■ ■ ■

※トム・リドル先生が生徒から手玉に取られ気味。

「先生!」

わたしが生徒が全員いなくなったタイミングを見計らいながら教卓に駆け寄ると、先生――闇の魔術に対する防衛術を担当しているトム・リドル教諭だ――はもはやうんざりしていることを隠すことなく、しかし口の端には引きつった笑みを浮かべて振り返った。

「……どうしたんだ、ミス・みょうじ」

眉尻がぴくぴくと動いているのを見つめながら、わたしは先生ににっこりと笑みを送った。教諭ながらも学校一の美男と称され、女子生徒から、そして気さくな性格から男子生徒からも絶大な人気を誇る先生の弱みを、わたしは握っている。

――あれは晴れた昼下がりのことだった。空気も珍しくカラッとしていて、とても心地の良い日だったけれど、先生にとってはホグワーツ魔術学校に着任して以来最も不本意な日になっただろうとわたしは推測している。

「先生!」

あの日も、わたしは授業終わりに荷物をまとめている先生の背中にそう声をかけた。先生は抜かりなく――そして、板についた――仕草でゆっくりと振り返ると、声だけでわかっていたよとでも言いたげに振り返ってわたしの名前を呼んだ。

「ミス・みょうじ、どうしたんだい?僕の授業でわからない点でも?」

お茶目に肩をすくめてみせる先生に、わたしはにっこりと微笑んだ。完璧な教師だ。

「先生、わたしが伺ったところによると――」

わたしが言葉を切ると、先生は少し怪訝そうな顔をした。一体何を言い出すんだ、とでも言いたげだ。彼の周りにいる女子生徒たちは、彼に対して相当砂糖菓子のような――つまり、中身がない――言葉をくすくす笑いとともに囁きかけているに違いない。「なんて素敵なネクタイなの!」が枕詞についていない会話を、もしかしたらここ数年彼はしていないのかもしれなかった。

「先生は在学中、世界征服を目論んでいたそうで」

わたしが微笑みを浮かべたままそう言うと、先生は先ほどわたしたちが提出したレポートの束を思い切り床にぶちまけた。きっと、手に持っているものがティーカップだったら、口から紅茶を吹き出すトム・リドル教諭という世にも珍しい絵面を目に収めることができたろう。

しかしそうそう面白いことが起こるわけでもなく、先生は一瞬固まったものの瞬く間にとろけるような笑みを浮かべ、床にばらまいたレポートを杖の一振りで片付けると小首を傾げた。

「誰が君にそんなことを?面白い冗談だ。君がそんな冗談にかつがされるとはね」

「校長先生が、”バタービールで酔ったようじゃ、口を滑らせても良いかの?”と」

――口ついでに、彼の記憶まで滑らせていました。

とわたしが言うと、先生は表面が滑らかになってしまうほど歯ぎしりをしているのではないかと思わせんばかりの表情を浮かべて、杖を握りしめた。もしかしたらオブリビエイトをかける瞬間を狙っているのかもしれなかった。

「先生、生徒に忘却呪文をかけるのは禁じられていますよ、多分」

わたしが肩をすくめて「じゃあまた」と言いつつ背を向けると、先生はわたしの背中に向かって小さく呟くように言った。

「……何が望みだ」

「そうですね、――美味しいお茶をご馳走していただくだとか?」

――そんなこんなで、わたしと先生の間に秘密の関係が生まれてからはや一年になる。彼の目下の望みはただ一つ、わたしがさっさと卒業することだ。口封じに何をされるかわからないけれど。

「先生、わたしって将来何に向いてると思います?」

わたしは嫌々な様子で前に腰掛けている先生に問いかけながらティーカップを傾けた。先生の紅茶に対するセンスは抜群で、今日は砂糖漬けにされたドライフルーツが中に沈んでいた。苺の風味がうつった紅茶は甘みと酸味が効いている。

「金融業。具体的に挙げるなら、金貸し。恐喝屋が向いているさ」

「闇の魔法使い予備軍だった先生のお墨付きですもんね」

「口を慎め」

先生は優雅に紅茶――彼のものはストレートだ――を傾けつつも、横に置いてあるサイドテーブルの上では丸付けが行われている。軽く目を通しているだけのように見えるけれど、先生から帰ってくるレポートにはきちんと添削がされている。そこらへんも、生徒たちから慕われる要因だろう。中身がどれだけ真っ黒かは別として。

「今年でもう卒業ですね。先生。わたしがいなくなるとさみしいでしょう」

「僕がせいせいすると言うのはわかっているだろうに、無駄な質問をするな」

つれない返事をしながらレポートに目を落とす先生の長い睫毛が頬に陰を落とすのをわたしはぼんやり見つめた。あれよこれよと言う間に彼の前に座る権利を手にしていたけれど、わたしはこのホグワーツに入学してからずっと、彼を見つめ続けていたのだった。優しい笑顔の裏にどこか冷たさを隠していると、そう気づいたのはいくつの時だったろうか。腹の中を――きっとこれも一部なのだろうけれど――見せてくれるようになった先生に、昔よりずっと強く、焦がれている。

「卒業しても、会いに来ていいですか?こうやってお茶を飲むために」

「二度と来るな。僕からダンブルドアに、城へミス・みょうじ避けの呪文をかけるよう進言しよう」

「先生がそれをかけたら何故だかむしろ引き寄せられそうです」

馬鹿な、と口元を引きつらせながら言う先生はその様子がありありと浮かんだのか手でそれを払うような仕草をした。わたしはそんな先生にくすくす笑いを送り、恋でも、そして気の迷いでもなさそうなこの感情はしばらくしまっておくことにした。陳腐だと笑われるであろうこの想いを、まだ大切にしたいから。

「あ、校長先生が、先生にお菓子をおすそ分けするようにとこれを」

「……君とダンブルドアはどんな関係なんだ」

目次には載っていない愛とか恋とか

さくら様、10000hit目のキリ番リクエストありがとうございました!「トム・リドル」と、「生徒主で教授だったら」というリクエストでした。お楽しみいただけると幸いです。

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