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「みんな!久しぶりね!」

その草原に到着したとき、ちょうどポートキーで降りてきたばかりのハリーをはじめとする一行を見つけたわたしは、そう言って駆け寄った。ハリーたちも気づいたのか、パッと駆け寄ってくる。

「ナマエ!元気だった?それに――シリウスも!」

ハリーはこれ以上ないほどの喜色を浮かべて、わたしの後ろから歩いてくる人物――シリウスに手を振った。シリウスも待ちきれなかった様子で、まるで犬の姿の時のように、こちらに近づいてくる。わたしは、シリウスの付き添い姿くらましでここにやってきたのだった。

「ナマエ、完璧なマグルスタイルね……」

ハリーと共にこちらへとやってきたハーマイオニーが、わたしの格好を上から下まで眺めて頷いた。確かに、シリウスのマグル趣味のおかげで、マグルらしさというものには少し知識はあるかもしれない。よく見せて、というハーマイオニーに従って一周くるりとその場で回って見せると、ハーマイオニーの「そのワンピース、かわいいわ!」という言葉と同時に、ちょうどウィーズリー一家がわたしたちに追いついた。

「やあ、ナマエ――君と会うのは初めてだったね。ロンの父親の、アーサー・ウィーズリーだ。妻のモリーにも早く紹介したいよ」

アーサー――元の体の時はそう呼べたが、今はそうもいかないのでハリーに倣って、彼に対してはウィーズリーおじさんと呼ぶことにする――はわたしに手を差し出した。その手を握ると、駆け寄ってきたフレッドとジョージがシリウスを囲んだ。きらきらと目を輝かせているので、シリウスのホグワーツ時代の “輝かしい功績” をロンから聞いているに違いない。シリウスも自分を慕う若者がいるのは嬉しいようで、熱心に彼らの話を聞いていた。

「シリウスとは、魔法省で何度か顔を合わせたよ――。ひどい話だ、冤罪だとは」

「全くだ、闇払い局の大きな失態だな……」

そう言いながら汗を拭ったのは、エイモス・ディゴリー――魔法生物規制管理部に勤める魔法使いだ。とは言ってもこの体では面識はないため、互いに自己紹介して一言二言言葉を交わした。そうしてディゴリー氏は「君のような素敵な女性に出会えて嬉しいよ――息子のことは知っているね?」と、彼の後ろに立っていた青年を自らの前に引っ張り出した。

わたしはその顔を見上げて、ディゴリーという名字に聞き覚えがあることを頭の中でぐるぐると考えたけれど――なかなか思い出せない。しかし青年が「父さん、みんながみんな僕を知っているわけじゃないんだ」とたしなめて、わたしに向き直ったので慌てて「ごめんなさい、わたしはナマエ・ミョウジよ。あなたに見覚えはあるのだけれど……」と手を差し出す。

すると彼は父から離れるように少しわたしに体を寄せて、「ごめん、父さんはちょっと強引なところがあるんだ――」と言いつつ、わたしの手を握った。

「セドリック・ディゴリー、ハッフルパフの、今年で6年生になる。ナマエのことは何度か見かけたことがあるよ」

人当たりのいい彼の笑顔を、わたしは呆然と見上げていた。セドリック・ディゴリー……その名前になぜ聞き覚えがあったのかを、わたしはやっと思い出したからだ。わたしの顔がこわばっていることに気づいたのか、セドリックは「ナマエ?」と顔を覗き込んできた。それを見ていたディゴリー氏は何を思ったのか、「おやおや!」と面白がるような声をあげる。

「わ、わたしも……会えて嬉しいわ、セドリック。さっき思い出したの、あなたがハッフルパフのシーカーだって――」

わたしが慌ててそう言うと、セドリックはにっこり笑って「覚えていてくれて嬉しいよ」と優しく返した。わたしはそれに曖昧に微笑んで、父親と先に去っていく彼の後ろ姿を盗み見た。

この一年の終わりに、彼に起こることを、わたしは知っている。わたしの胸に起こったのは、複雑な思いだった。シリウスを救いたいと、ただその一心で今まで繰り返したループを渡り歩いていた。けれど、彼は――。湧き上がってくる感情を振り払うように、わたしは頭を打った。そばでは、わたし達が話している間に、シリウス達も話に花を咲かせていたようだけれど、彼がクィディッチワールドカップを観戦できないと知って、落胆の声が次々に上がっていた。

「こんな日に限って、魔法省に呼び出されていてね。彼らがもう少し気を遣えるようになることを願うばかりだ――」

シリウスがハリーのくしゃくしゃ頭を撫でながら、心底残念そうに言う。久しぶりに会えたというのに、長くいられないのが惜しいのだろう。ウィーズリー家の双子が、父親に「何とかならないの?」と掛け合ったけれど、部署が全く違うので、無理な話だろう――アーサーも苦笑して「我慢しなさい」と彼らをなだめていた。

シリウスが名残惜しそうに行ってしまうと、ハリーもどこか落胆した表情だったけれど、ロンが彼の背中を叩いて「ワールドカップの前にそんな顔してちゃダメだ!」とハリーを元気付ける。

「またすぐ会えるわ」

わたしがハリーにそう言うと、「きっと見送りにもきてくれるだろうからね」と頷いて、キャンプの手続きをしに行った一行の元へと急いだ。

「楽しみね!」

クィディッチにさほど興味がなさげな――あくまで、ハリーとロンに比べて、だけれど――ハーマイオニーも、そんなはしゃいだ声を出している。わたしたちはすでに、貴賓席にのぼっていた。ウィンキーという屋敷しもべ妖精との出会いの後、わたしとハーマイオニーは先ほど買ったプログラムを熱心に眺めている。学生時代にはクィディッチに熱狂していたものの、最近はそれほど触れられていなかったので、わたしは心が踊っていた――シリウスも、来られたらよかったのに、とそう思いながらも。

そのうち、コーネリウス・ファッジが現れた。わたしとハリーの姿を目にとめた彼の表情が、一瞬こわばったように見えたのでわたしは内心首を傾げた。しかしそんなそぶりがなかったように、ファッジはハリーに握手して、友人のように肩を抱いた。生き残った男の子として、ハリーを抱き込んでおきたいらしい。そうしてルシウス・マルフォイが登場すると、その場はたちまち険悪な雰囲気になった。けれどそんな空気に一人だけ気づいてないらしいファッジは、わたしのもとに近づいてきた。

「ええっと……ミス・ミョウジといったかな?」

「ええ。またお目にかかれて光栄です」

わたしたちは握手を交わした。そのときまた彼の表情がどこか曇ったので、とうとうわたしは何かあったのですか、と尋ねたい気持ちを抑えきれなくなった。けれどぱっとファッジが身をひるがえしてルシウス・マルフォイを構いにいったので、それはかなわない。彼の態度が気にかかりはしたけれど、これからワールドカップが始まるのだ。なるべく考えないことにして、わたしはハーマイオニーとともに席に戻ったのだった。

クラムがスニッチを取ったものの、アイルランドの勝利に終わった試合は、わたしたちをこれ以上ないくらい熱狂させた。興奮冷めやらぬままに、テントに戻ったわたしたちは、眠ってしまったジニーに布団をかけて、自分のベッドに潜り込んだ。

「すっごく楽しかったわ――クラムのプレイには驚かされた」

わたしが囁き声でそう言うと、ハーマイオニーはすこし眠そうな声で、「素敵だったわね」と答える。「ハリーも、きっと彼みたいに偉大な選手のひとりになるわ……」そうして、だんだんまどろみの中に身を任せていた頃だった。テントの外が、あまりに騒がしい。その上、その中には恐怖に駆られたような悲鳴も混じっている。

「ハーマイオニー……ハーマイオニー!」わたしがハーマイオニーをゆすり起こしたのと、アーサーがわたしたちを呼びに飛び込んでくるのは同時だった。ほとんどパジャマ姿のままで外に出たわたしたちは、アーサーに促され森を目指す。しかし、わたしの目に飛び込んできたのは、先ほど手続きをしたマグルたちが、宙に浮かされて弄ばれている姿だった。

「なんてことを!」

わたしは思わずそう叫んで、マグルたちがはりつけにされているところに走り出した。「ナマエ!だめだ!」ハリーがそう叫んだのが聞こえた気がしたけれど、わたしの足を止めるまでには至らなかった。死喰い人たちに見えないように、けれど彼らの姿は見える場所で、わたしは杖を構えた。ひとりで戦える状況ではない――しかし黙っているわけにも行かなかった。宙に縫いとめられている彼らに杖を向けて、わたしは思い切りフィニートを唱えた。突然彼らが地面に倒れこんだので、笑いながら見物していた死喰い人たちは一様に周りを見回す。彼らに見つからないように、わたしは体を低くして人混みの中に隠れた。「あの女だ!」と、後ろで声が聞こえる。しかしずいぶん離れたところだったので、彼らがわたしをとらえることはなかった。

「ナマエ!」

森に入ったところで、今にも泣き出しそうな声がわたしの名前を呼んだ。はっと振り向くと、ハーマイオニーが駆け寄ってくるところだった。後ろには、ロンとハリーもいる。

「あなた、なんて危ないことをしたの!捕まって何をされるかもわからないのよ!」

ハーマイオニーは目に涙を浮かべてわたしを抱きしめながら、今まで見たこともないような剣幕でそう言った。

「君と一緒に行きたかったのに、人混みに流されて近づけなかったんだ。ひとりにしてごめん……無事でよかった」

ハリーもそんなことを言いながら、わたしの背中に手を添える。「君って本当に勇気があるよな」なんて、ロンまでも。

「心配かけてごめんね……」

震えているハーマイオニーの背中に手を回して優しく撫でる。彼女は聡明で強い女性だけれど、友人に対してはすこぶる心配性なところがあるらしい。シリウスやジェームズとともに騎士団として活動していた時期もあったため、自分を過信して勝手に行動してしまったけれど、みんなから見たらわたしはただの学生なのだ――。彼女たちに余計な心配をかけてしまったことに気づいて、わたしは反省した。

その時だった。「モースモードル!」そんな男の声が聞こえて、カッと空に閃光が走る。次の瞬間宙に浮かんでいたのは、巨大な髑髏から蛇が這い出している――闇の印だった。「どうして……」わたしが思わずそう呟くと、ハーマイオニーが蒼白な顔で震えながらわたしたちを引っ張った。「逃げなければ!」

けれどあっという間に周りを包囲されて、次々に杖が向けられる。「伏せろ!」ハリーが叫んだ。その瞬間に、失神呪文が同時に唱えられる。そのうちのどれかでも当たっていたら、気絶どころでは済まなかったろう。聖マンゴ行きになっていたに違いない。アーサーがとりなしてくれたおかげで杖を向けられることはなくなったものの、ハリーの杖から闇の印の名残が見つかり、ウィンキーがその罪をかぶるなど、その場で起こったことはわたしを混乱させた。ワールドカップに闇の印が現れたことを、わたしはループする中でいつも新聞で見ていたけれど、このように当事者の一人になってことはなかったのだ。

結局アーサーに連れ出されたわたしたちは、ハリーやロンが尋ねたことによって、闇の印の意味を聞かされることになる。子どもたちは話を聞いて恐ろしげな顔をしていたけれど、わたしはその中で唇を引きむすんでいた――わたしはそれを、何度も見たからだった。数日前に話していた相手の家に、あの印が残されていたこともあった。実際に見たものたちには、想像以上の恐怖が、植えつけられているのだった。

隠れ穴に戻ると、モリーと、そしてシリウスが家の前に立っていた。シリウスの浮かない表情に、締め付けられるような思いがする。しかし、わたしたちに待ち受けていたのは、衝撃的な事実だった。

「……これを見てくれ」

シリウスがわたしたちに差し出したのは、日刊預言者新聞の見出しだった。そこには、「クィディッチ・ワールドカップでの恐怖」と書かれている。けれど、その見出しの上には、同じくらいの大きさが割かれて、別の見出しが躍っていた。

「ピーター・ペティグリュー、一ヶ月前に脱走していた 魔法省が隠蔽か」

わたしはあまりの衝撃に、言葉もなかった。ファッジがわたしの前で顔を曇らせた理由を、そこでやっと悟ったのだった。隣のハリーも、目を疑うといった表情で、それを見つめている。アーサーと、彼の息子であるパーシーが新聞を握りしめて、「役所に行かなければ」と呟くようにいい、慌ただしく去っていく。やっとの事で顔を上げると、シリウスの顔が蒼白で、残酷なほどに――怒りに燃えていることがわかった。

「私が15年間耐えたあの場所に、奴は数日で音をあげたというわけだ」

「シリウス……」

思わずわたしは手を伸ばしたけれど、それが届くことはなかった。

「すまない、ここに来たのは君たちの無事を確かめたかっただけなんだ……今はひとりになりたい」

そう言って、シリウスはたちまちのうちに姿くらましした。後に残されたわたしは、呆然と立ち尽くすだけだった。

クィディッチ・ワールドカップ
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