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わたしが彼と出会ったのは、一年前のニューイヤーズ・イブのことだった。

ずっと物置になっていたこの部屋がわたしの部屋となり、古びたカーテン――今では綺麗な青のカーテンに替えた――を開けると、そこがとなりの孤児院の窓と向かい合わせになっていることに気づいたのだった。どんな子が住んでいるのだろう、と気になり、毎晩カーテンを少し開けてあちらのカーテンが開かないか確かめていた。

そうして、雪のずいぶん降り積もった大晦日、彼がカーテンを開いて顔を出したのだった。

彼はわたしと目が合うと、不快そうなのを隠そうともせずに眉を寄せた。わたしと同じくらいだろうに、すでにどこか大人びたような雰囲気をまとっていた彼は、わたしを観察するようにじっと見つめると、拒絶を表すようにカーテンに手をかける。

「待って!」

わたしは思わず、そう声を上げた。窓は閉まっていて、彼にその声が届くはずもないのに。けれど、彼は不思議とその手を止めた。

わたしはその瞬間を見逃さないように、窓を開けて彼に微笑みかけた。ちょうど焼いたクッキーを包んでいたところだったので、それを掲げる。「わたしがはじめて焼いたの。食べない?」そう言いながら。

彼は無表情なまま、首を一度横に振りかけた。けれど、考え直したように窓を開けて、「ここに投げてくれ」と言った。その時、彼の声をはじめて聞いた。不思議な声だった。冷たくて、無機質なのに、のびのびと通る。もしかしたらその時に、彼がわたしの特別になったのかもしれない。

窓から物を投げるなんて、はじめてだった。わたしはボールを投げるのが得意ではなかった。あまりに飛ばないので、友達によく笑われたのだ。しかし、どこからそんな勇気が湧いたのか、わたしはためらうことなく彼に向かって投げていた。しかしやはり狙いが悪く、彼の手から逸れて雪の積もった地面に落ちるかと思われたというのに、まるで吸い込まれるようにして、包みは彼の手に収まった。

わたしがそれに驚いて目を見開いているうちに、彼の部屋のカーテンはいつの間にか閉まっていた。最後に彼のくちびるが「ありがとう」と動いたように見えたけれど、それはわたしの思い違いだったかもしれない。そうして、そこでわたしはお互いに名乗るのを忘れていたことを思い出したのだった。けれどそれから、わたしと彼は時折、窓越しに話すようになる。


「そういえば、となりの孤児院の子」

ベーコンを炒めていた母が、思い出したように言った。

「え?」と、わたしはその言葉に聞き返す。母の口からとなりの孤児院の話が唐突に出ることなど、なかなかなかったからだ。

「あなたと同い年くらいの子がいるでしょう。トム・リドルくんだったかしら」

その名前を聞いても、わたしがピンと来ることはなかった。しかし、同い年くらいの男の子と聞いて、わたしが一番に思い浮かんだのは彼だった。そのせいで、わたしはらしくなく動揺し、ぎゅっと身を固くした。しかしそれを悟られたくはなくて、なんでもないように「その子がどうしたの?」と尋ねた。

「どこか遠い寄宿学校に行くそうよ。この前、そこの先生が彼を訪ねてきたのだって。職員の方から聞いたの」

母の前で、わたしは呆然と机を見下ろしていた。トム・リドル、とそう頭の中で反芻して、彼の顔を思い浮かべる。想像の中の彼は、トム、と名前を呼ぶと、いつものように無表情なまま私を見つめるのだった。年が近いとは思えない落ち着き払った態度の中に見せる危うい影に、わたしはいつも見入ってしまう。

その日の夜、彼は気が向いたのかカーテンを開けて、窓際で本を読んでいた。彼はいつも違う本を読んでいる。いつだか、「これは馬鹿馬鹿しいことばかり書き連ねてある」と、わたしの知らない本――といっても、わたしが彼の読んでいる本を知っていた試しがない――を目の前で振りながら言ったものだった。わたしは彼が本を読んでいるのを見かけると、こっそりと同じ本を図書館で借りて読んでいた。すると彼に少し近づいた気がして、春のそよ風を感じた時のような心地がするのだ。しかし、彼が「馬鹿馬鹿しい」と言った本だけは、どれだけ真ん中に目立つように飾られていても、鼻を鳴らして素通りした。

「今日は何の本を?」

わたしがそう問いかけると、彼はそこで初めてわたしがここにいることに気づいたようなそぶりを見せ、本をぱたん、と閉じるとわたしの方へ見せた。そこに書かれている名前はやはり聞いたこともないもので、わたしがそれをじっと見つめていると、彼は何を思ったのかその本をこちらに放った。慌ててキャッチして目を白黒させるわたしに、「もう読んだから、君にやる」とぶっきらぼうに言う。

「本当に?いいの?」

わたしが目を見開いてそう言うと、彼は小さく顎を引くようにして頷いた。

「一応、クリスマスの時の礼だ。クリスマスについて話すには、ずいぶん時間が経ったけど」

わたしはみるみるうちに嬉しさがこみ上げてきて、「ありがとう!」と本を抱きしめた。そんなわたしを見届けると、彼はいつものようにカーテンを閉めようとする。わたしはあわてて、「ねえ!」と声をかけた。

「急だけど――もし間違ってたらごめんなさい。あなたが、トム・リドルなの?」

母から、その子が遠い寄宿学校に行くって聞いたのよ、と付け加える。しかし、彼はその名前を聞いても何の反応もしなかった。彼ではなかったにしろ、同じ孤児院に住む子どもの名前を聞いたにしては無機質すぎるくらいに。

「いいや、違う。僕じゃない」

彼は小さく「おやすみ」と言って、今度こそカーテンを閉めた。後に残されたわたしは、彼ではないと知って安堵するべきなのか、それとも名前をまた知ることができなかったことを残念に思うべきなのか、自分でも気持ちの整理がつけられず、ただ彼にもらった本を机に置いて見つめた。それは、彼には珍しく、おとぎ話の本だった。表紙には魔法使いが描かれている。

わたしはその表紙を撫でて、小さく呟いた。「おやすみ、トム」どんな顔をしているかも、眠っているかも分からない男の子に。

彼の名前を知っている




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