目には目を くちびるにはキスを

※トムがホグワーツの教師として採用されています。

ああ、終わったのだな、とこの七年間を過ごした学び舎の大広間でわたしは考えていた。

今日ここを卒業するのだ。そうして二度と、わたしが戻ることはないだろう。そう考えたところで、隣に立っていたトムの顔を見上げた。相変わらず、憎たらしいほど端正な顔立ちをしている。あの鼻梁を、昨日の夜もそっとなぞっていた。

わたしの視線に気づいたのか、トムはこちらに目を向けて軽く眉をあげる。どうしたんだ、とでも言いたげに。わたしは何でもないのよ、と小さく首を振って応えると、また壇上のディペット校長を見つめた。今から最後の校歌を歌うらしい――。

トムが、この学校に残ることを知ったのはちょうど、昨日の夜のことだった。卒業の前日ということで羽目を外して騒いでいる談話室の生徒たちの中心にいたトムを端から見つめていると、トムがそこから抜け出して「少し外そう」とわたしに囁いたのだった。そうして、わたしたちが向かったのは天文台の塔だった。不思議と見回りの先生には出会わず、静かな夜だった。

トムは口数も少なく、わたしの手を引いて口を閉ざしたまま階段を上っていく。彼の広い背中を見つめながら、わたしは何だか不安なような、けれど彼に全てを委ねたいような、不思議な心持ちをしていた。城の中は真っ暗で、窓から刺す月明かりくらいでしかトムを見つけられない。けれど繋いだ手の体温が、わたしの手を引くのはトムだと確信させる。

「ナマエ、寒くないか」

トムは軽く振り返って静かにそう言った。歩みは止めないままに。夏が近づいてはいるものの、夜の城はひんやりと冷える。大丈夫よ、とわたしが応えると、「そうか」とだけ返ってくる。トムは何か考え事をしているらしかった。時折わたしの手を握る力が強くなったり、弱くなったりして、けれど彼はそのことに気づいていないようだ。

天文台に着くと、トムはとうとう何も口にしなくなって、わたしと並んで星を見上げている。彼との沈黙は、わたしにとって息苦しいものではなかった。むしろ、心地よささえ感じていた。時折触れ合う肩にそっと頭を預けると、トムはきちんと支えてくれる。

「あ、」

わたしがそう小さく声を漏らしたのはその時だった。夜空に流れ星が見えたのだ。トムはそれを見上げるより先に声をあげたわたしを覗き込んで、そしてわたしの目線の先にある星空をやっと見上げた。その時また、星が瞬いて目の前を横切った。呆けたようにそれを見つめて、その後でやっとわたしは思い出したように言った。

「…トム、お願い事はした?わたし、びっくりしてただ見ているだけだったわ」

少し残念に思ってそう言うと、トムは軽く迷うそぶりを見せた後、「したよ」と答えた。

「願い事というより、決意かもしれない」

トムはそう言うと、決心したようにわたしを向き直った。わたしはそれに少々驚きつつも、彼に倣って向き合う。

「ナマエ、僕は、ホグワーツに残ることになった。闇の魔法に対する防衛術の教師の一人として」

「え、」

トムの言葉に、わたしは思わず声を漏らして目を見開いた。あまりに突然のことだったからだ。思えば、わたしたちはあまり未来のことに関して話してこなかった気がする。孤児院で彼と一緒に、ダンブルドアから魔法使いだと聞かされて以来、ずっと。ただその時その時に起こる出来事について行くのが精一杯だった。少なくとも、わたしは。けれど、以前ぽつりとトムがホグワーツへの愛着を漏らしていたのは知っていた。閉鎖的な孤児院で飛び抜けた才能を持て余していたトムにとって、ここはたしかに素晴らしい場所なのだろう。わたしでさえ、離れがたいと思うくらいなのだから。

そのため、わたしはトムに混じりっけなく「おめでとう!」と祝福を送ることができた。そうして、昔からしていたように、トムのうつくしい鼻梁、それから頬をなぞって、「素晴らしい選択だわ、トム。あなたにとって最良の道ね」と抱きしめた。その晩は、しばらく子どものようにそうしていた気がする。

そうしてずいぶん遅くなった時間寮に戻ると、もうすでにお祭り騒ぎはお開きになったのか、興奮の後が残る談話室でわたしたちは別れた。トムはまだどこか言い残していることがあるような顔をしていたけれど、わたしが明日は卒業式だから、と彼の背中を押したのだ。少し、考えたいこともあって。

女の子たちがねむる部屋に音を立てないように入ってベッドに潜り込むと、わたしは先ほどのトムの顔を思い浮かべた。素敵なことだ、と思う。トムがこの学校に残って、活き活きと過ごすのは容易に想像できた。けれど、わたしはどうしよう?漠然と、トムとこのまま過ごすような心地がしていた。その都合のいい想像が打ち砕かれて、わたしはどこか身寄りのない気持ちだった。スラグホーンはお気に入りのトムの幼馴染であるわたしにも、おこぼれで仕事を紹介してくれようとしている。そして、友人の何人かは、何処そこで求人がある、と教えてくれている。けれど、違うのだ、と心の奥底で違和感を覚えていた。

わたしは、孤児院にもホグワーツにも思い出はあれど、家だと感じたことはない。わたしが自分の “家” だと感じるのは、トムのそばだけなのだった。トムさえいれば、どこだってわたしの居場所になる。

そのままねむれぬ夜を過ごして今に至るわたしは、いつの間にかディペット校長主導の校歌が終わっていることに気づいた。とうとう荷物を持って外に出て、それぞれで別れを惜しむ時間がやってきたらしい。

トムはホグワーツに残るとはいえ一度列車に乗るつもりのようで、トランクを持ってわたしの前を歩いていた。彼のそばにはひっきりなしに同級生、それから下級生までが集まってくる。わたしは友人たちの輪の中に入ったものの、目線がトムに向いてしまうので「ナマエったら!」と何度もからかわれた。そのせいでもうトムの方を見るのはやめよう、と決意した頃、友人たちが色めき立つので振り返るとそこには他ならぬトムがいた。

「ごめん、ナマエをちょっと借りても?」

「もちろんよ!」と友人たちが声を合わせて言うのに対してトムは微笑み一つ返して、わたしの肩を抱いて人混みを避けて歩いていく。トムを囲んでいた生徒たちは残念そうに肩を落としている子たちもいて、申し訳ないような、しかしトムとの時間が取れて嬉しいような複雑な心境になる。

ついに一息つけそうな場所に着くと、トムは幾人もの生徒にグラスを渡されたのか、ほんのりと頬を染めていた。けれど彼が相当お酒に強いことは知っているので、わたしは手に持っていたグラスにアグメンティをして渡すくらいにしておく。

トムが少し逡巡するような仕草を見せたので、わたしは先を促すことはせず、近くに咲いていた花を手で包んで「きれいね」と言った。本当にきれいだった。わたしたちの卒業を祝うかのように咲いている。

「ナマエ」

トムの声に振り向くと、存外トムが近くにいるのでわたしは驚いて足を引きそうになってしまう。そんなわたしの腰にするりと手を回して、トムはぐっと引き寄せた。トムのうつくしい容姿も相まって、そんな仕草は彼をマグルの世界の王子のように見せる。

「ト、トム…?」

わたしが少し戸惑いつつそう彼の名前を呼ぶと、トムの目が真剣そのものだということに気づいてその瞳に引き込まれてしまう。

「ナマエ、僕は――昔から、こう考えていた。君のいるところが、僕の帰るべき場所だと」

その言葉は、わたしが昨日ベッドでぐるぐると考えていたこととまるで同じで、わたしは思わず口を開いて驚いた。

「気持ちはずっと変わらない。それこそ、孤児院にいた時から。君を手放せない。永遠に。――ナマエ、僕と結婚してくれ」

息がつまるような心地だった。彼の言葉で胸が満たされて、他に言葉が出てこない。トム、と小さな声で彼の名前を呼ぶことしかできなかった。

「トム、わたし――、わたし、あなたと離れたくない。ずっと一緒にいたい」

やっとのことでそう言うと、トムは何処か安心した様子を見せて、「それはyesだと受け取っていいんだな」と言った。

わたしがその言葉に頷くと、トムは「君を幸せにする、ナマエ。必ず」と言って、ゆっくりと顔を近づけてくる。トムの黒い瞳を見つめながらゆっくりと目を閉じて、彼のくちびるがわたしのそれに合わさるのを感じるのを待った。

「ホグワーツ卒業の日」/「セリフ:君を幸せにする」/「BGM:White Love Story-NEWS」/「リドルと幼なじみ」/「プロポーズをイメージ」でリクエストいただきました。ご希望に添えていれば幸いです。リクエストありがとうございました!
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