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「レギュラス!」
わたしは彼の後ろ姿を見つけると、ほとんど反射的にその名前を呼んだ。
彼の名前は星空に輝く一等星だ。わたしは、夜中に寮を抜け出して彼の名前の由来となった星座を気がすむまでずっと眺めたことがある。
次の日それを彼に言ったら「風邪を引いても一切面倒は見ませんからね」と呆れたように言われてしまった。しかし、その日は一日中、どこか優しさを含んだ目でわたしを見つめている気がした。
レギュラスはわたしの声に勢いよく振り返ると、周りに誰もいないかを確かめてからわたしにつかつかと歩み寄って思い切り腕をつかみ、廊下の端にある教室に引き込んだ。そこは初めて入ったものの空き教室らしく、うっすらと埃が積もっていた。
「外では不用意に声をかけないようにと、そう言ったでしょう」
レギュラスは不機嫌さを隠そうともせずそう言った。
彼はスリザリン寮で、そうしてわたしは彼の一学年上のグリフィンドール生だった。外面をよくよく気にするようご両親にしつけられたらしいレギュラスは、スリザリンでもなく、半純血であるわたしと一緒にいるところを見られることは、彼にとって”最も”体面にかかわることらしかった。
「ちゃんと周りに人がいないか確かめてから声をかけたに決まってるじゃない」
わたしが行儀悪く教室の机に腰掛けながら腕を組んでそう言うと、レギュラスはため息をついた。「何をいっても無駄だ」と言いたげだ。よくわかってるじゃないの。
彼の家のことを考えると、なかなか会えないのも、会えたとしてもこうやってこそこそしなければならないのも仕方ないと納得できた。けれどさみしいものはさみしい。
数年越しの片思いがやっと実ったというのに、わたしたちの恋愛には障害が多すぎる。
そんなことを考えていると、自然とわたしもため息をついていた。これは「何を言っても無駄だ」でも、「どうして僕のいうことを聞けないんですか」でもなく、ただ今まで募っていたさみしさや小さな不満がないまぜになった、そんなため息だった。
「どうしてそんな顔をするんですか」
すると、腕を掴んでいた手でいつの間にか滑らせてわたしの手を握った彼が、少し背をかがめてわたしの顔を覗き込んだ。その表情には少し不安げな色が浮かんでいる。
「僕といるのが重荷になった?」
こんな時に、年下らしいしおらしさを見せるのはずるい。
彼はつんとした態度や言動とは裏腹に、たまにこうしてまるで小さな犬のような顔をする。もちろん、わたしの前だけで。
わたしはそんな彼に弱かった。すこぶる。非常に、すこぶる。
「…レギュラス、その顔するのは禁止って言ったでしょう。忘れた?」
わたしが堪えきれずにそう言って彼の手を握り返すと、彼はあっという間に平然とした顔に戻って「なんのことやら」とわたしの腰をさりげなく抱く。
「あなたのそういうところ、スリザリンだと思い知らされるわ」
「僕にとっては褒め言葉です」
レギュラスはそう言うと、わたしの額にそのくちびるを押し当てた。まるでわたしの不安を見抜いて、それをなだめるように。
「…あなたと会えないことをいつもさみしく思っていることは、あなたもわかってくれているんでしょう」
わたしが思わずそう呟くと、レギュラスはすぐには答えずわたしの両頬にもそれぞれ優しくキスをした。
「僕はいつも、なまえを恋しく思っていますよ。…それに、僕はいつもなまえに見せつけられてばかりなので、余計」
レギュラスの、付け加えるようなそんな言葉に、わたしは首を傾げた。見せつけられてる?初めて彼の口から出た言葉だったので、何を指しているのかさえわからずわたしはもう一度首をひねる。
「あなたに何を見せつけてるの?」
レギュラスはわたしを疑り深く見つめたけれど、わたしが本当にわかっていないことを悟ったのか、もう一度大きくため息をついた。今度は「わかってないにもほどがある」のため息らしい。
「…言いたくありません」
「そこまで言って焦らすの?レギュラスがそんなにひどい人だなんて知らなかったわ」
わたしがつんと顔を横にそらし、彼が頬に手を添えてそちらへ向かせようとしてもそれに抗っていると、レギュラスは根負けしたのかいつもより幾分小さな声で語り始めた。
「…兄と…シリウスと、べたべたしすぎじゃないですか。目に余ります」
「えっ!やきもち?もしかしてレギュラス、やきもち妬いてるの?そうなの?」
わたしは思わず彼の顔を覗き込んで声を弾ませた。レギュラスがこんなことを言ったのは初めてだった。
確かに最近シリウスたちとよくつるんでいたりもするけど、それをレギュラスに見られているとは露にも思っていなかったし、もし見たとしてもなんとも思わないだろうと思っていたからだ。
「いい加減黙ってください」
わたしの両頬を片手でむに、とつまんでわたしの口をつぐませようとするレギュラスがかわいくて、わたしはどうしようもなく胸がときめいてしまう。
「かわいい〜。わたしのレギュラスがかわいい」
わたしがにやにやとそう言うのを、レギュラスは今にも頭を抱えんばかりの表情で見つめていたけれど、突然顔を近づけて、何の前置きもなく唇を重ねてきた。「え、」とわたしが言う間も無く、ちゅ、とかわいらしい音を立ててそれは離れていく。
「こうすれば黙ってくれると思って」
そう平然とレギュラスは言うけれど、彼の耳はうっすらと赤くなっている。
しかし、わたしにそれを指摘するほどの余裕はなかった。
わたしの方こそ、頬を真っ赤に染めて彼を見上げることしかできていなかったからだ。
足りないのはいつもきみのひとことです
ゆか様、キリ番のリクエストありがとうございました!「レギュラスとの甘い夢」というリクエストでした。お楽しみいただけると幸いです。