重い/想いから遠まわり

図書館をちょうど出るところだったグレンジャーから、棚の奥でセオドールを見かけた、と聞いて、わたしは訝しみながらも、図書館の奥へ奥へと進んだ。静かな図書館に、わたしの足音足音が響くのが気になって、なんとなく忍び足になる。もう突き当たりだわ、グレンジャーの見間違いかしら、と思いかけていると、ペラ、と紙をめくる音がした。

そちらに目を向けると、俯き加減のセオドールが、その筋張った指をページにかけていた。彼の、細いけれど男らしく節の浮かんだ手がわたしは好きだった。その手がわたしの手に偶然触れたとき、ずっとそのままでいて欲しい、と願うくらいには。

「セオドール、またこんなところに隠れてたのね」

わたしが彼の後ろまで近づき呆れたように言うと、セオドールは手に持っていた本をパタンと閉じて、「隠れてやしないさ、ミョウジが俺を見つけるのが下手なだけで」とわたしを振り返りながら言った。怜悧な印象を受ける端正な顔に、小馬鹿にしたような表情を浮かべながら。

彼は昔から皮肉屋なところがあるけれど、セオドールの言い回しをわたしは気に入っていた。しかし、今回ばかりはわたしが悪いのではないと思う。彼がいるのは、図書館の奥まった、ほとんど隠れ家のように影になっている小さなテーブルなのだから。

「明日はダンスパーティーだっていうのに、こんなところで何をしてるの。もう夕食の時間よ」

図書館は静まりかえっている。みんな、大広間に行ってしまったに違いなかった。

「きみも他の生徒に倣うといい。レイブンクローのテーブルが特別小さいわけじゃないんだろう」

もうセオドールは他の本を手に取り、それに目を落としていた。わたしに興味を失ったかのように。

わたしはそんな彼の態度に反抗するように、セオドールに向き合って椅子に座ってしまった。そんなわたしをちらりとセオドールは一瞥して、軽く眉をあげた。暇なのか、と言いたげだけれど、セオドールは口に出さない。

わたしがセオドールの横に並んだ本たちから一冊抜き取ってパラパラとめくり始めると、わたしたちの間には沈黙が訪れた。いつもは他の生徒たちのさざめきのような囁き声が聞こえる図書館も、この時間は物音一つしなかった。もしかしたら、この場所は夕食の時間でなくともこのように静かなのかもしれない。図書館のこんなに奥まった場所に入ってくるのは、セオドールか、グリフィンドールのグレンジャーくらいだろう。

わたしは彼女が好きだけれど、セオドールはスリザリンなだけあって表にわざわざ出しはしないものの、純血主義のマグルきらいだったため彼女をはじめとするマグル生まれの生徒の話を、セオドールの前でしたことはなかった。

「この前のテスト、またグリフィンドールが一位だったな」

突然の言葉にわたしが目をあげると、セオドールは本に目を落としたままだった。しかし、わたしの思考を読んだかのようにグリフィンドール――つまり、グレンジャーの話をし始めたことに、わたしは内心驚いていた。

「そうね。彼女は努力家だから」

わたしがそう答えると、セオドールは興味なさげに「そうだな」と言って、また黙りこくってしまう。けれど、一度破れた沈黙は、なんとなく落ち着きがなく、わたしは適当な話題を無意識に探していた――いや、本当は、ずっと彼にこう尋ねたかったのだ。

「ねえ、セオドール。あなた、明日のダンスパーティーは参加するの?」

「ああ」

セオドールの答えは簡潔だった。わたしはその答えに、自分が少なからずショックを受けていることを自覚していた。ホグワーツは大抵ハリー・ポッターの話題であふれているけれど、彼のように有名でなくとも、他寮でも耳に入る程度にはセオドールも女子生徒の噂の種なのだ。そして、今日、スリザリンとレイブンクローの合同授業で、前に座っていた緑をまとった生徒が、くすくす笑いとともに噂話をしているのを耳に挟んでしまった。「アリッサがセオドールに申し込んだらしいわ」、と。

「……あなたのことだから、ダンスの相手は引く手数多だったでしょうね」

声は震えてなかっただろうか。不自然ではなかったろうか。なんとなく、彼はダンスパーティーに参加しないのではないかと勝手な希望を抱いていた。そして、わたしが誘えば、彼は渋々付いてきてくれるのではないかと。

わたしはアリッサを知っている。金色の髪にヘーゼルの瞳、華奢な体。彼女は美しく、また気の強そうな雰囲気が魅力的なスリザリン生だ。スリザリン、純血、貴族の生まれ。これほど、セオドールの相手にふさわしい女の子はいないだろう。

どうして勝手に期待してしまったんだろう。期待しなければ、こんなに切なくなることはなかったのに。

「どうして過去形なんだ」

いつの間にか、セオドールは本を閉じていて、頬杖をついてわたしを見つめていた。その目が、いつもと違う色を浮かべているようで、わたしはいたたまれなくなる。

「え、だって……」

言い澱むわたしに、セオドールは先を促すように軽く首をかしげる。しかし、わたしがその先の言葉を口にするのは、つまり――彼に、わたしの気持ちを知られてしまうということで。彼はきっと、わたしを幼い頃からの知り合い、そして今は少し距離の近い友人程度に思っているだろう。セオドールが、女子生徒に人気なのは知っている。しかし、彼は毎回それを軽くいなしてしまうのだ。

けれど、今回ダンスパーティーに行くということは、彼にはパートナーがいるということなのに。どうしてそんないじわるな質問をするのだろうか。彼自身がよく知っているだろうに。

彼のパートナーになりたいとずっと願っていたわたしにとって、これほどあんまりな質問はないだろう。

「……ミョウジ?」

不意に、セオドールが顔を覗き込んでくる。その綺麗な、色の薄い瞳が射抜くようにわたしを見つめているのを自覚した瞬間、意図せずぽろりと涙がひとつぶ、こぼれ落ちてしまった。

セオドールはそれに気づいたのか、珍しく目を大きく見開いた。そうして、わたしが好きな彼の指で、そっと頬を拭ってくれる。

「ご、ごめんなさい」

突然のことに驚いてしまって、慌てて彼から体を離して自分で目元を拭おうとしたわたしの手を、セオドールがつかんだ。そうして、「どうして泣くんだ」と、今まで聞いたこともないような優しい声で尋ねながら、もう一度わたしの頬に指を這わせる。彼のそんな声を聞いてしまったら、もうだめだった。抑えなければと思っていた気持ちがぽろぽろ溢れ出してしまう。

「今更こんなこと言うのは、あなたのパートナーに失礼だとわかってるけど……わたしは、あなたとダンスパーティーに行きたかったの。あなたのパートナーとして……」

声が涙で震えてしまって、いっそうみっともない告白に、わたしは自分でうんざりするような気持ちになってしまい、まともにセオドールの方を見られず俯いた。すると、わたしの言葉を聞いてしばらく彼は沈黙していたのに、頬に添えていた手でセオドールがわたしの顔を持ち上げた。とめどなく溢れてくる涙で潤んだ瞳を、彼は覗き込んでくる。

「きみは何を言ってる。俺は、きみをダンスパーティーに誘おうと思っていたのに」

今度はわたしが、彼の言葉に目を見開く番だった。「え、」と思わず小さく声が漏れるほどに。

「きみと、ダンスパーティーに参加したいんだ」

セオドールは一度椅子に腰を落ち着けると、ロープからハンカチを出してわたしの頬をきちんと拭いた。「柄にもなく緊張していたのに、伝わってなかったか?」とセオドールが言うので、わたしは放心しながらも「全然……」とつぶやくように言った。

「ところでミョウジ、俺はまだ返事をもらってないんだけど」

セオドールは頬杖をついて、先ほどのように首を傾げたけれど、その唇は緩やかに弧を描いている。返事は分かっているくせに。

「あなたと、ダンスパーティーに行くわ」

その言葉にセオドールは満足げに微笑んで、しかしどこか呆れたように、わたしを赤面させる言葉を吐くのだった。

「俺はきみだけしか見てないよ、ミョウジ」

「クリスマスダンスパーティー前日とか」/「セリフ:俺はお前しかみていないよ(呆れたように)」/「寮が別」でリクエストいただきました。ご希望に添えていれば幸いです。リクエストありがとうございました!
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