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ホグズミードの週末が来た。

わたしはどこか落ち着かない気分のまま朝食をとり、ハーマイオニーたちと共にお出かけの準備をした。ハリーは起き抜けから気分が躍っていて、ホグワーツの料理が恋しいだろうから、と、メニューの少しずつをくすねていたけれど。

「やっと落ち着いて彼に会えるわね」

またハーマイオニーが意味深なことを言ったので、わたしは苦笑した。「まだそうやってからかうのね」わたしの言葉に、彼女は少し憤慨したように「からかっているわけじゃないわよ」と言いつつ、やはり楽しそうにわたしの様子を伺っている。

「バタービールを早く飲みたいわ」

彼女の視線から逃れるようにそう言ったけれど、実際わたしが飲みたいのは度数の強い蜂蜜酒だった。朝から妙に、嫌な予感がしていたので。



そうして、その“嫌な予感”が当たったのは、ホグズミードに着いてすぐのことだった。

「ナマエ」

最近、突然名前を呼ばれて何か良い出来事が起こった試しがない、と思いながら振り返ると、やはりそこにいたのはセドリックだった。週刊魔女を読んでいる生徒は意外に多いのか、わたしと彼の取り合わせに好奇の視線が向けられる。

「こんにちは、セドリック。何か用?」

セドリックはためらいがちに近づいてきたけれど、彼の取り巻きはおかしそうに冷やかした。そのせいでわたしは、セドリックがそれをやめさせるまで気まずい思いでその場に突っ立っていなければいけなかった。

「その…少し話したくて」

ロンが冷やかしたそうな顔をしたのを、ハーマイオニーが小突いて止めた。ハリーが「僕も一緒にいようか?」と気を遣って囁いてくれたけれど、渦中の三人が集まったら、どんな噂が流れることだろうか。わたしはこめかみに手を当て、「場所を移しましょう、セドリック」と提案した。ハリーたちには先に三本の箒に行ってもらうことにして、わたしはセドリックと共に、なるべく人目につかない叫びの館の近くへと向かった。

「ごめん、ナマエ。あの記事のことも、それからさっきも──」

忘れ去られたようなベンチに、彼は当たり前のように、ハンカチを敷いてくれる。二人で並んで座って、セドリックの弁明を聞いた。ハリーたちよりいくつか年上とはいえ、彼もまだ若い青年だった。青年にしては、ずいぶん紳士的な。少し気を回さなかったからといって、邪険にするのは気が進まないし、すべきでないことだった。

「いいえ、セドリック。友人同士で踊ったからといって、それが罪になるわけではないもの。あなたのガールフレンドを不安にさせたのは、少しいただけないけれど」

セドリックはわたしの言葉を聞いて、しばらく逡巡した後、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「ナマエ、僕は──本当は、きみに申し込もうと思っていたんだ、ダンスのパートナーを」

それはわたしを戸惑わせるのに十分な告白だった。わたしははっと彼の目を見つめたけれど、その表情が真剣で、そしてあの日と同じく切実だったので、わたしは思わず動揺してしまった。

「きみはハリーと惹かれあっていると思っていた。だから大切な友人であるチョウに、ダンスのパートナーになってもらうよう頼んだ。けれど、後からハリーがチョウに申し込んだと知って──あの夜ダンスを申し込まずにはいられなかった」

「セドリック、それは──誤解を招くような言い方だわ」

「誤解なんかじゃない」

はっきりとそう断じられて、わたしに逃げ場がなくなる。そもそも、なぜ逃げようとしているの。自分の煮え切らない態度に嫌気がさして、わたしはセドリックに向き直った。彼の気持ちが、気の迷いだと告げなければならない。彼には、“もっとふさわしい人”がいると──。図らずもあの低俗な雑誌をなぞるような言葉を頭に浮かべてしまって、気が滅入ってしまう。

「セドリック、わたしは──」

「ナマエ、お願いだから、今は返事を聞かせないで。もう少し僕に、きみに僕のことを知ってもらう時間を与えてほしい」

彼の懇願に、わたしは言葉を失ってしまった。いけないのに。気をもたせるようなことをするのは、残酷だった。しかし間髪入れず「送るよ」と立ち上がったセドリックに二の句を継げず、その後に続いた。

「──第二の課題で一位だったこと、お祝いしていなかったわね。おめでとう、セドリック」

村まで戻る間、強ばった背中を見せたままのセドリックにそう言うと、彼は少し戸惑って、しかし困ったような、はにかむような笑みを浮かべてこちらを振り返った。

「ありがとう、ナマエ。ハリーが一位にふさわしかったと思うけど、きみにそう言ってもらえると嬉しい」

飾り気のないその言葉に、彼の人柄を感じて余計に切なくなる。あなたのその優しさを一番に受け取るにふさわしい女の子は他にいるでしょう、そう告げたくなる。しかし、彼の気持ちを──願いを知った今、そう言うのははばかられた。かつてわたしがシリウスに恋をしていた時と同じように、彼もまた、切実なのだった。

「ナマエ、またきみを困らせたのはわかってる──でも、できれば、今まで通り接してほしい。僕を避けたりせずに」

三本の箒に差し掛かった頃、彼はそう言った。

「…ええ、そうするつもり。わたしは、もちろん、あなたのことも大切だと思っているし、あなたが無事に課題を乗り越えることを願っているのよ」

その言葉を聞いた彼の手が伸びて、もしかして抱きしめられるのではないかと思った。けれど彼は伸ばした手をぐっと握って、「ありがとう」とまた先ほどのように微笑むと、手を振って去っていった。わたしは彼の背中が見えなくなるまで、その姿を見つめていた。


三本の箒に入ると、奥のテーブルに彼らがいるのを見つけた。シリウスが綺麗に身支度しているせいで、よく目立つ。女性客の何人かが、シリウスに釘付けの様子だった。

「ナマエ!ここだ」

手をあげてわたしを呼ぶさまに、やはり小さな胸の高鳴りを感じてしまう。もはやこれは、条件反射のようね。

「ごめんなさい、ずいぶん待たせちゃったみたい」

ハリーがわたしの分のバタービールを頼んでくれたので、わたしは空いていたハーマイオニーの隣に腰を下ろした。彼女は詳細を尋ねたいという顔をしていたけれど、今はやめたらしい。しかし、彼女の「そのハンカチ……」という言葉で、わたしが彼のハンカチを返しそびれていたことにやっと気づいた。きまりが悪い思いをしながらハンカチをポケットに突っ込むのと、ハリーがバタービールを届けてくれたのが同時だった。

「ナマエが元気そうでよかった。第二の課題ではハリーを案じている姿しか見られなかったから」

「あの時はあまりに切羽詰まっていて──(ハリーがバツの悪そうな表情を浮かべたので、思わず笑ってしまった)、けれどハリーが無事に帰ってきてよかったわ。それに、二人の人質まで助けて」

ハリーが課題を切り抜けた話になると、シリウスは誇らしげな、憧憬の混じった表情を浮かべる。気分の高揚がわかりやすい。しかしはっと思い出したように、「そうだ、」と切り出した。

「ナマエ、きみがいない間に、ハリーに害を為そうとしている人物を検討していたんだ。きみの意見はどうだ?」

──よっぽど、アラスター・ムーディだと言いたかったけれど、わたしがそう言えば、また叫びの館での後のように、怪訝な目で見られることは分かっていた。知らないはずのことを知り、身の丈以上のことをするというのは、あまりにリスクが大きい。

「えーっと…クラウチ氏かしら。ハリーがこの前の夜忍びの地図で見かけたっていうのは、どうにも怪しいわね」

わたしが来る前にもクラウチ氏の話題が上がったようで、シリウスが深く頷いた。彼にとっては因縁の相手でもあるからかもしれない。彼を裁判にもかけずにアズカバン送りにした役人だからだ。わたしもいまだに、彼の顔を見ると思わず怒りが込み上げてくる。

「もう三時半だ、城へ戻りなさい」

時計を確認したシリウスが、そう言った。全員のバタービールが空っぽになったのも、いい頃合いだった。ハリー、ロン、ハーマイオニーが連れ立って出ていく中で、わたしはシリウスにそっと肩を叩かれて振り向いた。

「きみを心配していた。あの日ひどく取り乱していたから」

「あの日になるまで、毎日焦っていたのよ──その上寝坊をしてしまって。彼が無事帰ってきたからよかったけれど」

「ハリーなら大丈夫だ。ジェームズの息子なのだから」

その根拠のない自信に少し笑って、「ええ、そうね」と返す。村の出口への道は短い。シリウスはそこまで、わたしたちを送っていくつもりのようだ。その短い距離、あなたと手を繋いで歩けたら。あの時──湖のほとりで、重なった手。何も心配はいらないと、言葉にせずとも思いを伝えてくれた手。こんなに近くにいるのに、あまりに遠く感じる。

「そういえば──きみに関する重大な噂を耳にしたんだが」

「噂?」

くよくよとした思いに囚われていたとき、唐突にシリウスがそう言ったので、わたしは思わずその言葉を聞き返した。もっとも、考え事をしていなかったとしても、その言葉について瞬時に理解することはできなかっただろうけれど。

「きみが二人のボーイフレンドの間で揺れているという話だ」

シリウスがもっともらしく言った言葉に、わたしは思わず咳き込んだ。あまりに思い切り咳き込んだので、「大丈夫か?」とシリウスが心配そうに背中をさすってくれる。

「ど、どこでそんな話を?」

「情報源はリーマス」

きみはハリーを一心に想ってくれているものだとばかり思っていたんだがな。そううそぶくシリウスの顔を見上げると、そこには久しぶりに見た、人をからかうときのいたずらっぽい笑みが浮かんでいたので、わたしは脱力してしまった。いい大人たちが何をしているのよ。

「もちろん、信じてやいないさ。リータ・スキータの記事など、鼻をかむにも値しない──。しかしきみがさっき遅れた理由は、そのハッフルパフの坊やに会っていたからだろう?」

本来であれば──わたしが彼と同じ年齢で、三十数年同じ時を過ごした、“恋人”であれば──それは不実をなじる言葉だったろう。けれど彼は今やわたしの“保護者”であるので、むしろ面白がるような、けしかけるような、そんな響きをともなっていた。にもかかわらず、わたしは彼の恋人であるという自負を捨てきれない、側からみればばかな女なので、思わず「誤解よ」と反射的に口にしていた。

「確かに彼に会っていたけれど、シリウスが考えているようなことじゃ──とにかく──あの記事はぜんぶでたらめで──」

ふうん、とシリウスは鼻を鳴らすと、「その様子だと、告白でもされたな?」と顔を覗き込んでくる。

「な、っ!」

思えば、昔から彼に隠し事をできた試しがなかった。それはお互いさまだったのだけれど、しかし、今それを発揮されるのは、わたしをずいぶん困らせた。わたしが口ごもったのを、肯定だと悟ったのか、彼はもう一度鼻を鳴らして、「そうか」とだけ言った。それがどういう意味でこぼされた感想なのか読み取れず、わたしはもっと弁明をしたい気分になったけれど、何を言っても口を滑らせそうで、ただ黙るしかなかった。そもそも、彼とわたしの間に弁明をする必要性すら存在しないことも、わたしの心を重くさせた。

「きみはまだ若いのだから、恋愛のひとつやふたつ、何ら恥じることはない」

じゃあどうして、目を合わせてくれないの。そうなじりたかったけれど、それはできなかった。「それに、」彼が付け加えるようにして言う。

「きみはかわいい女の子だから、惹かれるのは当然のことだ」

やっとこちらを向いてくれた彼は、そっとわたしの髪を撫でる。若さへの憧憬とも取れる表情を浮かべた彼の手を受け入れ、けれど赤くなっているであろう頬に言及されたくなくて、すぐにうつむいた。親代わりのような存在としての、親愛からの言葉であることはわかっているのに、どうしようもなく胸を締め付けられて、たまらない。たった一言、あなたにかわいいと言われただけでこんな風になる心臓がにくかった。監獄の中でずいぶん長い時間を過ごしたせいで、彼はまだ20代の青年のような瞳をしている。まるでそれにあてられたように、わたしの心も青春時代の頃と同じく、揺らされている。

「ナマエ!シリウス!」

少し距離が離れた場所から、ハリーがわたしたちを呼んだ。シリウスはそれに片手をあげて応え、「じゃあ、また。次に会うのは第三の課題の時になるだろう」と言った。お別れのハグをわたしとハリーに送り、ハーマイオニー、ロンと握手を交わして、わたしたちから見えなくなるまで、彼はそこで見送ってくれていた。



「ねえ、ナマエ」

「なあに、ハーマイオニー」

ホグワーツへと帰る道、ロンとハリーがチェスの話で盛り上がっている後ろで、ハーマイオニーが声を落としてわたしを呼んだ。

「あなた、シリウスと何を話したの?ずいぶん話し込んでいたけれど」

「…………秘密」

ハーマイオニーはわたしの返事に不満そうな顔をして、「おやすみを言うまでに全部話してもらいますからね」と恐ろしいことを言った。「あなたにそんな顔をさせるのは、シリウスしかいないのね」付け加えられた言葉に、恐々としつつ、心なしか足早になるのだった。

週末、ホグズミード
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