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魔法大臣が数人の魔法使いを伴ってホグワーツにやってきたのは、次の日のことだった。ピーターの身柄が拘束されているおかげで、シリウスへの容疑について協議する時間が必要だったらしい。

ダンブルドアの校長室に集められたのは、あのとき叫びの屋敷にいた顔ぶれと、それからハリーたちの寮監マクゴナガル、そして魔法大臣とその仲間だ。わたしは人畜無害な一生徒の顔をして、ハリーたちの後ろに立っていた。

「それでだが、その場にいた者たちの複数の証言によると、他の誰でもない、生徒の一人が奴の正体を暴いた、ということだが――」

事務的な話し合いが続いていたためすっかり気を抜いていたわたしは、その場にいる魔法使いたちの視線がたちまちにわたしに集まったのに気づいて思わずびくりと体を揺らしてしまう。わたしは結局のところあの叫びの屋敷での行動の言い訳を考えついておらず、大臣の「説明してくれるかね」という言葉にまごついてしまう。すると、口をぱくぱくさせていたわたしに助け舟を出したのは、意外な人物だった。

「大臣、彼女は当時ブラックを見た恐怖で記憶が混濁しており、錯乱して放った呪文があのドブネズミに当たったことでたまたま奴の姿が現れたのだと思われます。成熟していない魔女にありがちなことです」

「えっ」

わたしは思わずそんな間抜けな声を上げて、その発言者――セブルスを見た。わたし以外にも、そこにいたほとんど全員が、彼を凝視している。

「そうなのかね、ミス・……あー……」

「ナマエ、ナマエ・ミョウジじゃよ、コーネリウス」

「そう、ミス・ミョウジ?」

念を押すような魔法大臣の言葉に、わたしは慌てて「は、はい、正直何も覚えていなくて……」と誤魔化す。すると魔法大臣をはじめ彼を囲む魔法使いたちは、たしかにこんなに幼い子どもが、と納得しはじめ、わたしの件はたちどころに解決してしまった。

「スネイプがナマエの味方をするだなんて!この中で一番ひねくれてるのに」

右隣にいたロンがこっそりと囁いてくるので、「驚いたわ」とわたしが素直に言うと、左隣のハーマイオニーが「あら!」と同じようにささやき声で言った。

「ナマエはスネイプのお気に入りだもの。わたしは彼がナマエを庇ったのも頷けるわ」

なんて言うので、わたしは目を白黒させてしまう。わたしが、彼の、お気に入りですって?

しかしその発言を問いただす間も無く、未だに手を手錠で塞がれたままのシリウスの話題が上がったのでそちらに意識を集中せざるを得なくなった。

「まだペティグリューの証言を法廷で聞いていない状況でブラックを無罪放免にする、というのはこの場では決めがたい……」

そう魔法大臣が気弱に言うのを、ダンブルドアは深く頷いて聞いた。確かに、その通りだろうとわたしも考えていたものの、ハリーは納得がいかないようで「シリウスが無罪なのは何よりも明らかです、大臣!」と食ってかかる。そんなハリーに、大臣は「しかしだな、ハリー……」と子どものわがままに寛容な父親のように返した。大臣がハリーの抗議をいなしながら周りの魔法使いたち――法律関係や闇払い局の役人だろう――と熱心に議論するのを静かに聞いていたダンブルドアが、彼らの中に入ってこう言った。

「ここは……どうじゃな、コーネリウス。見張り付きでシリウスを自宅謹慎とする、というのは」

すると周りの魔法使いたちはだんだんその意見に賛成しはじめ、ついには大臣も「それが一番妥当かもしれん……。冤罪を被った魔法使いをいつまでも拘留していては、魔法省が批判の的になるだろう」とダンブルドアに賛成した。ダンブルドアにいつもご機嫌伺いを立てる彼にとっては、ダンブルドアの意見に従うことが最良だと考えたのかもしれない。

「先生、つまり……?」

ハリーがそうダンブルドアに尋ねた。ダンブルドアはハリーの質問の意図は分かっている、と言うように深く頷いて言った。

「我らの友人シリウス・ブラックは、限りなく無罪放免に近い、ということじゃな」

ハリーは堪え切れなくなったように歓声をあげ、ロンやハーマイオニーといった彼の友人もおもいおもいに喜びを爆発させた。真ん中に立っていたシリウスは呆然としている。切実に望んでいたであろうそれが手に入って、きっとまだ実感がないに違いない。そんな彼をいちばんに抱きしめたのは、学生時代からの親友――そして今となってはこの二人しかあの時代の良き思い出を語る人間はいないのだ――、リーマスだった。それに続くように、ハリー、ロン、ハーマイオニーと続く。

わたしはそんな彼らの姿を見つめながら、わたしはあの場には行けない、とそこに立ち尽くしたままだった。シリウスが「ナマエ、君にも感謝を述べなければ!」と友人たちに囲まれながらも差し出した手を握って、ぎこちなく微笑む。そしてすぐに離れてしまった手を名残惜しく感じていると、わたしは視線に気づいてそちらを見た。そこにいたのは、セブルスだった。

わたしをまっすぐに見つめる彼は、まるでわたしが本来の姿ではないことを、知っているようで――しかし、わたしはそんな都合のいい想像をすぐに捨てた。今まで時間が巻き戻されてきたのを、わたし以外に知っている者は一人もいなかった。先ほど助けてくれたのだって、きっと彼の気まぐれか、教師として責任を感じてのことだろう。わたしがあいまいに微笑んで首を傾げてみせると、セブルスはふいっと顔をそらした。その仕草が学生時代の彼と重なって、変わっていない、とどこか安心する。

「今日は祝宴、といきたいが、シリウスの確定した無罪が予言者新聞に載るまでは無駄な騒ぎを呼ぶだけじゃろう……。悪いが、このようにささやかな祝いしかできないことを許しておくれ」

そう言ってダンブルドアがテーブルに杖を向けると、そこにはたちまちのうちにチキンやケーキ、ジュースなどが現れる。歓声をあげるハリーたちを見て、シリウスも嬉しそうに言った。

「これで十分すぎるほどです、校長。ここにあるのがカビたクッキー一枚でも私は小躍りしたでしょう」

シリウスはすでにチキンをつまんで頬張りはじめている。わたしが隅に置いてあったかぼちゃジュースを注ぎはじめた頃、大臣は一つ咳払いをして、「それではアルバス、私はこれでお暇する。ペティグリューを移送して、審議にかけねばならないのでね。ブラック、君のことも近いうちに呼び出すことになるだろう」と言い残して去っていった。見送ろう、とダンブルドアも出ていったことで、校長室には叫びの屋敷にいた顔ぶれだけが残される。

するとセブルスがふん、と鼻を鳴らして「私も失礼する」とローブを翻した。「おうおう、さっさと行け」とシリウスがその背中に追い払うように手を振るのを尻目に、私は彼の後ろを追いかけた。

「セブ……、スネイプ先生!」

彼に追いついたのはちょうど校長室を出る階段のところで、セブルスは迷惑そうに振り向いた。

「なんだね、ミョウジ」

声色までうんざりしたと言わんばかりの彼に、わたしはどうしても伝えたかった言葉をいった。

「さっき、すごく助かりました。あの場でどう答えればいいのかわからなかったので……。ありがとうございます」

彼に丁寧な言葉を使うのがどうしても違和感を禁じ得なかったものの、生徒という立場上そうするしかない。しかし、彼に心から感謝していたことは間違いなかったので、言葉は全て本心からなるものだった。

「私は事実を述べたまでだ。錯乱した生徒が魔力を爆発させた、というな」

つい、素直じゃないわね、とまぜっ返したくなるのを堪えつつ、「とにかくありがとうございます、本当に!」とすでに歩きはじめている彼の後ろ姿に叫んだ。

そして用事も済んだことだし、ともう一度階段を上ると、そこで話題に上がっていたのはわたしとセブルスのことらしかったので、わたしはつい扉を開けるのをためらってしまい、聞き耳をたてる羽目になってしまう。

「ところで、ナマエがスネイプのお気に入りってどういうことだい?あいつがグリフィンドールを贔屓することなんてありえないよ!そんなことが起こったら僕は逆立ちで箒に乗ることになるだろうな」

ロンが口いっぱいに何かを頬張っているような声でそういうのに対し、ハーマイオニーが反論する。

「気づかない?スネイプはナマエにはどこか優しいわ。だって、ナマエの魔法薬学の才能は本物だもの。ナマエにだったら、きっと魔法薬の材料も態度がどうであれ渡すでしょうし」

「確かに、私の目から見ても彼はナマエを気にかけているように感じるよ。もちろん、教師として」

リーマスまでそう言いだすものだから、わたしは首を傾げてしまう。たしかに悪戯仕掛け人の四人たちよりは、セブルスと学生時代悪くない仲だったという自覚はある。けれど、この学校の中で、グリフィンドール生を彼が気にかけるなどあり得るだろうか?あんなに優秀なハーマイオニーでさえ、大人の姿のわたしにセブルスの不公平さの愚痴をこぼしていたというのに。

「しかし先ほど奴が彼女――ナマエを庇わなかったら、魔法省の連中はナマエのことをどんな方向であれ少しは疑っていたに違いない。スネイプが彼女に何かしらの情を抱いているのはたしかだろうな」

そんなシリウスの言葉に、ロンとハリーが「げえっ!」と声をあげる。

「スネイプが情だって?冗談じゃない!」

セブルスへの鬱憤が相当溜まっているらしいハリーがそう叫んだところで、「ナマエ」とわたしに声がかかった。ついつい息を潜めていたわたしは飛び上がるほど驚いたけれど、わたしの後ろに立っていたのはダンブルドアだった。

「先生……驚いてすみません、わたしの話みたいだったので入りにくくて」

「理解しておるよ、私も自分の噂話はこっそりと聞いていたいものじゃ」

ダンブルドアはわたしの肩をそっと抱くと、わたしの代わりに扉を開けた。途端に止む噂話に一抹の居心地の悪さを感じながらも、ダンブルドアの言葉はわたしが聞き耳を立てていたわけではないと間接的に弁明してくれたので胸を撫で下ろす。

「ちょうどナマエと会ったのでな、立ち話に花を咲かせておった」

そして、とダンブルドアが言葉を続けるので、軽食をつまんでいた彼らも自然と注目する。

「コーネリウスと、シリウスの当面の処遇を話していたのじゃが――」

わたしは思わずダンブルドアを見上げた。小さくなった身体では、ダンブルドアの長身を見上げるのは苦労する。そしてちらりとハリーを見ると、彼は期待に身体を前のめりにして聞いていた。

「ナマエは、三年生が始まる少し前に両親を亡くされたな」

シリウスの話が続くと思っていたのでわたしは「えっ」と思わず声を上げてしまう。ダンブルドアの言葉を神妙に聞いていた面々も驚いたようでわたしに視線が集まった。

「は、はい」

わたしの両親がハリーが三年生になる前に相次いで亡くなったのは、わたしが元の時間を過ごした時からの事実だった。それが変わっていないことに内心驚く。わたしの体が小さくなった以外の辻褄はあっているらしい。

「私は、シリウスの監視役としてナマエを推薦しておいた」

その言葉に驚いたのはわたしだけではなかった。ハリーは動揺した声を上げて、わたしを見つめる。

「先生、ナマエが適当でない、というわけではないんです。だけど、僕ではいけませんか」

ハリーがそう言うのを、わたしも当然だと思って聞いた。シリウスはハリーに一緒に暮らそうと誘っていた。ハリーはその期待を胸に、シリウスの無罪を待ち望んでいたはずだ。あのマグルの家に帰らなくてもいいという。

「ハリー、残念じゃが、君は君の親戚の家に帰らねばならぬ」

ハリーが「どうしてですか!」と上げた声は悲痛だった。それまで黙っていたシリウスも、「ハリーは私が引き取ると決めていたんだ、どうしていけないんだ」と抗議した。なんだかわたしが彼らの邪魔をしているようでいたたまれなくなる。シリウスとともに時間を過ごすことは、切実に望んでいた。しかしこんな思いをするくらいなら、一人で実家に戻る方がましだ、とさえ思う。しかしダンブルドアは彼らの主張を許さず、最後はリーマスのとりなしでなんとか落ち着いたのだった。

意気消沈しているハリーを慰める言葉も見つからず、わたしはまた所在無く立ち尽くすはめになる。けれど、そんなわたしにシリウスが近づいてきたのでわたしは思わず身構えた。今のわたしは彼の恋人でもなんでもない。身を引いてくれ、と言われたら、彼のそばにいる理由は一つもなくなるのだった。

「ナマエ、さっきは取り乱してしまってすまない。ハリーの後見人だという自負がそうさせてしまった。しかし、君は間違いなく私の無実を証明してくれた。私の命の恩人と言っていい。君と過ごせることを誇りに思うよ」

そう言って、シリウスは今回出会って初めて、わたしを抱きしめた。彼の腕にすっぽりと収まってしまう身体が、記憶の中よりずいぶん小さいことを改めて実感する。しかし、シリウスは何一つ変わっていなかった。わたしが好きな彼の体臭も、全て。

ぽんぽん、と頭を撫でて離れていくその体温に思わずすがりそうになるけれど、その手をぎゅっと握ることで堪えた。

あなたの恋人だった日々が恋しい。シリウスの背中にそう言いたくて、けれどわたしは口をつぐんだままだった。

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