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「やってらんねえよ、こいつとなんか」

チ、チと舌打ち混じりにそう言うブラックを、「まあまあ」なんてルーピンがなだめる前に、わたしは彼を思い切り締め上げた。言うまでもなく、マグル式で。

場所は魔法薬学の教室。時間はと言うと……昼休みが待ち遠しい、午前10時。

男女でペアに、だなんて気まぐれを起こしたスラグホーンに、恥ずかしげな笑い声とともにあっという間にペアが出来上がっていくのをぼんやり眺めていたら、隣にも同じ種類の男がいた。それが、ブラックだったというわけだ。

わたしとブラックは同じグリフィンドール生だというのに、犬猿の仲として知られている。一年生の時はむしろ、ポッターを除けば最も仲が良いと言える存在だったと記憶しているけれど、年を追うごとに彼の態度はぶっきらぼうになり、何かと突っかかってくるようになったのだった。わたしも気が長いとは到底言えない性格なので、毎度のこと喧嘩を買ってしまう。わたしたちを一緒にしておくと騒ぎになると学んだ級友たちが率先してわたしたちを離すようになって以来久しい。そんなわたしたちがペアになるなんて、ほとんど数年ぶりといっていいだろう。

ギブ、ギブ、とわたしの腕を力なく叩くブラックが物理に弱いのは、普段杖頼みなのが祟ったのか、それともおぼっちゃまだからなのか。。マグル生まれマグル育ち、……というより、下町育ちのわたしは体の大きくなった男子生徒への一番の対処方法を心得ている。

「引く手数多のシリウスがわざわざ最後まで残るなんてね」

ちゃっかりリリーの隣をゲットしている――彼女の表情を見る限り、かなり姑息な手を使ったらしい――ポッターがニヤニヤしながらブラックにそう言うと、ブラックは珍しくポッターを睨みつけた。いつもは蜜月かと勘違いしかけるほど、いちゃついている二人なのに。

「わたしのことが気に入らなくても、わたしたちしか余ってないんだから仕方ないでしょう。ペアを組む以上、ちゃんと取り組んでもらうわよ!」

わたしが人差し指を彼の鼻先に突きつけてそう言い聞かせると、ブラックはフン、と鼻を鳴らして「足を引っ張んなよ」とぶっきらぼうに言った。一応はまじめに授業に参加するつもりのようで、わたしはほっと胸をなでおろす。いたずらを除いた彼が、すこぶる優秀だと知っているからだ。

そしてわたしのわずかな心配をよそに、彼は手際よく教科書の手順をこなしていった。むしろわたしが「ぼさっとしてんじゃねえよ」と彼に言われるくらいには。

「ブラック、これは……」

わたしが輪切りにし終わったワームを小皿に乗せて振り返ると、ちょうどわたしの声に反応して近づいていたブラックの顔で視界がいっぱいになった。鼻先がぶつかりそうなほどに。

するとブラックはまるで反発する磁石を近づけたかのようにパッと離れると、お坊ちゃんらしい陶器のような白い肌を真っ赤にして「危ないだろ!」とどこか動揺した様子で怒鳴った。

「そんなに怒らなくてもいいじゃない」

わたしがそう言うのを遮るようにポッターが口笛を吹いてブラックをからかうので、ますます顔を赤くしたブラックは舌打ちして「表に出ろ!」と二つテーブルの離れたポッターにけしかける。せっかくあと少しで完成なのに、と鍋を横目で見ながら、わたしは仕方なく今にも飛び出しそうなブラックの口を後ろから塞いだ。

「はいはい。わたしが悪かったから、今はこっちに集中してちょうだい」

途端に風船がしぼむみたいに大人しくなったブラックは、けれど先ほどよりよっぽど真っ赤に耳、首まで染め上げていた。なにがそんなに興奮させるのだか、とわたしは彼が暴れ出さないことを確かめてパッと手を離し、ワームを鍋に入れてしまう。真っ赤なままの彼が、「あっバカ、」とわたしの手を止めようとしたのにも気付かずに。

ぱん、と軽い音を立てて辺り一面に飛び散った魔法薬の矛先は、主にわたしだった。反射的に顔を守ろうと両腕を掲げたわたしだったけれど、一向にその衝撃がやってこないことに気づいて、恐る恐る両腕を下ろす。すると目の前には、先ほどと同じように、ブラックの眉根を寄せた顔があった。

「……ブラック?」

それが苦悶の表情だと気づくと、わたしは唇をわななかせて彼の名前を呼んだ。スラグホーンが「大変だ!」と叫ぶ声が遠くに聞こえる。彼はわたしを壁に押し付けて、存外に広い――真っ白な頭で、そんなことを考えていた――背中で、わたしをかばっていたのだった。

火にかけたばかりだったとはいえ、火傷させるには十分の熱さだったろう。駆け寄ってくる生徒たちが口々に様々なことを半ば叫ぶようにして言っているのも、わたしは耳に入らなかった。彼がわたしをかばったことも、魔法薬を被ったことも、理解の範疇を超えてパニック状態だったからだ。

「すぐに医務室へ!」

スラグホーンがそう言って魔法で担架を取り出すのを他ならぬブラックが止めた。「歩いて行ける」そう、覇気のない声で言って。

彼にいつもの四人組のメンバーが付き添い、歩き出すのをわたしはしゃがみ込んだまま見送りかけて、そこでやっと足に力が入った。情けないことに、腰が抜けていた。後ろに付いたわたしの表情を見たポッターは「ひどい顔だ」と漏らした。普段なら彼を後悔させる術などいくらでもあったけれど、ブラックの背中を見つめることしかその時のわたしにはできなかった。

「軟膏を数日塗り続ければ痕も残りませんよ。まったく、無茶をして……」

マダム・ポンフリーのお小言を受け流しながら、彼女がブラックの背中に緑色のべっとりした軟膏を塗るのを待っていた。ジェームズたちはその軟膏についてあれこれからかったので、医務室からあっという間に追い出されていた。

「一応夕食までここで休みなさい。仰向けになってはいけませんよ」

ブラックにそう言いつけて、それからわたしの顔を見たマダム・ポンフリーは何度か口を開きかけたあと、やっと「……ミス・みょうじ、しばらく彼についていることを許可します」と言って医務室から慌ただしく出て行った。彼女はもともとクィディッチで足の骨を折ったらしい――「なんと馬鹿げたことを!」と、彼女はブラックの背中に軟膏を塗り始めた時に憤りながら無謀なプレイをした選手について評した――生徒を診に行くために医務室を出ようとしていたところを、私たちが捕まえたのだった。

「……ブラック、わたしのせいだわ。本当にごめんなさい」

うつ伏せになって枕に顔を埋めているブラックのベッドの隣に椅子を置いたわたしは、そう切り出した。ここのところ顔を合わせれば喧嘩ばかりだったので、こんな風に彼の前でしおらしくなったのは初めてだったかもしれない。

「……俺が勝手にやったことだ。全然痛くねえし、気にすんな」

ブラックはそう呟くように言った。枕のせいで、声はくぐもっている。ずいぶん痛かったろうに、そんな強がりを言う。わたしは彼の不器用な優しさを感じて、唇を噛み締めた。

「わたし、あなたの傷が治るまでなんでもするわ」

そう言うと、ブラックは驚いたように埋めていた顔を上げた。その顔が不仲になる前の無邪気につるんでいた彼のままだったので、わたしは言葉を続ける。

「あなたのためにノートを取るし、夕食にチキンが出たらわたしの分もあげる――、軟膏も塗るわ」

ずいぶん気持ち悪がっていたから、ジェームズたちは協力しないだろうと、わたしはそう付け足した。シリウスは口をパクパクと動かして何か言おうとしたけれど、むっつりと口を閉じてしまう。まだ足りないと言いたいのだろうか。

ずいぶん逡巡したところで、彼はやっと口を開いた。言いにくそうに眉を寄せて、不機嫌そうな顔をしながら。

「手を……」

「え?」

あまりに小さな声だったので、わたしは彼に顔を近づけた。するとほんのり桜色に鼻先を染めた彼が、顔を反らしながらもう一度囁く。

「手を、握っててくれ。今だけ」

わたしはその言葉に、彼につられるように顔を熱くした。「……ええ、もちろん」そう言った声はどこか取り繕ったように震えていて――むずむずと動く唇をよそに、わたしは彼の手をそっと握った。また枕に顔を埋めてしまった彼とわたしは、夕食までそうしていたのだった。



まだ春の鼓動を知らない

ミント様、44000hit目のキリ番リクエストありがとうございました!「不仲に見えて実は夢主のことが大好きなシリウス」というリクエストでした。お楽しみいただけると幸いです。

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