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呪文学の授業は、追い払い呪文の練習の真っ最中だ。しかし、わたしたちの目下の関心事はハリーが体験した昨晩の出来事だった。

「夜の廊下でスネイプとフィルチに囲まれて無事に帰ってくるなんて、それが第二の課題だって言われても僕は信じちゃうな…」

「ムーディが来てくれて命拾いしたわね。それにしても、彼がスネイプのことを疑っているなんて驚きだわ」

ロンとハーマイオニーの言葉に頷きつつ、わたしはセブルスの“寝巻き姿”というのに興味津々だった。数年来の友人とはいえ、からかいたい時がないわけではないのだ。その場にわたしがいれば…と思わなくもなかったけれど、次こそ補修なんて生ぬるいものでは済まないだろう。刺激されたいたずら心はそっとなだめておくことにする。

「それにしても、クラウチの動きはおかしいわね」

セブルスの話題がどんどん悪い方へと向かっていくのを止めるように、わたしはそう言った。

「確かにそうよね。ダンス・パーティーには来れられないのに、真夜中、スネイプの研究室に忍び込むなんて。妙な話だわ」

「スネイプがそれだけ怪しいってことだよ」

ロンとハリーはまだセブルスの過去について話したい様子だったけれど、ちょうど授業が終盤を迎え、まだ課題をこなしていない生徒への追い立てが始まったので、それどころではなくなってしまった。



それからは、ハリーがどうやって二月二十四日を乗り越えるかについてで、わたしたちの頭はいっぱいになっていた。過去のわたしはハリーがどうやって課題を切り抜けたかについて、預言者新聞で読んだだけだったので、詳細を知っているとはとてもいえなかった。そのため、手助けをすると言っても、ロンやハーマイオニーと何ら変わらない立場だったのだ。

わたしたちは図書室の本の山に埋もれながら、さまざまな手段を使って──禁書の棚を利用する許可をもらったり、マダム・ピンスに助言を求めたり──探し尽くしたけれど、ハリーが水中で一時間生き延びる方法を見つけることは叶わなかったのだ。

あと一週間、あと三日、と迫ったところで、わたしまで食事が喉を通らなくなるほど追い詰められていた。ハグリッドが捕らえたかわいらしい一角獣の赤ちゃんでさえ、わたしの気を引くことはできなかった。唯一、シリウスがハリーによこした次のホグズミードの日を尋ねる手紙くらいだ。来週の週末、とハリーが返すのを横目で見ていたわたしは、シリウスからの手紙でさえ希望のかけら程度にしかならないことに少しばかり絶望していた。かわいいハリーがあの深い湖でぷっかりと浮かぶところを決して見たくはないという気持ちだけがわたしを突き動かしていた。

躍起になって探していると、突然本棚の影からフレッドとジョージの双子が現れた。あまりにそっくりなので、わたしはいまだに彼らの区別を完璧につけられていない。

「マクゴナガルが呼んでるぞ。ロン、ハーマイオニー」

まだ方法が見つかったとは到底いえなかったので、戦力がいなくなることにわたしたちは動揺していた。しかしマクゴナガル女史に逆らうわけにもいかない。土気色になるまで血が引いたハリーの様子に、「大丈夫よ、きっと方法は見つかる。二人で頑張りましょう」と声をかけつつ、そんなことを言いながらひとつも見つかる気がしていない自分に嫌気がさすのだった。

時はかたまりのようにあっという間に過ぎていった。マダム・ピンスに図書室から追い出され、とうとう打ちひしがれたハリーの様子に、よっぽどわたしが代わってあげたいと思う。

「僕、もう一度図書室に行ってくるよ」

談話室で透明マントを抱えそう言ったハリーに、「わたしも行くわ」と言ったけれどナマエは寝ていて、と言い含められ、彼を見送ることしかできなかった。



「ハリー・ポッターのご友人様!ハリー・ポッターのご友人様!」

なかなか眠れず、ほとんど明け方になってうとうととし始めたわたしをけたたましい声で起こしたのは、ハリーと親しい屋敷妖精の、ドビーだった。

「もう二十分で第二の課題が始まってしまいます、お嬢様!」

「何ですって!」

わたしは震えながら飛び起きた。周囲のベッドには誰もいなかった。わたしは動揺でこぼれ落ちそうになった涙をこらえて、「ハリーはもう会場にいるのね?」と尋ねた。しかしドビーは首をぶんぶんと振って、「ハリー・ポッターの姿がどこにも見えないのです」と答えた。

「ドビーはハリー・ポッターを探しています!お早く見つけないといけないのです!」

「きっと──きっと図書室だわ!徹夜で本を探していたのよ!」

それを聞くなり、ドビーはパチンという音を残して姿を消した。わたしは慌てて寝巻きから着替えて、彼を追って図書室に向かったけれど、喧騒の跡を残したまま、そこには誰もいなかった。

これほど走ったのは久しぶり、というほど廊下、それから湖までの原っぱを駆け抜けたわたしは、ハリーが湖の岸に立っているのが見えた。『遅すぎたなら そのものは もはや二度とは戻らない──』ハリーが聞いたという卵の言葉が、脳裏を走る。ハリー、ハリー!わたしはたまらない思いでそれを見つめた。あなたは課題を切り抜ける方法を見つけたの?それだけを教えてくれたら、こんなに切り裂かれるような思いをしなくて済むのに!

そんな願いは届かず、ハリーは他の選手と同じように、水の中に入っていった。あまりに急がせ過ぎた足が力を失って、その場に膝をつく。体が震えるのを止められなかった。

「ナマエ」

そんなわたしを見かねたように、観客席が作られた方向からこちらへ歩いてくる人がいた。その声は違えることができない。シリウスだ。

「シリウス、シリウス…。彼、大変なことになるかもしれない…どうしよう。彼が溺れてしまったら…」

座り込んだわたしを抱き抱えるようにして起こしたシリウスに縋り付くようにしてそう泣き言を言ったわたしを、シリウスは少しためらって、しかししっかりと抱きしめた。

「大丈夫だ、ナマエ。心配することはない──あのダンブルドアがハリーをみすみす死なせるわけがないだろう?水中人とは話がついているはずだ」

言い聞かせるようにそう話すシリウスの顔を思わず見上げると、きっとひどい顔をしているというのに、それをおくびにもださず、シリウスはわたしの頬を流れる涙を拭った。

「ナマエ、安心しなさい。万が一のことがあったら、私が命に代えてでもハリーを守る」

穏やかな、しかし決意をたたえたその言葉に、わたしは余計に苦しくなってシリウスの胸に頬を埋めた。ひどい。それは、ハリーの友人に対する言葉としては、完璧なものだった。しかしあなたを何度も喪った、恋人に対するものとしては──。今やどちらでもなく、どちらでもある、そんなあいまいな立場に立っているわたしにとって、それはただただ胸の痛みを増す言葉でしかなかった。

「……ええ、あなたがそうするのは、よく知ってる──」

わたしの小さな呟きが、シリウスに届くことはなかっただろう。けれど、シリウスは飽くことなく、わたしをなだめるように抱きしめ続けてくれていた。

しばらくすると、わっと会場が湧いた。その歓声に、わたしもシリウスも、はっと振り向く。そしてお互いに顔を見合わせて、足早に会場へと向かった。

「誰が戻ってきたの?!」

血相を変えて駆け込んできたわたしにグリフィンドールの面々は驚いていたけれど、双子のひとり──多分、フレッドだ──が「セドリック坊やだ」と残念な様子を隠そうともせず言った。確かに、グリフィンドール以外の寮生たちは、飛び上がるようにして喜んでいる。

岸にたどり着いたセドリックは、チョウの肩を抱いて水の中から陸へと上がった。祝福の声は天を衝くようだ。わたしはグリフィンドールたちと一緒に彼らへ拍手を送ったけれど、チョウの姿を見て、やっとあの歌の意味を悟ったのだった。ロン、それからハーマイオニーは──。ダンブルドアがみすみす死なせるわけがない、それはよく分かっているというのに、わたしの胸が晴れることはなかった。

それから、水魔に襲われたどり着けなかったフラー、ハーマイオニーを抱えたクラムが次々と返ってきた。しかしハリーの姿はまだない。祈るように観客席の柵を掴むわたしの手に、そっと大きな手が重なった。冷え切った肌に、その手は燃えるように熱かった。シリウスがわたしを安心させようと、目を合わせて穏やかに微笑む。「あ、」と誰かが小さな声を上げた。その瞬間、ルード・バクマンの拡大された声がけたたましく鳴り響いた。

「ハリーだ!ハリー・ポッターです!ハリー・ポッターが帰ってきた!」

「ああ!本当に……!」

わたしは感動のあまりシリウスに抱きついてぎゅっと抱きしめると、岸に向かって駆け出した。そこにはバスタオルを何重にも巻かれたハーマイオニーもいて、彼女とも力強く抱擁を交わす。

「ハリー、あなたって本当に素晴らしいわ!わたしはあなたが誇らしい。最高よ!」

びしょ濡れのハリーを強く抱きしめて、頬にキスを贈る。「ああ、ナマエ…」疲労困憊のハリーは、それを戸惑ったように受け止めながら、なだめるようにそっとわたしの背中に手を回した。

「わたし、本当に…もうだめかと思ったわ」

「ナマエ、僕もいるんだけど…」

そう言うロンのことも強く抱きしめて、「本当によかった」、とこぼす。

「誰が何と言おうと、あなたが一位よ、絶対に──」

わたしのその確信は、カルカロフのおかげで実現しなかったものの、ハリーは第二位という素晴らしい成績を残して、第二の課題を終えたのだった。



第二の課題の話題がだんだん収まってきた三月、ハリーへの手紙が届いた。シリウスからだ。

「『三本の箒で会おう』──これって、ホグズミードの日にシリウスが来るってこと?」

ハリーは嬉しさを隠しきれない様子でそう言った。第二の課題の後、グリフィンドールや彼がフラーの妹を救ったことを知った他校の生徒たちに囲まれ、シリウスと話す機会はついぞなかったのだ。輪の外でその様子を見守っていたわたしに、「また近いうちに」と言ったのはこのことだったのか、と納得して、「よかったわね、ハリー」と声をかける。

彼にとっては地獄と同じらしい魔法薬学の授業も、今日の彼にとっては心躍るものになったようだった。しかし、そんなわたしたちに、パンジーが面白がるように雑誌を投げてよこした。「週間魔女」という(わたしに言わせれば低俗な)、主婦の魔女に人気の雑誌だ。

クィディッチ・スターたちの密やかな胸の痛み…?何よこれ?」

ハリーのカラー写真の上に踊ったタイトルに、わたしとハーマイオニーは眉を寄せた。




 他の少年とは違う。そうかもしれない──しかしやはり少年だ。あらゆる青春の痛みを知る頃合いだ。両親の愛を知らないハリー・ポッターは、ハーマイオニー・グレンジャーというガールフレンドを得て、安らぎを得ていたように見えたが、野心家な彼女はハリー・ポッターという有名人だけでは飽き足らなかった。ビクトール・クラムがホグワーツに来て以来、二人の愛情を弄んできた。クラムはすでに、ハーマイオニーに対し夏休みブルガリアを訪ねるよう招待している。
 そんな胸の痛みを経験したハリー・ポッターはもう一人の女子生徒に安らぎを求めた。ナマエ・ミョウジである。ダンス・パーティーのパートナーとしてこまどりのようにかわいらしいダンスを披露した二人だったが、驚くべきはその後である。ナマエ・ミョウジはハリーを残し、ホグワーツのもう一人の代表選手であり素晴らしい箒の乗り手であるセドリック・ディゴリーと親密なダンスを惜しげもなく見せつけた。
「愛の妙薬を使ったのよ」四年生のパンジー・パーキンソンはそう言う。
「あの二人は魔法薬学にかけてはガリ勉だから。多分、そうしたのよ」
愛の妙薬はもちろん、ホグワーツで禁じられている。素晴らしいクィディッチ・プレイヤーたちがふさわしい相手に心を捧げることを、願うばかりだ。




「だから言ったじゃないか!リータ・スキーターはハイエナだ!君たちのことを緋色のおべべ扱いだ!」

あまりの書きように言葉を失っていたけれど、ロンのその言葉にわたしとハーマイオニーは思わず吹き出した。スリザリンの生徒たちがわたしたちのショックを受けた顔を見てやろうと、セブルスそっちのけでこちらを見つめていたけれど、肩をすくめて返す。

「ばかばかしいわね」

「本当に。だけれど、一つだけ疑問があるの。どうしてビクトールがわたしをブルガリアに誘ったことを知っているかってことよ。湖でそう言われたの。けれど、あの場にリータ・スキータはいなかったはずなのに…」

「吾輩の授業で、そのような話はご遠慮願いたい。グリフィンドール、十点減点」

いつの間にか後ろに立っていたセブルスの、冷え切った声が聞こえた。セブルスはわたしの前に置いてあった週間魔女を取り上げると、陰険にもその記事を読み上げ始めた。わたしは思わずため息をついて、彼の朗読から注意を逸らした。聞いていたって仕方がないもの。

「ウィーズリー、あちらのテーブルに移れ。グレンジャー、パーキンソンの隣だ、そしてミョウジはマルフォイの前に。ポッターは吾輩の机の前へ。痴情のもつれをこれ以上起こされてはたまらないものでね」

ハリーを“特等席”に招待したセブルスは、とことん彼をいたぶるつもりらしかった。ハリーは怒り心頭だったけれど、最後まで我慢していた。よっぽどわたしの方が口を挟もうかと思ったくらいだったけれど、結局ツケを払うのはハリーだということはわたしにもわかっていたので、ただ黙々と、課題を終わらせることに集中した。こんなふうに物分かりがよくなるなんて、大人になるものじゃないわね。そう思いながら。

第二の課題
「#エロ」のBL小説を読む
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