▼ ▼ ▼

「さあ、行きましょう。パートナーが待ってるわ」

クラムがハリーとの待ち合わせ場所とは別の場所で待っていると言うので、わたしたちは一時別々に行動することとなった。わたしを待っていたハリーは「本当にきれいだ」なんてあんぐりと口を開けてうれしい反応をしてくれたので、わたしは思わずほほ笑んで、「ありがとう」と彼の腕にそっと手を絡めた。

「ハーマイオニーはどこ?」

隣のかわいらしいパーバディを尻目に、ロンはそんなことを言って周囲を見回している。わたしはその様子を見て苦笑した。ハーマイオニー、鈍感なあなたの男の子は、まだまだ子どもみたい。

「代表選手はこちらへ!」

クラム、フラー、それからセドリックが集まった場所へ、ハリーも合流した。セドリックの隣にはチョウがうつくしいドレス姿で寄り添っている。わたしを見とめた彼が少し目を見開いたように見えて、わたしは小さく首を傾げた。

「ねえ、あの子って…」

ハリーが驚いたようにクラムの隣の女の子を指さしたので、思わずそちらに目を向けた。完璧なシニヨンは、小一時間かけただけのある、美しい仕上がりだ。

「あなたたちが気づかなかった可愛い女の子よ」

わたしがちょっぴりいじわるを言うと、ハリーは少し気まずげに、しかしハーマイオニーにはっきりと、「とってもきれいだ」と賛辞を送った。今日の磨きのかかったハーマイオニーには、あのドラコ・マルフォイでさえ粗探しをすることもできず、唖然とした顔のまま通り過ぎていったので、それは当然のことかも知れなかった。

代表選手の踊りが始まると、最年少のため一番最後になったハリーはガチガチに緊張していた。何度も足を踏まれて「ごめん」と心底申し訳なさそうに謝られたけれど、そんなハリーを「大丈夫よ」とリードしながらなんとか踊り切った。

「ナマエ、どこでダンスを覚えたの?」

二曲目に入って、少し調子を取り戻したハリーがそう囁いたけれど、あなたの名付け親仕込みよ、とも言えず「ひみつ」と返すことしかできない。粗野に見えておぼっちゃまの彼と、天文台の上で彼の好きなマグルの音楽を流しながら踊った夜は、数えきれなかった。あの頃に戻れるなら、わたしはどんな代償だって払うだろう──。

あっという間に三曲踊り終わって、すっかり疲れ切った様子のハリーは「休憩しよう」とわたしをホールから連れ出した。きっともう戻りたがることはないわね。そう判断して、「飲み物を取ってくるわ」とぐったりしているハリーに告げた。「僕が行くよ」とわたしを座らせようとする彼に首を振る。

「いいの、ちょっと涼しいところに行きたいし」

ちょうどロンもまた、疲れた様子でハリーの隣に座ったので、初めてのパーティに気疲れするタイミングだったらしい。彼の隣のパーバディは、まだ踊り足りないように見えるけれど。

わたしが冷たく冷やされたかぼちゃジュースを4杯分トレーに乗せると、すっとそれをわたしの手からとる人がいた。

「セドリック!」

驚いて振り向くと、長身の彼を見上げる形になる。

「これはハリーたちの分?運ぶよ」

「それはありがたいけれど……パートナーは?」

セドリックが視線を送った先には、レイブンクローの女子生徒に囲まれてガールズトークに花を咲かせているチョウの姿があった。チャイナ・ドレス風のかわいらしい装いは、彼女のうつくしさをきわだたせている。ハリーが夢中になるわけね、と納得していると、セドリックがわたしの顔を覗き込んだ。

「ああいうわけで、僕が出る幕じゃないんだ。だから君のパートナーのところまで送らせてくれる?」

彼がちょっと気取った風にそう誘うので、わたしは思わず吹き出して、「ええ、よろこんで」と返した。

「ナマエはダンスも上手なんだね」

人混みの中を上手にセドリックがエスコートしてくれるので、わたしは難なく来た道を戻ることができた。

「そう?あなたたちこそ、ほんとうにきれいだったわ。お似合いね」

ハリーには悪いけれど、心から思ったので、そう口にする。すると、セドリックが少し顔を曇らせたように見えたので、わたしはまた首を傾げた。

「…ナマエたちもとてもきれいだったよ。きみと踊りたくなるくらい」

「え?」

その呟くような声は、喧騒の中でもわたしの耳に届いた。わたしが聞き返したのは、その言葉の意味だった。彼はためらうように逸らしていた視線を、今度はしっかりとこちらへ向けた。

「ナマエ、きみと踊りたい」

あまりに真剣な声だったので、あいまいにすることができなかった。ちょうどハリーたちに近づいていたところだったわたしの耳に、ロンとハーマイオニーが言い争う声が聞こえる。止めなきゃ、そう思うのに、彼の瞳がわたしを離さなかった。かぼちゃジュースを渡して、仲直りさせる機会が失われたのを、わたしはすぐそばで悟った。

「セドリック、あの──」

「一曲だけ」

近くにいたシェーマスにトレーを預けてそう囁いたセドリックは、わたしの手をそっと引いてダンスを踊るカップルたちの中へと引き込んだ。噂好きなグリフィンドール生が、明日にはわたしと彼を話題にするだろう。それがわかっているのに、わたしはセドリックのリードに合わせて、体を揺らしていた。

「きみがハリーと踊るのはわかってた」

周囲はみなお互いのことだけを見つめていて、ほとんど囁き声のように話す彼の言葉を気に留めるひとはいなかった。

「だけど一曲だけ、こうしていたかったんだ」

わたしたちを隠す垣根のような人だかりの中で、こちらを見つめる瞳に気づいてしまったわたしは、しかしそれを見つめ返す勇気もなく、セドリックの腕の中でうつむいていた。あなたに恋している女の子を放って、私と踊っていちゃだめでしょう。彼にそうたしなめる勇気もないまま。

そして、まるであの頃を知っているかのような──違うパートナーと踊っているわたしのうしろめたさを見透かすような目を向ける、パーティーに似つかわしくない黒衣の友人からも、目を背けたくて。

歯切れの悪いダンス・パーティーは、こぼれ落ちるような熱狂を残したまま、お開きになった。



ロンとしこたま喧嘩をしたハーマイオニーは、しばらくの間彼と口を聞きたくない様子だった。わたしはハーマイオニーの言うことが全くもって正しいと思っていたのでそれはよかったのだけれど、ハーマイオニーの気が全てわたしに向いたので、それはそれで少し参ってしまった。

「ねえ、セドリックはあなたに、とっても、気があるんだわ」

このセリフを、何度聞いたことか。ただの友人なのよ、と言い含めても、彼女の気は変わらないらしい。その上、いつのまにか現像した写真をわたしの前に十数枚並べて、シリウスに送るものを選ばせようと躍起になっている。

「こうなったら、もう全部送るっていうのもありね…」

なかなか選ぼうとしないわたしに彼女がそう言い出したので、わたしは慌ててハーマイオニーと並んで写っている適当な一枚を選んで、彼女が納得するよう目の前で手紙を書き、写真を添えた。なんだか複雑な思いを抱いてしまったせいで、写真を送るのも気が進まなくなっていたのだけれど、とうとう根負けしたのだった。

シリウスと、それからドレスを送ってくれたリーマスにも、お礼の手紙を送るためにフクロウ小屋でフクロウを選んでいると、いつの間にか現れたハリーが、ヘドウィグに頼もう、と彼のフクロウを差し出してくれた。どうやらわたしに言いたいことがあってきたらしい。

「実は、ダンス・パーティーでチョウと踊ったんだ」

「そうだったの」

どうやら、わたしがセドリックに寮まで送り届けてもらった後の出来事らしい。

「セドリックが君にダンスを申し込んだから、きっとその代わりだろうけれど…でも、ナマエがセドリックと踊ってくれたから、チャンスが巡ってきたんだ」

「あなたが勇気を出してチョウに申し込んだから、その結果よ。よかったわね、ハリー」

ハリーが憧れのひとと踊ることができて、わたしは心からうれしかった。そっと彼の、ジェームズにそっくりな髪を撫でると、彼は少し照れたようにうつむいた。

「そうしたらその後、会場に戻ってきたセドリックが第二の課題のヒントを教えてくれたんだけど、それが妙なんだ。ドラゴンの卵を持って、監督生の浴場に行け、だって」

「あの金切り声をあげる卵を?うーん…それは確かに妙だけれど、あなたがドラゴンのヒントをあげたお礼じゃないかしら?第二の課題までもう日も少ないし、今日にでも試してみるべきよ、ハリー。ドラゴンみたいに、対策を考える時間も必要かもしれないから」

ハリーは恋敵から得たヒントに迷っている様子だったけれど、しばらく逡巡した後、「わかった、今夜にでも浴場に行ってみる」と意気込んだ。彼にしてみれば、ハグリッドをはじめとする周囲の期待に応えたい気持ちも大きいのだろう。グリフィンドールの監督生だった頃を思い出して、あの頃と同じだったら、行く価値のある素敵なところよ、と付け加えたい気持ちをこらえて、「また結果を教えてね」と励ました。

「じゃあまたあとで。ヘドウィグがすぐ返事も届けてくれると思うよ」

飼い主にそのスピードを保証されたフクロウは、優しい声で鳴いて、空へと飛び立っていった。この返事は、遅くても構わないのだけれど…。そんなことを思いつつ、フクロウ小屋をあとにした。

「ナマエ」

そんなわたしを呼び止める小さな声が聞こえて振り返ると、そこにはチョウ・チャン、それから彼女の付き添いらしい女子生徒がいた。今の時点で、チョウ・チャンとの接点はなく、彼女がハリーの思い人だということしか知らなかった。その上、この前のダンス・パーティーで、少しばかり一方的な気まずさを感じたばかりだったので、この出会いはわたしにとって歓迎されたものではなかった。その上、もし彼女の隣にいる少し気の強そうな女子生徒が、わたしが知っていなければおかしい相手だったら、この上なく困った状況になってしまう。今まで誰にも疑われることなく過ごせていたのは、友人たちのおかげだったというのに──当のハリー達には何度も怪訝な顔をされたにしろ──。

「こんにちはチョウ、それから、えーっと…(「マリエッタよ」と女子生徒が言った)マリエッタ。何か?」

彼女たちの表情を見るに、ハニーデュークスのお菓子が余ったからあげるわ、なんて親切な申し出をしてくれる訳では決してないようだ。むしろ、チョウの隣のマリエッタは、ゾンコのいたずらグッズの一つや二つ仕掛けてもいい、と言いたげな顔をしている。なまじ恋人だった男の顔がいいばかりに、こういう勘だけは鋭いのだった。

「その──突然声をかけてごめんなさい。少しだけ時間をもらえる?」

あくまで友好的な姿勢のチョウに対して、隣のマリエッタは焦れている様子だ。「ええ、もちろん」とわたしが答えると、チョウは少しためらった後、

「この前のダンスパーティーで、あなたとセドリックが踊ったこと──一度あなたとセドリックの関係を尋ねてみたほうがいいって友人に言われて」

いじらしく、わたしの返答を待つ彼女を前に、わたしはうっかりセドリックに対して憤りを感じてしまっていた。自分のガールフレンドに対しての説明くらい、自分でしたらどうなのよ、なんて。けれどあの時ダンスに応じた時点で、わたしも共犯なのだった。心の中でため息をついて、わたしは弁明のための口を開いた。

「チョウ、きっとわたしたち誤解があるのね。彼にはクィディッチのワールドカップで話して以来気にかけてもらっていたけれど、あなたが思うような関係ではないわ。彼にとってわたしはただ年下の、ハリーと親しい女の子ってだけ」

「…じゃあ、セドリックはどうしてただの知り合いの女の子のあなたとダンスを?」

マリエッタが割り込んでそう尋ねた。シリウスに鍛えられた女の子に対する口八丁さも、今回ばかりは分が悪かったらしい。

「それは…「それは、僕がナマエに頼んだからだよ」

わたしが答えに窮したところで、重ねるようにして答えたのは、なんとハリーだった。

「ハリー?どうして?」

チョウもマリエッタも、突然現れた人物に目を丸くしている。わたしだってそうだ。

「きみと踊るチャンスがほしくて、セドリックと知り合いだったナマエに頼んでダンスを踊ってもらったんだ。卑怯なことをしてごめん。ナマエへの誤解を解いてほしい」

ハリーの言葉に、チョウもマリエッタも納得した様子だった。むしろチョウにいたっては、ハリーの言葉に少し頬を赤らめている。

「ナマエ、本当にごめんなさい。変なことで問い詰めて」

「いいえ、わたしこそ」

そんなやり取りの後、去っていった二人の姿が見えなくなるのを待って、「ハリー、どうしてあんな嘘を?」と尋ねた。

「チョウとマリエッタが深刻そうに君の方へ向かうのが見えたから少し様子を見ようと思って戻ってみたらあんな会話をしていたから。役に立てたかな?」

「少しどころじゃないわ…英雄的行いよ」

ハリーが庇ってくれたことに心の底から感動してしまって、わたしは彼のくしゃくしゃの髪を思い切り撫でた。彼は照れ臭そうにそれを受け止めて、肩をすくめる。

「さっきの僕、チョウにダンスを申し込んだ時よりはましだったと思うんだけど、どうだろう」

「チョウのあなたを見つめる目、ちゃんと見た?ましどころか、大躍進よ」

ジェームズの息子に窮地を救われるなんて、世の中何が起こるかわかったものではないわね。もうこんな時間だし夕食に行こう、という彼の誘いに乗って、わたしはようやくフクロウ小屋をあとにした。

クリスマス・ダンスパーティー
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -