きみの唯一の死因になる

「僕は君のものだ、ナマエ」

このセリフを何度聴いたことか。わたしはすでに慣れてしまって、目の前の美丈夫 ――他でもない、このホグワーツの貴公子トムだ―― に向かってくすくすと笑いながら「そうね、トム」と返した。

わたしとトムの出会いは、ほとんど “生まれた時から” と言っていいだろうと思う。生まれたばかりのわたしは、彼がウール孤児院に来た次の年に、同じ場所に預けられたのだから。

彼は孤児院のどの子どもにも、職員にさえ心を開くことはなかったけれど、なぜかわたしにだけはごく普通の友好な ――という言葉が当てはまるのかわからないけれど―― 関係を築いてくれていたと思う。もしかしたら彼はすでに、わたしが彼と同じ世界の人間だと幼いながらに気づいていたのかもしれない。

いつのまにか子ども達も職員もわたしたち二人に構うことがなくなり、わたしたちはほとんどの時間を二人きりで過ごしていた。まるで、血の繋がった兄妹のように。

その頃から、彼は似たようなことを言っていたと思う。少し言葉は違ったけれど。

“君は僕のものだ、ナマエ” 、と。

いつの間にか言葉は変わり、冒頭の言葉に到る。

一年遅れて彼と同じくスリザリンに組み分けされたわたしは、ホグワーツ一の有名人であるトムの幼馴染として認識されていた。最初の頃はトムの近くにいる女子生徒としてやっかみを受けていたようだけれど ――孤児院での他の子どもたちとまともに接してこなかったせいで、半ばいじめのようなそれらが同世代の子どもとの遊び方だと思っていた―― いつの間にかそれらはなくなり、今は多いとは言えないが友達もいる。

孤児院にいた頃より幾分人あたりの良くなったトムは、常に多くの生徒たちに囲まれているけれど、わたしと二人きりになるといつもあのように囁きかけてくる。人気者のトムが “君のもの” だなんて誰かに言ったらその途端にその誰かは色めき立ってしまうと思うけれど、わたしは彼の言葉が単純に、幼馴染のわたしに対する愛着を示してくれているのだと知っている。思いのほか独占欲の強い彼は、昔馴染みのわたしに対して家族的な情を持ってくれているのだろう。

彼がそう囁くたびに、わたしは彼をよしよしと抱きしめたり、頭を撫でたりして甘やかすことにしていた。きっと、常に人目がある学校生活に疲れているのだろうな、と、そう思いながら。

「ミョウジ、ちょっといいかな?」

ある日中庭でひなたぼっこついでに本を読んでいると、金髪のレイブンクロー生が不意に声をかけて来た。わたしは彼に見覚えがなかったけれど、彼はわたしの名前を知っているらしい。

「ええ、大丈夫よ」

わたしがそう答えると、彼はわたしが開けたベンチの隣のスペースに腰を下ろして、わたしの本を覗き込んだ。わたしが魔法薬学の本を読んでいると知ると、彼は少し目を輝かせる。

「スリザリンとの合同授業の時、君が魔法薬学の授業でとても興味深い指摘をしていたからずっと気になっていたんだ。魔法薬学が一番好きだから。僕はフィル・オコナー。良かったら君と話したい」

「そうだったのね。わたしも魔法薬学がとても好きなの。知り合えて嬉しいわ。よろしくね、フィル」

彼と握手を交わし、その日は陽が傾くまで話し込んでしまった。彼はとても話すのが上手だったし、博識だった。

その日わたしが談話室に戻ると、すでに皆部屋に戻ったのか、トムだけが暖炉の前で本を読んでいた。わたしがトムの隣に座ると、トムはわたしだとわかっていたようでこちらを見もせずに「遅かったな」と声をかけてくる。

「レイブンクロー生が声をかけてくれて、魔法薬学のことで盛り上がっちゃったの。トムは知ってる?フィルっていう男の子」

トムはもしかしたら友人も多いし知っているかも、とフィルについて尋ねると、トムはしばらくの沈黙の後、「いや、知らないな」と答えた。

「でも、良かったじゃないか。君は僕以外に友人がいないのかと思っていた」

からかうような口調のその言葉に「ひどいわね!片手に数えられる程度はいるわ」と言い返したけれど、全く誇れるわけでもないその少なさに、わたしはむしろ凹んでしまう。

「その男のことが気に入ったのか?」

不意に、そうトムが尋ねた。トムの細く、けれど男性らしい指がページをめくらなくなっていることにぼんやり気付きながら、わたしはその質問にくすくすと笑う。

「なあに、その言い方。友達になっただけよ」

ふうん、と、自分が聞いたくせに生返事を返すトムを軽く小突くと、わたしはずいぶん自分が眠気に襲われていることに気付き部屋に戻ろうとトムの隣を立ち上がった。そして女子寮に足を踏みいれようとしたその時、背中に「ナマエ」と声がかかる。

「僕は君のものだ。君はそれを忘れてはいけない」

眠いせいであまり回らない頭のまま、わたしは彼に「もちろん、わかっているわ。可愛いわたしのトム」と答えた。

その一週間後のことだった。

「君は、その、覚悟があるのか?」

空き教室からそんな誰かの声が聞こえた。まるで誰かを脅しているかのような、そんなセリフにわたしは物騒だ、と思わず足早にその教室の前を横切る。バタバタと逃げるような足音に思わず振り返ると、廊下の角を慌てて曲がる男子生徒の背中が見えた。そのローブは、レイブンクロー生の色のように見えた。

次の魔法薬学の時間、わたしがフィルに一緒に組みましょう、と言いに行こうとすると、フィルはわたしを避けるように他のレイブンクロー生とグループを組んでしまっていて、わたしは何か彼にしてしまったかな、と落ち込みながらスリザリンのテーブルに戻った。そこにはトムを慕っている、わたしと同学年のアブラクサスが当然のようにいて、彼の隣に座るとアブラクサスは毒々しい幼虫を輪切りにし始める。

「わたし、友達を作るの向いてないのかも」

わたしがそういうと、アブラクサスは鼻を鳴らして鍋にナイフで幼虫を放り込む。昔からそうなのだ、新しい友達、特に男子生徒が声をかけてくれることは何回かあったものの、一週間程度で避けられるようになってしまう。今親しくしているのも、トムが紹介してくれたスリザリンの女の子たちと、それからアブラクサスくらいだった。

フィルの、どこか怯えるような目が気になったけれど、アブラクサスが次の授業のレポートについて話し始めたので、いつの間にかフィルのことは頭から抜けてしまっていた。

けれどやはり授業が終わると、この一週間フィルと楽しく過ごした時間を思い出してどうしても落ち込んでしまう。すると、いつの間にかトムが魔法薬学の教室の前に立っていることに気づいた。同学年の女子たちはチラチラとトムを見ながら興奮した様子で囁きあっている。隣にいたはずなアブラクサスはいつの間にか消えていた。

「わたし彼に何かしたかなあ。トムどう思う?」

「さあ、僕にはわからないが」

「そうだよねえ…」

わたしがため息を吐くと、トムはそれを見かねたのかわたしの前に回り込んで顔を覗き込んで来た。どうやら心配してくれているようだ。わたしの頬を両手で挟むと、「見る目のない人間にいちいち気を向けるな。君には僕がいればいいだろう」と、子どもに言い聞かせるような口調を使う。

「うん…。もうわたし、トムがいればいいや。期待するのはやめる」

わたしがそういうと、トムは「それでいいんだ」と言って、わたしの手を取りさっさと歩き始める。わたしは足早になったトムについていくのに精一杯で、彼の表情だなんて知る由もない。

彼が、誰よりも美しく、満足げに冷たい笑みを浮かべていることなんて。

「リドルと同じ孤児院で育った一つ年下の女の子」/「兄妹みたいに思っていたけどリドルが外堀から埋めて行く」でリクエストいただきました。ご希望に添えていれば幸いです。リクエストありがとうございました!
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