わたしをだめにするだけのきみ
静かだ。
ひどく、静かだ。わたしは談話室のソファにだらしなく体を凭れながら、ぼんやりと窓の外を見つめていた。時折泡立つ湖の中は、真っ暗で何もかもを隠しているかのようだ。
クリスマス休暇のスリザリン寮は、普段の生活からは想像がつかないほど、静寂に包まれる。もうここで五年もクリスマスを過ごしてきたのだから、慣れてもいいはずなのだけれど、生徒たちのさざめきのような声が一切聞こえてこないことに、どうしても違和を感じてしまうのだ。
「ほんとうに静かね」
この静寂をくずしてみたくて、わたしは小さく呟いてみた。空中に溶けて消えてしまうかと思われたこのささやきは、しかし、思いもよらぬ声によって拾い上げられた。
「ナマエ、君が独り言をするほど暇を持て余しているとは知らなかったな」
突然後ろからかかった声に思わずびくりと体を揺らしたものの、その声の持ち主が誰かをわたしは知っている。むしろ、彼でなければあり得ないのだ。
「トム」
このスリザリン寮には今年も、わたしとトム以外には誰も残ってやしないのだから。
トムは当たり前のようにわたしの隣に座ると、悠々と足を組んだ。今日はすることがある、と朝唐突に告げられ、彼が自室にこもったのは記憶に新しい。彼がわたしの知らぬところで、さまざまな悪事を働いているのをわたしはぼんやり知っていた。しかしわたしがそれを気に留めることはない。わたしの、そんな詮索しない我関せずというところを、彼はなぜか気に入っているようだった。
「今日はクリスマスだな」
トムは彼の杖をもてあそびながらそう言った。彼がそんな当たり前のことを口にするなんて、少し意外に感じたけれど「そうね、あなたの枕元に素敵なプレゼントがたくさん山積みになったでしょう」と適当に返した。もしかしたら彼はプレゼントの開封作業に追われていたのかもしれない。それは、あまりに勝手な想像だったけれど。
「君からの贈り物は興味深かった」
わたしはイニシャルのみを記したのに、彼はわたしからのものだと気づいたようだった。しかし、わたしも、彼からのプレゼントを名前を確認する前に気づいた。彼からのプレゼントは、もうすでに身につけている。華奢な銀のブレスレットは、一目見たときから気に入った。
「そう?あなたは箪笥の肥やしにするかと思ったわ」
トムはわたしの言葉に喉で笑いながら「そんなことはない」と言うと、立ち上がってわたしに手を差し出した。
「君の贈り物を独り占めするのはいささか惜しい」
彼の手を取らない選択肢は、わたしにはなかった。彼の正体とやらを暴くつもりはなかったけれど、トムという一人の人間に強く惹かれてはいるのだ。
トムに連れられて、すでに何度も訪れている彼の部屋に着くと、わたしが贈ったプレゼントが彼の机の真ん中に置かれていた。他のものは全てもう片付けてしまったらしい。
わたしが贈ったのは、銀の食器だった。揃いのフォークとナイフ、そして平べったい一枚の皿。一応、一度集中すると部屋にこもりがちな――といっても、それを他の生徒たちに悟られることなくやってのけているけれど――彼に何か口にしてもらうために、ホグワーツ内だけではあるけれど、食べたいものを口にすると皿の上に現れる魔法をかけたのだった。もちろん、食事を用意してくれるのは厨房のしもべ妖精たちなのだけれど。
「何も書かなかったのに、使い方がわかったのね」
皿の上にはすでに、剥いた桃が現れていた。わたしがそう言うと、トムはなんでもないことのように肩をすくめる。
「今日くらいこうしても、咎められることはないだろう」
トムは彼のベッドの上に皿を乗せながらそういった。そうして、一揃いのナイフとフォークで器用に桃を切り分けると、みずみずしいそれにずぶ、とフォークを刺してわたしに差し出した。食べろ、ということらしい。
わたしがそのしたたるほど水分を含んだ桃を口を開いて一口かじり、嚥下し、そうして唇についた甘い汁を舐めとるのを、トムはじっと見つめていた。その目つきは普段の優等生然とした柔らかい色が立ち消え、獲物を見つけて舌なめずりするような、そんな色を灯している。思わずずきりと熱が生まれるのを、わたしは自覚していた。
彼は今度は桃の一切れを指先でつまんで、わたしに差し出してくる。わたしの唇に押し付けて、その熟した桃がやわらかく形を変えて果汁を口元に滴らせるのを、わたしは感じていた。そうしてわたしがそれを口にした途端、トムがゆっくりと顔を近づけて顎のラインをなぞるように彼の薄い唇を押し付けた。わたしはほとんど噛まずとも口の中で形を失っていく桃の甘さに酔うような心地がしながら、彼の唇の感触に神経をとがらせていた。
「甘いな」
トムは先ほどのわたしのように彼の唇を舐めると、そう言いながら彼の指を舐める。その仕草がどうにもたまらなくなってしまって、わたしは熱に浮かされたように彼の膝に手を置いた。
トムはそんなわたしを満足そうに見つめると、彼のとびきり甘い、そしてわたしをとらえて離さない声色で言うのだ。
「君からもうひとつ、贈り物を享受しよう」
「誰もいないクリスマス休暇のスリザリン寮(トムの部屋など)」/ 「BGM:ポルノグラフィティ - まほろば○△」でリクエストいただきました。ご希望に添えていれば幸いです。リクエストありがとうございました!
ひどく、静かだ。わたしは談話室のソファにだらしなく体を凭れながら、ぼんやりと窓の外を見つめていた。時折泡立つ湖の中は、真っ暗で何もかもを隠しているかのようだ。
クリスマス休暇のスリザリン寮は、普段の生活からは想像がつかないほど、静寂に包まれる。もうここで五年もクリスマスを過ごしてきたのだから、慣れてもいいはずなのだけれど、生徒たちのさざめきのような声が一切聞こえてこないことに、どうしても違和を感じてしまうのだ。
「ほんとうに静かね」
この静寂をくずしてみたくて、わたしは小さく呟いてみた。空中に溶けて消えてしまうかと思われたこのささやきは、しかし、思いもよらぬ声によって拾い上げられた。
「ナマエ、君が独り言をするほど暇を持て余しているとは知らなかったな」
突然後ろからかかった声に思わずびくりと体を揺らしたものの、その声の持ち主が誰かをわたしは知っている。むしろ、彼でなければあり得ないのだ。
「トム」
このスリザリン寮には今年も、わたしとトム以外には誰も残ってやしないのだから。
トムは当たり前のようにわたしの隣に座ると、悠々と足を組んだ。今日はすることがある、と朝唐突に告げられ、彼が自室にこもったのは記憶に新しい。彼がわたしの知らぬところで、さまざまな悪事を働いているのをわたしはぼんやり知っていた。しかしわたしがそれを気に留めることはない。わたしの、そんな詮索しない我関せずというところを、彼はなぜか気に入っているようだった。
「今日はクリスマスだな」
トムは彼の杖をもてあそびながらそう言った。彼がそんな当たり前のことを口にするなんて、少し意外に感じたけれど「そうね、あなたの枕元に素敵なプレゼントがたくさん山積みになったでしょう」と適当に返した。もしかしたら彼はプレゼントの開封作業に追われていたのかもしれない。それは、あまりに勝手な想像だったけれど。
「君からの贈り物は興味深かった」
わたしはイニシャルのみを記したのに、彼はわたしからのものだと気づいたようだった。しかし、わたしも、彼からのプレゼントを名前を確認する前に気づいた。彼からのプレゼントは、もうすでに身につけている。華奢な銀のブレスレットは、一目見たときから気に入った。
「そう?あなたは箪笥の肥やしにするかと思ったわ」
トムはわたしの言葉に喉で笑いながら「そんなことはない」と言うと、立ち上がってわたしに手を差し出した。
「君の贈り物を独り占めするのはいささか惜しい」
彼の手を取らない選択肢は、わたしにはなかった。彼の正体とやらを暴くつもりはなかったけれど、トムという一人の人間に強く惹かれてはいるのだ。
トムに連れられて、すでに何度も訪れている彼の部屋に着くと、わたしが贈ったプレゼントが彼の机の真ん中に置かれていた。他のものは全てもう片付けてしまったらしい。
わたしが贈ったのは、銀の食器だった。揃いのフォークとナイフ、そして平べったい一枚の皿。一応、一度集中すると部屋にこもりがちな――といっても、それを他の生徒たちに悟られることなくやってのけているけれど――彼に何か口にしてもらうために、ホグワーツ内だけではあるけれど、食べたいものを口にすると皿の上に現れる魔法をかけたのだった。もちろん、食事を用意してくれるのは厨房のしもべ妖精たちなのだけれど。
「何も書かなかったのに、使い方がわかったのね」
皿の上にはすでに、剥いた桃が現れていた。わたしがそう言うと、トムはなんでもないことのように肩をすくめる。
「今日くらいこうしても、咎められることはないだろう」
トムは彼のベッドの上に皿を乗せながらそういった。そうして、一揃いのナイフとフォークで器用に桃を切り分けると、みずみずしいそれにずぶ、とフォークを刺してわたしに差し出した。食べろ、ということらしい。
わたしがそのしたたるほど水分を含んだ桃を口を開いて一口かじり、嚥下し、そうして唇についた甘い汁を舐めとるのを、トムはじっと見つめていた。その目つきは普段の優等生然とした柔らかい色が立ち消え、獲物を見つけて舌なめずりするような、そんな色を灯している。思わずずきりと熱が生まれるのを、わたしは自覚していた。
彼は今度は桃の一切れを指先でつまんで、わたしに差し出してくる。わたしの唇に押し付けて、その熟した桃がやわらかく形を変えて果汁を口元に滴らせるのを、わたしは感じていた。そうしてわたしがそれを口にした途端、トムがゆっくりと顔を近づけて顎のラインをなぞるように彼の薄い唇を押し付けた。わたしはほとんど噛まずとも口の中で形を失っていく桃の甘さに酔うような心地がしながら、彼の唇の感触に神経をとがらせていた。
「甘いな」
トムは先ほどのわたしのように彼の唇を舐めると、そう言いながら彼の指を舐める。その仕草がどうにもたまらなくなってしまって、わたしは熱に浮かされたように彼の膝に手を置いた。
トムはそんなわたしを満足そうに見つめると、彼のとびきり甘い、そしてわたしをとらえて離さない声色で言うのだ。
「君からもうひとつ、贈り物を享受しよう」
「誰もいないクリスマス休暇のスリザリン寮(トムの部屋など)」/ 「BGM:ポルノグラフィティ - まほろば○△」でリクエストいただきました。ご希望に添えていれば幸いです。リクエストありがとうございました!