ホワイトアウトして暗転

「トーム!見てちょうだいよ!」

嬉々としたわたしの声が魔法薬学の教室に響く。また始まった、という顔をするのは、机を挟んでわたしの前に座っているトム・リドルだ。スラグホーンの一番のお気に入りということで、毎回この部屋を使いたい時にはおねだり役をしてもらっているので、頭が上がらない。しかし彼もわたしたち以外には滅多に来客のないこの教室で、彼の隠れた趣味であるおどろおどろしい本を秘密で読むことができているため、実際のところはわたしばかり得しているわけでもないと思う。

けれどトムは素直じゃないため、仕方なくいてやっているという顔をする。

「今度はどんなゲテモノを作り出したんだ」

うんざりだという顔を隠しもせずそう問いかけるトムに、わたしは魔法薬を詰めた瓶を光に透かしてみせた。

「今日は幸運の液体をベースに二種類の魔法薬を使ってみたの。紫色の方は、幸運の液体に愛の妙薬の成分を混ぜた薬で、これを飲んで最初に見た人間と恋愛に発展するような出来事が起こるようになってるの。こっちはフェリックスの効果を反転させたもの!つまり、”ドジ薬”ね」

「つまり、この世に無駄なものをまた増やしたっていうことだな」

口角を歪ませながら、薬の瓶からなるべく離れようとするトムに、わたしはずい、と両手に持った瓶を差し出した。

「トム、どっちが飲みたい?」

「は?」

トムは思わずといった様子で手から本を取落すと、地上で出くわした睡魔を見るかのような目でわたしを見た。彼の前に差し出された紫色と明るい黄色の魔法薬を今にもなぎ払いそうな勢いだ。

「せっかく作ったんだから、成功してるか試したいじゃない」

「僕に毒味しろと?永遠に医務室のベッドで過ごす趣味はないんだが」

「わたしの魔法薬学の腕は、スラグホーンに五、六年に一度の逸材と言われたのよ。失敗するわけがないわ」

「なんだその中途半端な数字は」

やれやれ、とわたしを無視して読書に戻ろうとしたトムに、わたしはとっておきの脅し文句を吐く。

「今これを飲まないっていうんだったら、わたし、うっかりこの魔法薬を数滴落としちゃうかもしれないわね。あなたの夕飯に、ランダムで」

トムは途端にぐ、と喉を鳴らした。スリザリンだけではなくホグワーツ中に、彼を狙う女子生徒がいるのだ。気持ちに変化は起こらないとはいえ、一人の生徒とあまりに甘い空気になってしまったら厄介に違いない。そしてドジ薬を落としても、完全無欠の優等生を演じているトムにとっては致命的だろう。

トムは悔しそうにわたしの手から紫の方の魔法薬を奪うと、「きみと何かが起こったとしても、僕は不死鳥の涙ほどよりもなんとも思わない自信があるからな」と宣言した。そんな彼と乾杯を交わしてラブショットを決めようと思っていたのに、すげなく拒否されて仕方なく一人で “ドジ薬”を呷る。自分で実験台になるなんて科学者の鏡だなあ、とぼそりと呟くと、「犠牲者を少なく見積もるな」とすかさずするどいツッコミが入る。

「トム、気分はどう?わたしがすごく魅力的に感じる?」

「いや、全く」

容赦ない口ぶりに、わたしはがっくりと肩を落とす。わたしも、極限まで薄くしたかぼちゃジュースの味を感じた以外に何の変化もない。まだ動いてはいないし、効果を感じられなくても焦る必要はないだろう。

「効果は一時間だし、夕食をとって談話室に帰る頃には切れてるはずだわ」

「ここを出るつもりなのか?」

トムが目を見開いてわたしを見る。当然だ、効果を見るためにわざわざ飲んだのに。

トムはこの部屋で薬が切れるまで籠城する心算だったらしい。そんなこと、わたしが許すわけがないだろうに。

「さあ!行くわよ!今日はチキンが出る気がする!」

わたしは杖を振ってトムの本を彼の部屋に送ってしまうと、彼の手をとって歩き出そうと――したはずだった。わたしが足を踏み出した床にはなぜかイモムシの輪切りが落ちており、わたしは足を滑らせて思い切り前にズコッと転んだ。それはそれは、盛大に。

「いったァ!」

思わずわたしがそんな声を上げいるにもかかわらず、後ろのトムは黙ったままだ。淑女がこけているのを前になんて失礼なやつなんだ、と頭だけ振り返ると、なぜかトムはわなわなと震えている。恐ろしい形相で。

「ト、トム、なんて顔してるのよ……」

わたしがとりあえず下手に出ようとそう言うと、トムはビシ!とわたしに指を突きつけた。その先は、なんとわたしのおしり付近……「って、えええ!!!」

わたしが上半身を起こしてそこを見ると、ローブやらスカートやらがめくれ上がり、絵に描いたように綺麗に――と言っていいやらなんやら――いちごの柄のパンツがお目見えしている。

「早く隠せ……この空間の知能が著しく下がる……」

思い切り顔をそらして顔を手で覆っているトムになんとなく失礼なことを言われてことはわかるものの、言われるまでもなく勢いよくローブを下げながらわたしは重要な弁明をした。

「い、いつもはもっと可愛いから!」

「これ以上僕の頭に無駄な知識を植え付けようとしないでくれ、迷惑だ……」

わたしが隠し終わったのを確認したのか、トムはやっとわたしに手を差し伸べた。なけなしのジェントルマン精神らしい。

わたしは遠慮なくその手を掴んで立ち上がろうとした。何の他意もなく。けれど、災難は続くらしい。今度は毒ツルヘビの皮がちょうど足をつこうとしたところに落ちていて、わたしはまた盛大にすっ転んだ。

「いった――くない」

予想していた痛みがいつまでたってもこないため、もしかしてわたし、人生初の気絶を経験している――?と自分の頭を疑い始めた頃、わたしの下で何やらモゴモゴと声がすることに気づいた。嫌な予感がしたのでなるべく意識しないようにしていたけれど、胸のあたりに感覚があるので恐る恐る下を見てみる。

「う、嘘でしょトム……」

そこには、わたしの申し訳ほどに膨らんだ胸に顔を埋めた――というより、埋まっている――トムがいた。

絶対零度にまで下がった室温をひしひしと感じながら、わたしは今、魔法薬学の教室に膝を折って正座というスタイルの座り方を強いられている。

「君の作った二種類の薬が合わさると、とんでもない――主に視覚への――暴力装置が出来上がるというわけだな」

「わたしのセクシーダイナマイトが炸裂しちゃうってわけ――うそです、ごめんなさい」

しゅんと縮こまったわたしに、効果が切れるまで教室の端と端に極力離れている、と約束させたトムだったけれど魔法薬の効果は裏切らず、突然の突風でスカートがめくれる、大して豊満でもない胸のシャツのボタンが弾ける、など――トムに言わせれば、迷惑極まりない――事象が五分に一度は起こったものの、効果の持続時間が残り3分を切ったところで、わたしはとうとう教室に缶詰状態から解放されるのだと気を抜いた。トムももうすでに教室の扉に手をかけている。それに続こうと彼の後ろまで駆け寄りながら「トム、お腹すいた」と言うと、どこまでも冷たい声でトムは言う。

「これから先半年間、君のテーブルの前には豆しか乗らないと思え」

な、なんてことを、とトムに詰め寄ろうとした瞬間、わたしは椅子に足を引っ掛けた。またか、と半ば諦めながらスローモーションのようにゆっくりと倒れていくと、今度は力強く引き戻される感覚がある。

「え、」

わたしはそう、小さく声を上げるほかなかった。だって、今――。

トムに抱きかかえられたわたしは、壁にトムを追い詰めるような形で彼のくちびるに、わたしのそれを押し付けているのだから。

ああ、神様、どうかお願い。命くらいは救ってください――。
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