかったら僕もただでは済まされないだろう。

「――とても難しい魔法薬だ、成功するとは限らない。飲んだ後、取り返しのつかないことが起こるかもしれないんだぞ。僕に任せて本当にいいのか?」

いつの間にか、口からそんな弱腰なセリフが飛び出していた。グリフィンドールの、ましてや僕を目の敵にしているブラックの恋人に、そんな気を使う必要もないだろうに。僕がその言葉を後悔していると、ミョウジは僕のそんな葛藤を物ともせず、屈託無く言った。

「わたしはあなたのことを信じてるわ。だって友達だもの!」

僕はミョウジの言葉に何処か圧倒されてしまって、二の句を継げなかった。ロープのポケットに、手を温めるように突っ込んだ彼女は、「もちろん、わたしもできる限り手伝うわ。いつでも呼んでね!」と材料を抱えた僕の手の中にハニーデュークスの飴をどっさりと投げ込むと、空き教室から出ていった。僕はその背中を呆然と見つめているしかできなかった。


そして薬が完成し、彼女が口にした時――変身したのは、他でもない、僕の姿だった。その後彼女が何をしたのかは知らないが、しばらくの間ブラックが僕を避けていたことは間違いない。「おい、どうしたんだよシリウス!」と、ポッターがつられたおかげで、僕は数ヶ月の平穏を得た。

僕をなるべく避けるように廊下の端を歩くブラックの隣を歩く彼女は、僕にこっそりとウインクを送った。

表紙



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