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カーテンの隙間から、明るい日の光が差している。まるで何事もなかったような、朝の光が。

「やっとお目覚めね」

わたしが眩しさに目を細めていると、きりきりとカーテンを開けて入ってきたマダム・ポンフリーがそう言った。そして、わたしがそれに答えるまもなく、「校長先生、ミョウジが目覚めましたよ」と、外に向かって声をかける。

そしてぼんやりともやのかかったような頭をなんとか働かせようとしていると、次に聞こえてきたのは騒がしい声だった。

「私は彼女の保護者だ!彼女の無事を確かめる権利があるはずだ!なぜこいつが許されて私は除け者にされなければならないのですか、ダンブルドア!」

それはシリウスの、憤ったように語気を荒くした声だった。

「シリウス、きみの気持ちはよく分かるが、今は少しだけこらえておくれ──すぐに話は終わる」

ダンブルドアの、穏やかな、しかし有無を言わせぬ声色に、それでもシリウスは一言二言抵抗したものの、結局は扉の外で待つという条件で受け入れたようだった。

「やあ、ナマエ──。よく眠れたようじゃな」

そうして、カーテンに囲まれた内側に入ってきたのは、ダンブルドアと、それからセブルスだった。わたしはその二人の姿を見て、思わず間髪入れずに「ハリー、それからセドリックは!?」と尋ねた。

「ハリーは、セドリックを抱えてホグワーツへ帰ってきた。今は寮に戻って休んでおる」

“ハリーは、”という言葉にわたしの表情がくもったのに気付いたのか、ダンブルドアの瞳がきらりと光った。「そうして、セドリックじゃが──」彼はわたしの様子を観察するように、じっと見つめながら口を開いた。

「この城に戻ってきたときには、彼はもう息をしていなかった。彼の体は、ひとまず薬草学の教室に運ばれた──その間に、ハリーに起こった出来事については、彼から聞くと良いだろう──。そこで、もう一度、セブルスを伴ってセドリックの元を訪ねたのじゃ。そうして、試しに蘇生呪文を唱えた。すると、なんと、彼が息を吹き返したのだ──ハリーの話では、彼は死の呪文を受けたにも関わらず」

そこで、もう一度ダンブルドアはわたしをきらきらした瞳で見つめた。すべてを見透かすようなその目に、わたしは言葉を失っていた。わたしのたくらみは、成功したのだ──セドリックは、生きている!頬を何かが伝う感触に気付いて、いつのまにか涙がこぼれていたことに気づく。

「セドリックがかけられた呪いに造詣のふかい先生がいらっしゃったのも、セドリックにとって幸いだった」

そう付け加えて、ダンブルドアはセブルスをちらりと見た。そうだ──今回の件は、彼との思い出がなければ、成功することは叶わなかった。

わたしがまさしく学生だった頃、セブルスと(一方的に)親しくなって以来、彼による、新しい呪文の開発に時折参加していた。彼が生み出すのは、ほとんどが闇の呪文にひとしいものだったけれど──その中で、生ける屍の水薬とペトリフィカス・トタルスに着想を得た、相手を仮死状態にさせる呪文があったのだった。他の呪文とは違い、ひとに試せるようなものではなかったので、結局その呪文が正しく作用するのかも分からずじまいだった代物だったけれど、今回、あのとき作り出した呪文の有用性が証明されたのだった。

意味ありげなダンブルドアの言葉に、わたしは思わずセブルスの様子を伺ったけれど、彼はわれ関せずといった様子で、ただ黙りこくっているだけだった。彼の学生時代にわたしがいなかったことになっているであろうこの世界で、自分が開発したはずの呪文をわたしが使ったことを、彼はどう考えているのだろう?彼の考えていることを知りたかったけれど、それを尋ねることはためらわれた。

ダンブルドアはヴォルデモート卿の復活の経緯をかいつまんで説明してくれたけれど、その場にいたとは口が裂けても言えないので、わたしはただうなずいて、昨晩死の呪文の犠牲者がひとりもでなかったことに、ただただ胸を撫でおろした。

「よかった──本当によかった」

なかなか止まらない涙を持て余しながらも、そうしぼりだす。ダンブルドアは、そんなわたしの肩をそっと撫でた。

「まことに、めでたいことじゃ。しかし、懸念されることもある──。ピーター・ペティグリューがセドリック・ディゴリーに死の呪文を放ったことは、その場にいた者がはっきりと目撃している。ハリーと、それからヴォルデモート卿じゃ。ペティグリューに死の呪文を完遂するほどの魔力が備わっていなかったといえばそれまでじゃが、そのような言い分ではヴォルデモート卿はあざむけぬだろう。何らかの理由で──ヴォルデモート卿が思いもよらぬ何かで、セドリックが生き延びたと考えるにちがいない」

「つまり──?」

「セドリックが生きていると知られるのは、セドリックにとって、そしてセドリックが生き延びる要因を作った何かにとっても、危険なことなのじゃ。死の呪文に対するヴォルデモート卿の執着は、並大抵のものではない。それを逸らした者がいると知ったならば、必ずやその理由を突き止めんとするだろう──。私と、それからこのことを知るごく一部の魔法使いで、彼の扱いについて話し合った。そして、セドリックの安全が完全に確保されるまで、彼が生き延びていることは内密にするということに決まった」

それを知っているのは、セブルス、寮監であるスプラウト、マクゴナガル、それからセドリックのご両親だけ。そして、“秘密の守り人”となったダンブルドアに打ち明けられた、わたしだ。

「どうしてそれをわたしに──?」

「それは、きみ自身がわかっていることだろう」

この体になって、ダンブルドアと夜の散歩をしたあの夜、ダンブルドアが何かを知っているのではないかと感じた時と同じ感覚が蘇る。わたしが彼の死を何度も繰り返している、そのことを彼が知っているなんていう、荒唐無稽なことを。わたしは探るように彼を見つめたけれど、ダンブルドアの考えを見抜くなど、わたしには到底できない芸当だった。

「ハリーも含め、他の者には他言無用じゃ、ナマエ。誰かに知られれば、セドリックの命が危険にさらされる」

「その──ハリーも知らないままにするのですか?彼がセドリックの死を背負ったままになってしまうのは、あまりに残酷なことでは?」

わたしがそう言うと、ダンブルドアは厳しい目をして、首を横に振った。「ならぬ」ただそれだけの返事で、わたしはそれ以上食い下がることができなくなった。

ダンブルドアはすぐに固い雰囲気を取り払って、「きみの体調が戻ったようで、何よりじゃ──ボーイフレンドが心配でも、きちんと眠らねば」といたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。「まさか、あなたまで『週刊女性』を?」思わずそう口にすると、「巻末の星占いが、なかなか興味深くての」と口ひげを撫でる。

彼は「そろそろおいとませねば、扉の外の番犬がしびれを切らす頃じゃ」と立ち上がりつつ、そういえば、と振り返った。

「セブルスがきみからの伝言を伝えにきたときに、ちょうどきみがいないことに気づいたシリウスが私の元に来て、セブルスの言葉を聞いてな──。相当な剣幕できみを探しに出かけたので、いまだに心配な思いが収まっていないようじゃ」

セブルスが“ダンブルドアに警告に行く”と言っていたことを、完全に失念していた。彼がダンブルドア、それからそれを聞いていたシリウスにどんな風に伝えたかは知るべくもないけれど、これから始まるであろうシリウスの追及をかわすのは、とても骨が折れるであろうことは容易に想像できた──。セブルスは終始何も言わなかったけれど、最後にわたしを上から下までじろりと見て、鼻を鳴らした。どうやら大きな怪我がないか、確かめたらしい。そうしてダンブルドアとセブルスの二人が出ていってすぐ、変身してもいないのに、犬が飛びつくようにしてシリウスが病室に駆け込んできた。

「ずいぶん長く待たされた。ハリー然り、きみ然り──特にきみは、なぜか危険に巻き込まれに行く──」

シリウスは改めて、わたしの頬を両手で包んで、傷がないか確かめるようにじっくりと見つめた。あまりに熱心なので、つい恥ずかしくなってしまう──彼の顔に弱いのは、恋人になる前からずっとだ。

「ロンやハーマイオニーがきみの体調を心配するほど顔色が悪かったらしいが、スニベリーと会ったときには医務室とは正反対の場所にいたそうじゃないか。ハリーが心配だとしても──いや、そもそもなぜあんな所にいたんだ、ホグワーツの敷地の外だぞ」

一番突かれたくないところを、納得がいくまで絶対に離さないぞという顔のシリウスに尋ねられたので、わたしは答えに詰まってしまう。迷路に忍び込み、選手とともにあの人の父親の墓場に飛ばされ、ハリーの戦いの一部始終すべてを見ていました、なんて言えるはずがない。言ったら余計に大変なことになるのは、目に見えている。

「シリウス……」

わたしは通用しないと諦めつつも、恋人同士だった頃によくやったように、わたしの頬を包む彼の手に自らの手を重ねた。そうして、彼の大きな手に頬を押し当てて頬擦りしながら、彼をうるんだ瞳で見つめる。

「そんな風に怖い顔されるとこまるわ、シリウス──」

年端もいかない小娘の白々しい演技だと、一蹴されるかと思いきや、シリウスがぐ、と言葉に詰まったので、わたしはなんだか勝ったような、しかし面白くないような、そんな感情に襲われた。彼と喧嘩して問い詰められたとき、いつもこんな風に誤魔化したものだった。彼はこれをするといつも、「きみには負ける、ナマエ」と白旗をあげた。それはわたしが恋人だからだと自負していたというのに、もしかして、女の子にされたらそうやってすぐ負けるの?つい、そう彼を問い詰めてやりたくなる。

「怖がらせるつもりはなかった、すまない──君を心配するがゆえだと分かってくれ」

彼がそう優しく、懇願するように言ったので、わたしは「わたしこそ、心配させてごめんなさい。風にあたりたくて」と言い訳にもならない言葉を並べた。とうとうシリウスは、それ以上の追及をあきらめたようだった。

「ハリーは憔悴しているが、よくねむって、友人たちに励まされている。あまりにつらいことを経験したが──。きみにとっても──」

彼の言葉と表情で、セドリックのことを言っているのが分かった。彼は、『週刊女性』を本気にしていないまでも、わたしにとってセドリックが大切な人であるとかんがえているのだった。きっと、先程のダンブルドアの話が、セドリックの死についてだと推測して、こう言っているに違いない。彼に対して隠し事をするのは気が引けた──もちろん、すでに多くの隠し事をしているのは、事実なのだけれど。ハリーに対しても、シリウスに対しても、これから悲しみの前に偽り続けていかなければならないのだ。

「目の当たりにしたハリーに比べたら、わたしなんて──ありがとう、シリウス。ハリーが無事でよかった」

シリウスには、わたしが気丈に振る舞っているように見えたらしい。そっとわたしの背中に手を回して、抱きしめた。力強い腕の中で、世界のかなしみすべてから遠ざけるように。

「……私が、きみを一人にすることはない。いつもそばにいると分かっていてくれ」

言葉のひとつひとつに決意を込めるように、彼はゆっくりそう言った。胸が途端に苦しくなる。あなたはやさしいから、いつもそうわたしに約束した。こんな子どもの姿になってさえ。けれど、わたしが手を伸ばしているのに、届かない場所に何度も行ってしまった。彼の広い背中に手を回す。そばにいて。いつも、どこにいても、永遠に。

しばらく──一瞬のようにも、長くにも思えるような時間、そうした後、「心配しているきみの友人たちに、きみを返さなければ」と言うシリウスに従って、ぎこちなく体を離した。名残惜しさを感じていることがさとられたのか、「いつでも甘えてくれたらいい」とシリウスが言うので、顔が熱くなる。

「寮まで送ろう」

シリウスはそう言って、わたしを寮まで送り届けた。「夏休みには駅へ迎えに行くから」夏休みまでは、あと一ヶ月と少しくらいだった。最後まで案じた顔をして、わたしを見る彼に微笑んで見せる。大丈夫よ、シリウス。そんな気持ちを込めて。

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