■ ■ ■

二つ下の弟、シリウスがホグワーツに入学して以来、夏休みのブラック家の食卓は、どこかひりついた雰囲気の中にある。

理由は明白で、彼が一族で唯一、グリフィンドールに入ったからだった。

それもそのはず、ブラック家は今までスリザリン生ばかりを輩出し――かくいうわたしも、その一人だ――それを誇りとしてきたのだから。母は頑なに彼の名前を呼ぼうとしない。父親はというと、彼はどこかわたしたちへの関心が薄いので母親ほどあからさまではないけれど、確実にシリウスに対して失望していることはわかる。そんな両親の雰囲気を感じたのか、次の年度から入学するレギュラスもまた、兄に対してどこか以前よりよそよそしい。

シリウスは、用意されたデザートに手もつけずに、黙って席を立った。ここのところ、いつもそうだ。ホグワーツでは快活に笑う姿を見かけるシリウスだったけれど、この家に帰るとたちまちに、自分の殻にこもってしまう。わたしがその背中を見つめても、彼が振り返ることはない。

「レギュラス」

父親が珍しく口を開く。わたしの隣でまだスープを飲んでいたレギュラスはびくりと体を揺らして、顔を上げた。「はい、」とまだ幼い声で答える彼には、緊張がにじんでいる。

「お前には期待している」

彼はレギュラスに目も向けずに言う。従順に頷くレギュラスは、先ほどよりどこか背筋を伸ばしてスープを平らげた。デザートの味もさほど感じないままに口に入れたわたしは、スプーンを置く音すら躊躇われて慎重にそれを皿に戻すと、そっと椅子を引く。母親がちらりとわたしを見た。彼女は饒舌に目で語る。彼女がわたしに求めるのは、ただ問題を起こさず、純血の男と婚姻すること。わたしはその蛇のような目から逃れるように、背を向けた。

「シリウス」

わたしが彼の部屋の扉をノックしながらそう押し殺した声で呼ぶと、しばらく迷うような沈黙が流れたものの、やがてゆっくりと扉が開いた。彼の部屋は相変わらず、グリフィンドール・カラーであふれている。この家に流れる空気を、拒絶するように。

わたしを招き入れたシリウスがベッドに腰掛けたので、わたしもその隣に座る。いつもそうだった。幼いときから、ずっと。

「……もう荷造りは終わった?」

明日は、キングズクロスへ向かう日だった。シリウスにとっては、待ち望んだ日だろう。

「ああ。……俺の部屋なんで来てないで、レギュラスの奴を手伝ってやらなくていいのか」

こんなふうに手探りで会話するような、そんな姉弟ではなかった。らしくない言葉に、わたしは思わず彼の手を握る。するとシリウスは飛び上がるように体を揺らして、わたしを見上げた。まだ、背はわたしの方が少し高かった。

「わたしもあなたみたいに、勇気があればよかったのに」

意図せずどこか泣き出しそうな、切実な声が溢れて、自分でも少し驚いてしまう。シリウスの顔を見ることもできず、わたしは俯いたまま続けた。今まで、誰にも明かしてこなかったことだった。

「組分け帽子に、グリフィンドールやレイブンクローという道もあると言われたの。でもわたしは、スリザリンに入れて欲しいと頼んだわ。それ以外の道はないと思ってた」

シリウスはひとことも口を挟まない。マグルの写真は動くことがないため、この部屋はずいぶん静かだった。

「だから、わたしはあなたがまぶしい。わたしが選べなかった道を、あなたは切りひいていったから」

わたしがやっと顔を上げると、シリウスはどこか堪えるような、そんな顔をして唇を引きむすんでいた。みるみるうちにその目が赤くなるのを、わたしは見た。今にも泣き出しそうな顔だ。けれど、彼がわたしの頬を手のひらで拭ったので、泣いているのはわたしの方だと気づく。

「ばかだな、そんな顔するくらいなら、俺と一緒にグリフィンドール生をやればよかったのに」

それができたら、どんなにいいか。次から次へと溢れ出す涙を、シリウスはその度に拭った。幼い頃泣き虫だったシリウスにそうしていたのは、わたしの方だったのに。いつのまにか、彼は成長していた。遠くから彼の様子を見ていたわたしが、気づかない間に。手のひらだって、なんでも掴めるほどに大きい。

わたしたちはずいぶん長い間そうしていた。荷造りも、明日のための準備も、何もかも終わってなどいないというのに。「もう大丈夫、」わたしはそう言って頬を袖で拭った。するとシリウスはわたしの後頭部に手を回して、肩でわたしの顔を支えるように抱きしめた。

「俺が姉さんを、ここから連れ出すから」

「え?」

わたしが思わず顔をあげようとすると、シリウスがぐい、と手に力を入れて押さえる。まるで、自分の顔を見せまいとしているように。

「だから、姉さんはそれまで待ってて」

静かに、けれど決意に満ちたその声に、わたしは彼の肩に顔を埋めたまま、小さくうなずいた。わたしの髪を撫でる手は、いつまでも優しかった。

きみがぼくたちを繋いでいた

ささき様、50,000hit目のキリ番リクエストありがとうございました!「ブラック家の姉主で、お相手は二人のうちのどちらか」というリクエストでした。お楽しみいただけると幸いです。

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