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ついにこの時がやってきた。「ポッター、代表選手は、すぐ競技場に行かなけれなりません……」マクゴナガル女史の言葉に、ハリーが立ち上がる。彼の顔色は真っ青だ。

「ハリー、大丈夫よ」わたしは思わず彼の背中に手を当てながら囁いた。「あなたならできるわ、必ず」わたしとハーマイオニーの励ましに答えるハリーの声は普段よりずいぶん上ずっている。

ハリーを見送ったハーマイオニーが早く行かなくちゃ席が埋まってしまうわ!と駆けていくのを、「寮に戻って双眼鏡を取ってくるわね」と声をかけて踵を返す。しかし目的は双眼鏡ではなかった。この三大魔法学校対抗試合で、妙な動きをしている魔法使いがいるのは確かだ。マッド-アイ・ムーディはもちろんのこと、他にも……。そのような魔法使いたちが万が一にもハリーに危害を加えようと仕掛けをしていたら?そして、シリウスの存在を邪魔に思ったら──?そう考えたらいてもたってもいられず、わたしはハーマイオニーとは行動を別にして、おかしな動きをしている魔法使いがいないか見て回ることにしたのだった。

「えっと、まずは……」ハリーたちの控え室の周りを見てみようかしら、と歩き出した時だった。廊下の角を差し掛かったので曲がろうとした時、突然黒い影が立ち塞がったのでわたしは思い切りそれにぶつかってしまった。

「っ!」

「すまな……おや、ナマエじゃないか!」

わたしが抱き留められた形になった相手は、なんとシリウスだった。「シリウス!」わたしが素っ頓狂な声をあげると、彼はわたしの肩を優しく掴んで支えながら、「会えてよかった。今会場に向かうところだったんだ」と微笑んだ。ハリーの呼び寄せ呪文に頭がいっぱいで、彼がくることを考えの隅に押しやってしまっていたわたしは、思わず彼に抱きつこうとしてしまう。しかし手が彼の背中に回りかけたところで、親しすぎたかしら、とためらった。

そんなわたしをシリウスがきょとんと見つめるので、余計に恥ずかしくなってしまう。「ナマエ?」覗き込まれた顔は赤かっただろう。ああ、シリウスの前だと何もうまくいかないわ。何でもないの、と首を振ろうとしたところで、わたしの手が引っ込んだ意味をさとったのか、シリウスの手がそっとわたしの背中にまわった。

「きみは私の大切な家族の一人だ。ためらう必要はない、こんな風に抱きしめることを」

優しい声で囁かれて、緊張と不安で固まっていた身体の芯があたたかくなるのを感じていた。おずおずと背中に手を回せば、彼が微笑んだのが空気でわかる。こんな時なのに、ずっとこうしていたいと願ってしまう自分のわがままさに呆れてしまう。

「ハリーとは入れ違いだったようだな。きみも席に向かうんだろう?」

その言葉にハッとして体を正す。シリウスはわたしが観覧席に向かうと思っているのだろう、ここで控え室へ向かおうとしても不自然なだけだ──。シリウスが貴賓席へ座った後、そっと席を離れよう。そう決めて、シリウスと並んで会場へと足を向けることとなった。

「ああ、ついにこの日になったな……。ハリーの調子はどうだ」

シリウスは三大魔法学校対抗試合への興奮とハリーの心配がないまぜになった様子でそう尋ねた。きっと、彼の学生時代にこの対抗試合が行われていたら、彼はどんな手を使ってでも出場しようとしただろう。このような危ない橋を渡るのが、彼の性分なのだった。──いや、大人になった今でも、できることなら参加したいという目をしているに違いない。

「ハリーはすごく不安がっていたけれど……彼ならきっと大丈夫よ。ハリーほど強い子は、他にいないもの」

もちろん心配ではあるけどね、と付け加える。そんなわたしの言葉に、ほう?とシリウスが少し意外そうな顔をしてこちらを見たので、「あなたもよく知ってるでしょう?」と返す。

「いや、それは知っているが……きみは……」

シリウスが言い澱んだ言葉を、首を傾げて促したけれど、彼がその続きを口にすることはなかった。どことなく様子のおかしいシリウスの顔を覗き込んでみるけれど、何となく誤魔化されてしまって釈然としなかった。

「ナマエ、きみがハリーをよく信じてくれていることはわかった。きみの言葉を聞いて、私も安心したよ」

シリウスはわたしの肩を親しく叩いて保護者らしくそう言うと、「ではまたあとで」と貴賓席へ向かった。わたしはその背中を見送って踵を返そうとしたものの、「ナマエ!」と思わぬ横槍が入った。

「どこに行ってたんだ!もうセドリックが出てくるぞ!」

グリフィンドールの集団から抜けてきたロンがわたしの手を引いて、その中に加える。ああ、わたしの目的は果たせそうにない。いつの間にか一番前まで押し出されていたわたしは、目の端でマッド-アイ・ムーディの姿を探した。呼び寄せ呪文をハリーに提案したのは彼だ、これ以上ない案であり、彼の目的が最後までハリーを勝たせることだとはわかっているけれど──。何かイレギュラーがあってはいけない、わたしの存在のように。

「セドリックだ!」

少し離れたところで、そんな叫び声が上がった。ハッフルパフの生徒に違いない。黄色の集団は興奮に大歓声を上げている。わたしたちグリフィンドールも、ホグワーツの代表選手の一人に惜しみない声を送った。

セドリック──。彼がこの試練を乗り越えることは知っている。しかし、この体になって、紙面上だけではない彼の思いやりや親切さを知って、わたしはただの傍観者ではいられなかった。「セドリック!」思わずそう声を上げると、セドリックが一瞬こちらを向いた気がした。「頑張って!」スウェーデン・ショート-スナウト種がセドリックの変身術で現れたラブラドールを追いかけている。わたしは心から願った。どうか無事でいて!ドラゴンの炎がセドリックにかすめた時、わたしはまるで自分のことのように身を震わせた。しかし彼は見事、金の卵を手に入れてみせたのだ。「ああ、よかった!」わたしは心からの安堵の声を出して、金の卵を抱えてスタンドを去るセドリックの背中を見送った。

それからフラーとクラムが競技を終えたものの、それぞれまだ年端も行かぬ子どもになんてことを……と眉を潜めざるを得なかった。元の体からしたら、彼らは娘や息子のような年頃なのだ。固唾を飲んで見守っていた彼らが無事卵を手に入れるのを見るにつけ、わたしは身体が緊張で強張っていることに気付かされた。

「ナマエったら、まるであなたがドラゴンと戦っているみたいだわ。ハリーはまだなのよ、最後までその調子で保つの?」

ハーマイオニーが呆れたように隣で言ったけれど、そう言う彼女もすでに緊張で握り締めた拳が真っ白だった。わたしは思わずその手に自らの手を重ねる。「大丈夫よ、わたしたちのハリーはきっと大丈夫……」

ついにハリーが出てきた。貴賓席に目を向けると、シリウスがあまりの興奮に立ち上がって一番前の柵まで駆けていくのが見えた。もう、子どもっぽいんだから。そして、ムーディの姿も見留める。見たところ、妙な動きはない。どうしても高揚したシリウスを見つめてしまうので、わたしはムーディの監視をあきらめ、ハリーに集中することにした。

彼は緊張で強張った表情を浮かべている。ハリー、あなたなら大丈夫……。先ほどから何度も口にした言葉を胸で唱えて、祈るように両手の指を絡めた。まるでマグルが一心に願い事をするように。そしてハリーが唱えたアクシオがファイアボルトをその手に呼び寄せた時、わたしは歓喜の叫び声をあげた。「やった!やったわ!」ハーマイオニー、それからロンが両手を突き上げて喜びをあらわにしている。「ハリー!あなたは最高よ!」

その後もハリーがホーンテールと駆け引きするたびに息を呑み、緊迫に拳を握りしめたけれど、勇敢な彼は最短時間で金の卵を手にした。その時の感覚は言葉にし難いほどで、わたしは隣のハーマイオニーといつの間にか抱きしめあっていた。

「ハリー、ハリー!」二番目のテントに連れられたハリーのもとへ駆け寄ると、わたしは彼の体に傷がないか念入りに確かめた。マダム・ポンフリーがすでに治療にあたっていたと知ったのは、彼女がセドリックの部屋から出てきて「今見つかるとすれば、子どもの時にできたおできくらいでしょう!」と言った時だ。わたしが気恥ずかしさにパッと離れると、ロンとハリーが仲直りをしたので、そのめでたさに再度胸が躍った。

「ハリー」

点数が出終わり、その高得点にグリフィンドールが熱狂した後、わたしたちの後ろに影が差した。わたしたちは飛び上がるように振り向いて、その声の主をほとんど飛びかかるように囲んだ。

「シリウス!てっきり会えないかと……」

ハリーの言葉に、シリウスは「私もそのつもりだったんだが、ダンブルドアが計らってくれてね」と遠くで他の審査員達と話し込むダンブルドアを目の動きで示した。その瞬間、ダンブルドアがウインクしたような気がしたので、わたしは思わず彼をまじまじと見つめてしまった。

「よくやった、ハリー。ホーンテールをうまく出し抜いたのは見ていて震えたよ。「結膜炎」の呪いを使えと言うつもりだったが、きみのやり方の方がずっといい──」

シリウスはハリーの肩を抱いて、「ああ、きみは本当に……!」と押さえきれない興奮をあらわにした。

「私はきみが誇らしいよ。これでこそジェームズの子だ。きみは本当に私をワクワクさせてくれる」

その言葉はハリーをこの上なく元気付けたようだった。彼らは最後に固く抱擁を交わして、「次の試合も必ず観戦する。困ったことやおかしなことがあったらすぐに連絡するんだ、きみを陥れようとしている輩がいるのは確実なのだから」と保護者らしく言い聞かせた。シリウスが帰っていく姿を見送るハリーがどことなくさみしそうなので、三人で彼を囲んで「パーティに行かなきゃ!」と声をかける。

そうして、ハリーの第一の課題の勝利を祝うパーティへと向かったものの──グリフィンドールの学生時代を否が応でも思い出すような光景に、わたしは思わず笑いがこみ上げるのを留めることはできなかった。ずいぶん前の思い出なのに、まるで昨日のよう。ジェームズとシリウスがはしゃいで談話室を走り回る姿が、今も脳裏に焼き付いている。と、懐古に気を取られていたせいで、わたしは金の卵のつんざくような悲鳴に不意を突かれて思わずしゃがみ込んだ。「大丈夫?」とハーマイオニーが心配そうに見つめてくる。「ええ、急で驚いて──」わたしはそこで、突然思い立って立ち上がった。

「ハーマイオニー、わたし補習に行ってくるわ」

「え?補習?」

みんなハリーに夢中で、わたしが談話室を抜け出そうとしていることに気付いていない。怪訝な顔をするハーマイオニーを置いて、わたしは地下へと向かった。そして、その奥まったところにある黒い扉をノックする。

「誰だ」

「先生、ミョウジです。今月の補習を受けてないと思って」

扉の向こうは少しの間むっつりと沈黙して、それから低い声で「入りなさい」と告げた。わたしはそっと滑り込むように中へと足を踏み入れる。

「自ら補習に来るとは」

呆れたような表情を浮かべてわたしを見下ろすセブルスに、わたしは肩を竦める。補習といっても罰として言いつけられただけなので、きっと鍋を磨かされるか幼虫を刻むかのどれかだろうと思っていたのに、セブルスは「これでも読んでおけ」と魔法薬学の専門書を渡したきり自分の仕事に向かっている。「先生、何かお手伝いできることがあれば言ってください」わたしがそう言っても、「きみに何が出来るというのだね」と取り付く島もない。一時間ほど名目上の補習を受けさせたら、さっさと追い出すつもりだろう。

しかしまだわたしがここに来た一番の理由を果たしていない。話しかけるなと全身で告げているかのような彼の望みをかなえることはできそうもなかった。

「先生、先生はハリーの名前がゴブレットに入っていたことについて、どうお考えですか」

「雑談をしに来たのか?きみは。──どうせ目立ちたがり屋の鼻持ちならないポッターが年齢線をかい潜って名前を入れたんだろう。容易に想像がつく」

嫌味を言いながらも答えてくれるセブルスだけれど、ハリーのこととなると盲目なのがいけない。わたしはこっそりとため息をついて、「わたしはそうは思いません」と口にした。

「ハリーが失敗することを望む魔法使いがホグワーツに紛れ込んでいるのだとわたしは考えています、先生。今年やってきた中で、悪巧みをしている魔法使いがいるんです」

「それは告発か?」

ようやくじろりとこちらに目を向けた彼は、羊皮紙に何やらを書きつける手を止めた。

「いいえ。でも怪しい人物に目星はつけています」

「誰だね」

セブルスの瞳に、懐疑的な色が混じるのを、わたしは確かに気付いた。セブルス、あなたは味方よね?あなたを信じてここに来たのよ。わたしはそんな願いを込めて、彼を見返した。

「今は言えません。でも、どうか、先生にも目を光らせておいて欲しいんです。差し出がましいお願いですが」

セブルスは睨みつけるようにしてわたしを見つめた。もしかしたら、開心術をかけるか迷っているのかもしれない。まるでこの部屋にだけ金縛り術がかけられたかのような時間が過ぎていった。ようやくセブルスが口を開いたのは、時計の長針が何度音を立てたかも曖昧になった時だった。

「なぜきみが、私にそのような頼み事をするんだ」

それは当然の問いだったけれど、それがセブルスの口から出たことには驚いた。きっとすげなく断られるか、私の目が節穴だとでも?と嫌味を返されるかだと思っていたからだ。

確かに考えてみれば、グリフィンドール生がこんな風にセブルスに頼むのはお門違いのようなもので、まずマクゴナガル女史などに相談するのが正しいことかもしれない。そもそもこんな曖昧な相談、しかも自分のことでもない話を持ちかけるなんて。

しかし、わたしはセブルスと友人として過ごした日々を信じたいのだ。彼が一度デスイーターという道に堕ちたこともわかっていたけれど、彼がわたしに見せた分かりづらい優しさや、隠れてしまいがちな正義を、確かに知っているのだから。

「あなたなら信じてくれると思ったから」

わたしが答えられるのはそれだけだった。セブルスは動揺したように瞳を一瞬揺らしたけれど、すぐに目をそらして固い声で言った。「もう消灯時間だ、寮に戻るように」

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