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最悪の出来事を運んできたのは、灰色のモリフクロウだった。




ま  は ハリー・ポッター に  くな  消え




まず最初に目についたのは、そんな予言者新聞を切り抜いた文字で作られた手紙だった。宛名を見ると、ハーマイオニーのものが三分の二を占め、マグル差別のひどい文章が綴られているものが多かった。隙あらば差別主義を振りかざす人間にはうんざりだ。『釜茹でになってしまえ』『ハリー・ポッターを裏切った売女め 呪いを送ってやる』そんな馬鹿げた文章を読むのは時間の無駄だと悟り、ハーマイオニーに届いた分もまとめて燃やそうとしたときだった。ハーマイオニーが開けた封筒から強烈な匂いのする液体が噴き出し、わたしがとっさにそれを払いのけた拍子に、たっぷりとそれが手首にまでかかってしまった。

「いたっ!」

「腫れ草の膿だ!」

ロンがそう叫ぶ。確かにこの鼻の曲がるような匂いはそうだ。

「ナマエ…わたしを庇って──医務室に行きましょう、早く!」

ハーマイオニーがナプキンで手を拭ってくれるけれど、みるみるうちにわたしの手がぱんぱんに腫れ上がっていった。きりきりと痛みが増していく。最低な月曜日だわ──。わたしはそう心の中で悪態をつきながら、付き添ってくれるハーマイオニーと共に医務室へと向かった。


次は薬草学の授業だったので、後ろ髪を引かれた様子のハーマイオニーを追い立てて、彼女には授業に参加してもらった。マダム・ポンフリーは「あら、まあ!」と声をあげ、「こんなにひどい患者は久しぶりです!何をしでかしたの?」とわたしの手になるべく触れないように奥のベンチに座らせた。

「ちょうど、膿に効く薬を切らしているのよ──。スネイプ先生に頼まないと」

その言葉に、わたしは絶望せざるを得なかった。この状態で、セブルスが薬を煎じるまで待たなければいけないの?思わずこらえていた涙がこぼれそうになったけれど、マダム・ポンフリーが呼んだらしいセブルスが、すでに出来上がった薬品を持ってきたときには、彼が救世主にすら見えた。

「いったい何をしでかせばこうなるのだね」

マダム・ポンフリーが薬品を塗っている最中、セブルスは珍しく居残り、腕を組んだままそう尋ねた。わたしが散々週間魔女と全ての元凶であるリータ・スキータをこき下ろしながら事の経緯を説明すると、マダムは購読者だったのか、少し頬をピンクに染めて、「たまには役立つ記事を載せるときもあります」と釈明した。

「そういう類のものは封を開けるな。少し気を回せばわかることだ」

飛行訓練で見事にひっくり返ったらしい一年生が運ばれマダム・ポンフリーがせかせかとそちらへ駆けて行った後も、セブルスの小言は続いた。「馬鹿げた雑誌に踊らされおって──」さすがのセブルスもマダムの前では言えなかった(ホグワーツ城の中でも、敵に回したくない相手だろうから)愚痴を口にしながら、包帯を手に取った。どうやら巻いてくれるつもりらしかった。彼が看病するなんてとても似合わないけれど、口には出さないでおく。このひどいありさまを早く隠してもらうメリットが、からかう楽しみをまさっていたので。

「ありがとうございます、先生。薬がないと聞いたときには目の前が真っ暗になりましたが」

「ちょうど煎じていたところだったのだ。まさか腫れ草の膿を、それも薄めてもいないままかぶる生徒がいるとは──夢にも思わなかったが」

思いのほか繊細な手つきで包帯を巻きつけていく彼の手さばきは慣れたものだった。彼が誰かの手当てをする姿は想像もできないけれど──。しかし彼が怪我をする要因を作っていた人間には心当たりがあって、なんとなく申し訳ない気分になった。あなたをいじめた分、しっかりお灸を据えていたのよ。そう意味のない弁明を心の中でしつつ、彼の処置に任せていたけれど、包帯の繊維が皮膚の表面を擦れた瞬間痛みが走って、「っ!」と小さくうめいてしまった。

あまり大きな声をあげたつもりではなかったのに、セブルスの、もともと似合わぬほど優しかった手つきが、余計に慎重なものになった。その上、彼が杖を振ると、痛みが和らいだのだ。思わず彼を見上げると、「ましになっただろう」となぜか言い訳をするように言った。

「ええ、とても──ありがとうございます、本当に楽になりました」

彼の優しさに、自然と笑みがこぼれた。旧友に対してグリフィンドールに対する嫌がらせをこの仕事のやりがいにしているのではないかとばかり思っていたけれど、なぜこんな親切な一面を彼らの前で見せないのか疑問だった。彼の不器用な優しさにほだされない生徒がいるんだろうか?そこでロンが一番に浮かんでしまって、慌てて取り消す。グリフィンドールにはたくさんいるのだった。

「きみが以前言っていた──」セブルスがそう切り出したので、痛みがずいぶん引いたわたしはいくぶん気を抜いたまま首を傾げた。

「怪しい人物、とは、カ──」

「ナマエ!」

セブルスの声は、医務室に駆け込んできた人物の声でかき消された。ハーマイオニーだ。

「ナマエ、大丈夫なの?…あら、先生、こんにちは」

あっという間にわたしの隣にきたハーマイオニーは、カーテンの影に隠されていたセブルスに気づいて気まずげに声のトーンを落とした。「それでは失礼する」セブルスは言いかけていた言葉をそのままに、踵を返して医務室を後にした。

「彼はどうしてここに?ああ、ナマエ…本当に痛そう。ごめんなさい。わたしの不注意よ。あなたの手がこんなことになるなんて──」

「ハーマイオニー、実はスネイプ先生の薬と呪文でずいぶん楽になったの。だから心配しないで。大丈夫よ、もう痛みもないし」

「スネイプ先生が!?…信じられないけれど、それならよかったわ──。見た目はまだ痛々しいけど…」

しゅんとした顔をするハーマイオニーの髪を、膿をかぶっていない方の手でそっと撫でて、なぐさめた。ハーマイオニーはしばらくするとしおれた様子から立ち直って、リータ・スキータへの恨みをまくしたてた。

「わたし、絶対にあの女を許さないわ…!ナマエの仇を取るつもりよ、絶対に!」

「そ、そこまで意気込まれると気がひけるわ、ハーマイオニー…。でも、復讐には賛成よ。絶対に目にもの見せてやるわ」



それから、ハーマイオニーが何やら情報収集に明け暮れつつ、数週間が経った。五月の最後の週のことだ。とうとう、ハリーにマクゴナガル女史が第三の課題のことについて、バクマンから話があると告げた。

あっという間に夜となり、ハーマイオニー、それからロンと、ハリーが帰ってくるまで談話室で、誰かが残していったハニーデュークスのお菓子をつまみながらだらだらと時間を過ごしていた。しかし、帰ってきたハリーの話で、わたしたちの様子は一変した。

「錯乱したクラウチさんがダンブルドアを探して、クラウチさんにクラムが襲われて、クラウチさんが消えて、スネイプが校長室に行くのを邪魔して、それから──ええっと」

「カルカロフがダンブルドアに唾を吐いて、ハグリッドが怒った」

ハリーの話を整理すると、全くもって情報量が多すぎて、どうにも処理しきれなかった。「シリウスに煙突飛行ネットワークで連絡を取ろうか?」とロンが言ったけれど、朝まで何もするなというダンブルドアのお達しがあったので、それも立ち消えになった。

「何かが起こっていることに間違いはないわ。ハリー、あなたに危険が迫ってるのよ」

「どうして僕が?襲われたのはクラムだ!」

動転しているハリーがわたしの言葉に反論したけれど、朝になってすぐさまシリウスに送った手紙には、全く同じ内容のことが書かれていたので、ハリーは余計に腹を立てたようだった。

「変なところに行くなって、僕に説教する資格はないはずだ!学校時代に自分のしたことを棚に上げて!」

それは、全くその通りなのだけれど──。しかし、ハーマイオニーの説得もあり、シリウスからの手紙にあった通り、“変なところへ出ていかないと、約束の手紙を送る”という言いつけを渋々守っていた。そうして、シリウスからの手紙は、こっそりわたしのところへも届いていた。

ナマエ ハリーに送った手紙はもうきみの目にも入っていることと思うが──君にも、強く頼んでおく。ハリーが変なところへ行かないよう、きみが監督してほしい。今の時期にビクトール・クラムなどと二人きりになるなど、正気の沙汰ではないことは、ナマエならよくわかってくれることだろう。ハリーが自分の立場をよく理解して行動できるよう、きみが見ていてやってくれ。私が今すぐ城へ行って彼を守れるなら、どんなにいいだろうと、歯がゆい思いをしていることをどうか汲んでほしい。きみにしか頼めないことだ。よろしく頼む。 シリウスより


ええ、もちろんわかっているわよ。彼の心配は、筆跡からも伝わってくる。あなたの大切な、そしてわたしにとってもかわいいハリーを守るために、わたしはあなたの手となり、目となるつもりよ。


それから四人での、呪文の特訓が始まった。気が引けたけれど失神呪文の相手役を請け負い、いくつかあざを作ったところでお開きとなった。第三の課題が、犯人──つまり、ムーディの皮を被ったクラウチJr.が仕掛けてくる最後のチャンスだと分かっているので、わたしはこの上なく身体中が緊張や、そのほかの複雑な思いで固まり切っていた。

「やあ、ナマエ──ハリーも」

わたしたちが教室から出てきたところで、セドリックとでくわした。彼はそう挨拶して──ロンが、「ハリーはおまけで、僕とハーマイオニーなんか見えたないようだぜ」と彼に聞こえないように囁いたので、ハーマイオニーが思い切りロンを小突いた──はにかむように微笑んだ。

「その──」セドリックがためらいがちに言葉を続けようとした瞬間、ハーマイオニーが雷に打たれたように、「わたしたち、昼食に行かなきゃ!ナマエ、あとでね!」と叫んで、ハリーとロンを連れて廊下をかけていった。そんな様子を見て、「気を遣わせちゃったな」と困ったようにセドリックが言うので、肩をすくめるしかない。

「きみがひどい目にあったって聞いて、お見舞いに行ったんだけれど──」

どうやら、ハッフルパフに噂が届くまでにスリザリンを経由したのか、わたしの腕が二、三回折れ曲がり、悪臭を放って、枯れ木のように萎れたということになっていたらしい。わたしが医務室に滞在したのなんて、ほんの一時間ほどだというのに。

「腫れ草の膿がちょっとかかっただけなの。ほら、もう大丈夫──ちょっと跡が残っているだけよ」

常人ならば、治りかけているとしても触りたくないだろうに、セドリックがためらわずわたしの手を取ったので、少し驚いてしまった。セドリックは心底心配そうな面持ちで、わたしの手を隅から隅まで眺めた。ひとつも見逃しがないように。

「ひどいことをする魔法使いがいるものだ、僕が代わってあげられたらよかったのに」

心からそう言っているのが伝わって、つい胸が温かくなる。しかし、いつまでもセドリックがわたしの手を握って離さないので、「えーっと…」と煮え切らない言葉を発しなければいけなかった。

「あ、…ごめん」

ようやく気づいたのか、セドリックは丁重に、壊れ物を扱うように手を元の位置に戻した。少々気まずい──もしかしたら、そう感じているのはわたしだけかもしれない──沈黙が流れたので、わたしは思わず新しい話題を探していた。

「そういえば、第三の課題は迷路だそうね。クィディッチ場が荒らされたって、ハリーが憤慨していたわ」

わたしがそう言うと、セドリックは「そうなんだよ!」と意気込んだ。そのあまりの熱っぽさにわたしが思わず笑ってしまうと、彼は照れたように、「いや──課題が終わったら、元通りになるそうだけど」と付け加えた。その、クィディッチへの純粋な情熱がまぶしかった。課題が終わったら、と言うその言葉が、このままでは叶わないことをわたしは知っていた。課題が終わったら、優勝したら、卒業したら──。その全てが叶わないのだ。ひとりの命がなくなるということを、こんなにも意識させられることはいままでにそうないことだった。シリウスだけを見つめ続け、他に目を向けなかったことのつけを、払っているようだ。

「セドリック……第三の課題は、今まで以上に過酷なものになるんじゃないかしら」

いっそ、今、言ってしまいたかった。棄権して、自分の身を守って、と。

「そうかもしれない。だけど、妙な気分なんだ。ナマエ、きみが僕を応援してくれてると思ったら、なんでもできる気がする──今までの課題以上に、気力が満ちているんだ。父さんと母さんにも、いい結果を見せたいし」

中庭から差す光が、セドリックを照らしている。彼は希望の中に生きている。そう象徴するように。

「……応援しているわ、セドリック。心から、あなたを応援する。あなたが課題を乗り越えられるように──無事帰ってくるように──」

セドリックが、あのときためらっていた手をまっすぐに伸ばして、わたしを抱きしめた。それは、もはや衝動を止められないと、彼自身がさとったような、そんな抱擁だった。

「ありがとう、ナマエ。きみの期待に応えるよ」

わたしはそっと、しかし確かに、彼の背中に手を回した。セドリックが、その感触に気づいて体を揺らし、そして、抱きしめる腕に力がこもったのがわかった。まるでこの世の全てから守るように、強く。あなたを失いたくない。わたしにとって、あなたは記事の中の、可哀想なホグワーツ生ではなくなってしまった。確かにここにいる。あなたの心臓の音が、聞こえている。

思わぬ手紙
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