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彼はクリスマス休暇には帰ってこない。

また他の子どものものとなった隣の部屋は、クリスマスだからか、いつまでも暗かった。どこか一つの部屋に、子どもたちが集められているのかもしれない。クリスマスのご馳走を食べ、お腹がいっぱいになっていたわたしは何気なく日記帳を開いた。素敵なことが起こった時だけ書こうと決めているそれは、学校で作文が褒められたこと、友人とアイスクリームを食べたこと、母がパイの作り方を教えてくれた日のことが書かれている。

ふと開いたページは、彼について書いたページだった。彼について書き始めてから、わたしは誰にも読まれないように日記に鍵をつけ始めた。幼い隠し方だとはわかっていたけれど、そうせずにはいられなかった。彼との思い出を、自分だけが知っていたかったから。

彼の名前を知らない頃には、 “オリヴァー?ジョン、ジャック、リック……”と、ひたすら彼の名前を想像して書きつけたページもある。しかし今では彼の名前を知ることは、わたしの中で大きな比重を占めてはいなかった。今はただ、彼に会いたい。学校にも、男の子たちはいる。親しく話す子たちも。けれど、彼は特別だった。あの中の、誰とも似てはいない。

わたしの机の引き出しには、彼宛に、こっそりと書いたグリーティング・カードが入っている。もう2、3年分だろうか。彼の学校がどこにあるのかも知らないので、ついぞ出すことが叶わなかったのだった。

わたしは日記を閉じた。せっかくのクリスマスに、彼のことばかり考えていたら切なさで胸が苦しくなる。わたしは、もう彼と出会った頃の幼さからは抜け出していた。しかしいまだに、このもどかしい想いは持ち続けたままだ。

「会えたらいいのに……」

そのときだった。窓をコツコツと鳴らす音が聞こえたのは。

わたしはハッとしてカーテンを開け放った。もしかして、彼が戻ってきていて、合図を送っているのかと期待したからだ。

けれど、そこにいたのは予想だにしない生き物だった。「フクロウ……?」わたしが驚いてそう口に出すと、その鳥は肯定するようにホウ、とやわらかく鳴いた。わたしが窓を開けると、ふわりとフクロウは中へと吸い込まれるように入り、一、二周部屋の中を飛び回ったかと思うと、存外大人しくコート掛けを止まり木にした。

この初めての体験に胸が高鳴ってはいたものの、母に知られてはいけない、ということだけは頭にあったので、わたしは半開きだった部屋のドアをゆっくりと閉めた。そしてそこで、フクロウの足に何かがくくりつけられていることに気づく。

わたしはフクロウをあやしながらそれを外そうとしたけれど、フクロウは思いの外大人しく、むしろ協力的だった。すぐに外せたそれは、緑の封筒に赤い封蝋で閉じられている。わたしがそれをゆっくりとおそるおそる開くのを、フクロウの大きな瞳が見下ろしていた。

「これは……もしかして」

中に入っていたのは一枚のカードだった。『こちらはクリスマス休暇中。君は?追伸、もしクッキーを焼いたならフクロウに持たせてくれ』わたしはその “追伸” に思わずくすりと笑みをこぼし、ハッとフクロウを見上げた。フクロウは不思議そうに首をかしげるので、一人笑いを誰かに言いつけることはしなさそうだ。

わたしは引き出しを開いて、一番上に重ねてあったカードを取り出し、それに行事ごとの恒例になりつつあるクッキーを添えると、来た時と同じようにフクロウの足へとくくりつけた。これを持って飛べるのかと不安になるけれど、フクロウはそれを払拭するように部屋の中を旋回してみせる。

「手紙、たまにはよこしてちょうだいねって、彼に伝えてね」

窓の縁に立つフクロウに、内緒話をするように囁くと、フクロウはまた首を傾げて飛び立っていった。もしかしたらそれが、あのフクロウの癖なのかもしれない。

わたしは叶わない願いだと思っていたというのに、それから年に数度、彼から手紙が届くようになった。まるでフクロウへの伝言が、彼の元へと届けられたように。その中には 『“吠えメール” じゃないことをありがたく思え』だの、『バレンタインの時期は惚れ薬に注意しないと』だの、彼の学校で流行っているらしい造語のようなものが散りばめられていたけれど、わたしはずいぶん溜まった彼の筆跡を時折最初から眺めては、胸のワクワクが体のうちから飛び出さないようにぎゅっとそれを抱きしめるのだった。

しかし彼の口から “バレンタイン” という言葉を聞くとどうしても気になってしまうのは彼の学校生活での一部分――言ってしまえば、恋人の有無で、それに気づいてからわたしは手紙の端々からそんな兆しが見えないよう、どこか祈るように隅々まで目を皿にして何度も往復した。しかし文面から読み取れるのは彼の学校生活の、きっと些細なことばかりで、わたしはその度に安堵するやら、やきもきするやらで感情が忙しくなるのだった。

彼と会えない日々をそのように過ごしながら、しかし、彼が帰ってくると全ては瑣末なことになってしまう。そして今年の夏も、彼は少し不満げに、けれどいつもの無機質な表情を浮かべながら、また伸びた背で窮屈そうに窓辺に座っているのだった。

フクロウ便




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