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「ポッター!ウィーズリー!こちらに注目なさい!」

突然の叱責に、名前を呼ばれてもいないわたしとハーマイオニーさえ、びくりと体を震わせた。「授業中になんてことをしているのかしら」ハーマイオニーの呟きに苦笑しつつ──(学生時代、恋人の素行がたいへん良かったとは、到底言えなかったので)マクゴナガル女史のおそろしい眼力がこちらを向かないよう、心なしか体を縮めた。

「みなさんにお話があります」

彼女のその言葉に、騒がしかった教室が途端に聞き耳を立てて静まり返った。教室の後ろでふざけていたロンとハリーでさえ、叱られた罰のわるさを引きずったまま、わたしたちの隣に座って「一体なんの話だ?」と囁き合った。

「クリスマス・ダンスパーティーが近づいています──。三大魔法学校対抗試合の伝統でもあり、他校の生徒と知り合う機会でもあります」

まるで水を得た魚のように、教室中が──特に、女子生徒がいろめきだった。「ダンス・パーティーですって?」隣のハーマイオニーだけが怪訝な顔をしている。さまざまな反応で騒然とする教室の中で、わたしは何年も前の学生時代のことに思いを馳せていた。もし、あの頃にクリスマス・ダンスパーティーがあったなら。わたしは当然、シリウスと参加していただろう。卒業式後のパーティーで見た彼のドレスローブ姿は、とても──素敵だった。彼の端正な容貌が際立っていて、思わず見惚れてしまったほどだ。そんなわたしを照れ隠しにからかいながら、「きれいだ、ナマエ」と耳元でささやいた彼の声を、今でも鮮明に思い出せる。

「ちょっと、ナマエ。もう授業は終わったわよ」

結局そうハーマイオニーが声をかけるまで、わたしはあの頃の思い出に浸ってしまっていたのだった。


それから数日間は、廊下や教室、大広間のあちこちで、若者のロマンス(こういうと、自分が年をとっていると改めて感じさせられる)が繰り広げられていた。代表選手であるハリーなど、名前も知らない女子生徒たちにパートナーを申し込まれ続けている。ダンスパーティーの話題以来、なんとなく男子生徒は男子生徒同士、女子生徒は女子生徒同士で固まって行動しているように見えた。

「ナマエ、わたし──」

ハリーとロンは、今朝、談話室に戻ってくるまでに女の子を調達してくる、などと言って出て行った後だった。そんな彼らを複雑そうな瞳で見送ったハーマイオニーが、深刻そうな表情でわたしにそう持ちかけたのは、昼食をとっている大広間でのことだった。

「実は、ビクトール・クラムにダンスの相手を申し込まれたの」

「ええっ?!」

わたしがあまりの驚きに大声をあげたので、ハーマイオニーが慌ててわたしの口を塞いだ。彼女は周囲の視線が落ち着くのを待って、声を落として続けた。

「驚いたでしょう、わたしだってそうなの──。彼がわたしに、その──」

「気があるなんて?」

可愛らしい瞳で、ぎろりと睨まれる。ひとつも怖くなんかないのに。そんな彼女が可愛らしくて、思わずくすくすと笑ってしまう。余計に深くなる眉間のしわを指先でそっと伸ばして、「驚いたけれど、少しも意外じゃないわ──」と告げた。

「あなたほど魅力的な女の子はなかなかいないもの」

「でも、彼らはわたしに申し込もうなんて、かけらも思っていやしないわ」

ハーマイオニーの言う“彼ら”が、大切な友人であるあの二人、そして彼女の思い描くひとが誰かも、普段の視線から解ってしまって、わたしは彼女に気づかれないように目を回した。いつだって、男の子は女の子の成長を追いかけるばかりね。

「それで?当然オーケーしたんでしょう?」

わたしがそう尋ねると、ハーマイオニーは小さく首を振った。

「少し考えさせてちょうだい、って言ったわ。ナマエに相談したくて」

「浮かない顔ね、ハーマイオニー。どうしたの?」

わたしたちの後ろからそう声をかけてきたのは、ロンの妹、かわいらしいジネブラ・ウィーズリーだった。とっさに口をつぐんだハーマイオニーを横目に、わたしは肩をすくめて言った。

「ハーマイオニーったら、“素敵な”ダームストラングにダンスを申し込まれたのに悩んでるみたいなの」

わたしがそう言うと、ジニーはまあ!と顔を明るくした。女の子はこういう会話が大好物なのだ。

「実はわたしも、さっきネビルに申し込まれたのよ。どうしてもパーティーに行きたかったから、オーケーしたの…。四年生になっていないと、パートナー同伴じゃなきゃ参加できないでしょう?」

わたしは少しばかりネビルに、それから淡い片思いの相手がいるジニーにも同情しながらその話を聞いていた。甘酸っぱいティーンの恋愛話に胸がいっぱいになりそうだった。

「ねえ、ハーマイオニー、何を悩むことがあるの?気になる男の子がいるわけじゃないんでしょう?」

将来有望な赤毛の少女は、そう言ってハーマイオニーの手を握った。遠く離れた雪国の男の子とのロマンスに、胸を焦がしているらしい。その熱量に負けたのか、ハーマイオニーは「分かったわ」と小さく頷いた。

「返事をしてくるわ、勇気をくれてありがとう」

ぶんぶんと首を縦に振って「その意気よ!」と息巻くジーニーの隣で、わたしは微笑んだ。若い頃はたくさんのロマンスに身を委ねるべきよ。そう言ったら、また「大人ぶって」とハーマイオニーに言われそうなので、胸の中でつぶやくだけにする。わたしのティーンは一人の男の子に捧げたというのに。

ハーマイオニーがその場を去った後で、ジニーがそういえば、とわたしに向き直った。

「ナマエ、あなたは?もちろん引く手数多なんでしょうけれど」

その言葉に、わたしは肩をすくめた。実は、マクゴナガル女史の宣言以来、何人かの男の子には、冷やかしも含めて声をかけられていた。(なんと、あのルシウス・マルフォイの息子にも!)しかし、なんとなく気がとがめて、すべて断っていた。わたしのことをすっかり忘れている恋人に操をたてるなんて、と思わなくもないけれど、やっぱりあの大広間で踊りたい相手は、たったひとりしかいないのだった。

「壁の花になるかもね」

「信じられない!ナマエ・ミョウジが壁の花ですって?賭けてもいいわ、そんなことが起こったらきっと、大広間の天井からアマガエルが降るわよ」

大袈裟なジニーにくすりと笑って、わたしたちは次の授業が始まるまで、おしゃべりに花を咲かせた。彼女の目下の関心ごとが、ハリーのダンスの相手だということだけが収穫となった。


その日の暮れ、談話室での話題は、ロンがフラー・デラクールに雄々しく──もちろん、比喩だ──ダンスの申し込みをしたこと、それからまだハリーのダンスの相手が決まっていないことだった。やさぐれたロンが「そういえばハーマイオニーはれっきとした女の子だった──きみが僕たちの二人のどちらかとパーティーに行けばいい!」と言うので、そのあまりの言い草にわたしまで冷たい視線を送らずにはいられなかった。

「ジニーがハリーと、それからハーマイオニーが僕と行けばいいんだ。ナマエはもう相手が決まってるだろうから」

「失礼ね、ロン。今名前をあげた女の子たちで相手がいないのはわたしくらいよ」

わたしがそう言うと、論は心底ショックを受けた顔をしてハーマイオニーとわたしを交互に見た。

「ありえない。僕たちが君たちを最初に誘わなかったからって、そんな冗談はよしてくれよ!」

「おあいにくさま。可愛い女の子から売り切れていくのは当然の摂理よ」

つんと横を向いてみせると、とうとうロンは焦ったようで、ハーマイオニーにすがりついた。けれども時はすでに遅く、彼女は図書室でクラムにオーケーの返事をした後なのだった。ハーマイオニーがロンにかまっている間に、ハリーがおずおずとわたしの方へ向き直った。

「ナマエ、パーティーの相手がいないのが本当なら、よかったら僕と踊ってくれない?」

大切なハリーの頼みを、断るわけにはいかなかった。パーティーデビューの甥とダンスを踊るようなものだ。シリウスを裏切ることにはならないだろうと、わたしは頷いた。

「ええ、もちろんよ、ハリー。代表選手の相手がわたしじゃ、さまにならないだろうけれど」

わたしがそう言うと、ハリーはおおげさなほど首をぶんぶんと横に振って、そんなわけない!と声を上げた。その勢いには、半ば喧嘩のようになっていたロンとハーマイオニーでさえ、驚いてこちらへ向き直ったほどだ。

こうして、ダンスパーティーの相手を各々見つけたわたしたちは──結局、ロンはパーバディと行くことになった──とうとう当日を迎えることとなった。


「エー!三時間もかけるのかよ!」

わたしとハーマイオニーが、パーティーのはじまる時間よりずいぶん前から女子寮にこもったため、ロンが不満そうにそう叫んだ。わたしたちはあそびにふける男子生徒たちを尻目に、ドレスアップの準備を始めた。

「ナマエのドレス、とってもステキね…」

わたしが鏡に向かってドレスを合わせていると、ハーマイオニーがうっとりとそう言った。母が学生時代に着ていたドレスを、ダンスパーティーがあると聞きつけたリーマスが、実家から送ってくれたのだった。

「本当?ありがとう。あなたのドレスもとってもすてきよ、似合うわ」

わたしの言葉に照れたようにはにかむハーマイオニーが最高に可愛い女の子だったので、わたしは女子寮の誰かが持ち込んで、みんなで使っていたカメラの存在を思い出した。

「ねえハーマイオニー、髪の毛はわたしに任せてくれる?可愛く仕上がったら、あのカメラで写真を撮りましょうよ」

「いいアイデアね!わたしもあなたを撮りたいわ」

淡い色味のなめらかな生地で作られたドレスは、母の学生時代、そしてわたしの学生時代、と受け継がれたものだった。

「やっぱり似合うわね、髪の毛は任せて」

交互にヘアアレンジ、そしてメイクアップを施していると、あっという間に時間が過ぎていった。魔法のカメラは、はにかんだ笑顔、一周回っている姿、とさまざまな動きをとらえてくれる。

「ねえ、ナマエ。この写真を現像したら、シリウスに送ってあげたらどう?」

「え?」

ファインダー越しにこちらを見つめるハーマイオニーは、いたずらっぽく笑っていた。

「今日のナマエはいつにもましてとてもきれいよ。シリウスにも見せなくちゃ、もったいないでしょ?」

それは彼を保護者として言っているのか、それとも──。そんなことを尋ねられるはずもなく、わたしは「そ、そうね…」とあいまいに頷くことしかできなかった。そんなわたしをみて、ハーマイオニーは余計に笑みを深くしたのだけれど。

恋人に写真を送る。そんな甘い贈り物も、今では何の意味も持たないのね。そう少し切なくなりながらも、彼女の提案に胸がときめくのを止められなかった。少しでも、きれいだと思ってくれるといい──そう願いながら、彼女がシャッターを押すのを、切実な瞳で見つめていた。


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