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次の日、ベッドから出るのさえ億劫だった。

「ナマエ、起きて」

しかしそんな思いに反してハーマイオニーが揺さぶるので、わたしは渋々体を起こした──狸寝入りは通用しないことがわかっていたので。

ハーマイオニーと大広間に向かう間、わたしはハリーの透明マントを被りたい気持ちでいっぱいだった。けれどハーマイオニーはそんなわたしの気持ちに気付いていないのか、早口で喋り始める。

「聞いたわ──あなた、あの後スネイプを……その……平手打ちしたって」

最後の方をごにょごにょと濁しながらも、ハーマイオニーがそう言うので、わたしは仕方なく頷いた。少なくとも、行いは事実なのだから。グリフィンドールやスリザリンだけでもなく、ハッフルパフやレイブンクローにまでその話が漏れているようで、わたしたちが歩くたびに「ほら、あの子よ」という声が聞こえた。

「大それたことだわ、退学にならなかったことを幸運と考えるべきよ」

そして、とハーマイオニーは言いにくそうに付け加えた。

「その、したことはあまりに適切でなかったけれど……わたしのためだったのよね?ナマエ──ありがとう」

「ハーマイオニー、お礼ならハリーとロンに言ってちょうだい。彼らの方がよっぽど勇気があったわ──スネイプ先生に、あんなこと言って」

あの二人はやっぱり気があうのね、とわたしが話をそらそうと彼らに話題を向けながら、ちょうど大広間に座っていたハリーの隣に座ると、ハリーがわたしの分のお皿を渡してくれた。

「こんなことを言っちゃダメだろうけど──ナマエのおかげで、一、二日くらいは僕についてとやかく言う連中の気が逸れるんじゃないかと思うんだ」

わたしはその言葉に思わず笑ってしまって、「それは何よりだわ」と返した。

「実は、昨日シリウスから返事が来たんだ。この前送った手紙の。十一月二十二日の午前一時に談話室の暖炉のそばでって。それで、僕も返事を出したんだけど、あまりに衝撃的だったから──僕──」

「どうしたの?」

ハリーが言葉を詰まらせたのでわたしが促すと、ハリーはどこか申し訳なさそうに言う。

「ナマエがスネイプをビンタしたって、シリウスへの手紙につい書いちゃったんだ。よく考えたら、シリウスは今ナマエの保護者のようなものだし、告げ口みたいになったかなって」

わたしは思わず額に手をやった。シリウスの反応が予想できない。昔だったら良くやったな!と当然返しただろうけれど、今の彼は一応大人だ。いや、むしろ大人の態度で返して欲しい──わたしがいたたまれなくなったとしても。

「大丈夫よ、ハリー……きっと信じないでしょうから」

しかしそれに反して、シリウスの手紙は早々に届いた。しかもわたし宛だ。

ハリーに君一人で待つようと伝えたが、ナマエも同席するように。

短い手紙だった。彼の真意が読み取れず、わたしは深いため息をついた。昔の恋人に保護者として説教されることになるのかしら。

二週間はあっという間に過ぎ、今夜がシリウスの指定した日だ──ハリーはハグリッドに呼ばれているので、わたしはしばらく談話室で過ごしていた。「汚いぞ、ポッター」のバッジを何とか変えようとしている生徒がいたので、わたしは時間潰しにその仕事をかって出た。「我らが誇り、ハリー・ポッター」ハリーが帰って来る頃には、そんなバッジが量産されていた。

「よかった。みんなを追い出すのに糞爆弾を使う必要はなかったんだね」

ハリーが透明マントを脱ぎながらそう言ったので、「もしそれをしていたら、わたしはここに座っていられないわ」と返す。ハリーが「我らが誇り、ハリー・ポッター」バッジを一つ取り上げて、少し喜色を浮かべたのでわたしは微笑んだ。そうして暖炉を振り返ったハリーが飛び上がった。わたしも思わずそこに目を向ける。やっぱり。わたしは暖炉に浮かび上がったシリウスの生首を見て、そう思った。そうするだろうと予測していたのだ。きっと、グリモールド・プレイスで暖炉に頭を突っ込んでいるに違いない。

浮かび上がる顔を見るに──あまりに特異な状況だけれど──彼が元気そうで、特に怪我などもしていないことに安心した。リーマスの言うとおり、無茶はしていないらしい。

「さあ、ハリー──元気かね?」

シリウスが言った。ハリーが矢継ぎ早に、彼が見たものを語った──第一の課題はドラゴンだ。わたしはハリーが上手にそれを切り抜けたことを知りながらも、胸がざわついた。ドラゴンに立ち向かうということは、一歩間違えれば死と隣り合わせだ。できるなら、そんなことをしてほしくなどない。しばらくシリウスがハリーに、彼の周りの死喰い人について警告するのを聞きながら、わたしはずっとドラゴンの出しぬき方について考えていた。少しでも不安材料は取り除いておきたい──。

「そして、ナマエ」

「えっ」

不意に名前を呼ばれて、わたしは慌ててソファから立ち上がり、暖炉の近くに向かった。

「ハリーからの手紙で知ったが、スネイプの横っ面をひっぱたいてやったらしいな」

シリウスは真面目に話そうと心がけているようだったけれど、ワクワクしているのを隠しきれてはいなかった。わたしは「反省しているわ」と言って、あくまで神妙な顔をつらぬいた。

「君が案外頑固で、芯の強さを持ち合わせていることは私にもわかっている──してはいないことだったというのは君も理解しているだろうからとやかく言わない。ハリーを助けてやってくれ」

“とやかく言わない”のではなく、あなたはけしかけたいんでしょう。と、学生時代の調子で言えるはずもなく、わたしはその言葉に頷いた。シリウスは詳細を聞きたい衝動を抑えているようだった。そしてハリーに向き直り、「ドラゴンの対処だが──」と語り始めた時だった。カタ、という音がして、誰かが寮から降りて来るのがわかった。

「行って!」ハリーが言った。「騒ぎになるかもしれない」その声でシリウスが引っ込んだのを、わたしは確認した。

そして、降りてきたのはロンだった。シリウスとの時間を邪魔されたハリーはいきり立っていた。二人はまた言い合いを起こして、背中を向けた──なかなかすぐに元どおりというわけにはいかないようだ。

「複雑ね」とわたしが言うと、ハリーは「ロンは何も分かってやいないんだ」と残して寮に去っていった。

あくる日からは、ハリーのドラゴンへの対処について調べる日々が始まった。結膜炎の呪いをかけなさいと言うことは簡単だったけれど、確かハリーは別の方法で切り抜けたはずだ。下手に何かを言って、ハリーの危険を誘ってはいけない──わたしは何も知らないふりをしながら、ハーマイオニーと図書館にこもっていた。そうしてしばらくするうちに、だんだん日にちが迫ってきていて、ハリーは焦れるばかりだった。彼はいつ、切り抜け方を思いつくのだろう、もしかしてあれは当日たまたま思いついたのかしら──ハリーの焦りと同じように、わたしまで焦燥感を募らせていた。

そうしてやっと、彼に閃きが降りてくる日がやってきた。

「箒だ!」わたしはそれに安堵した。あとは、彼が呼び寄せ呪文を身につけてくれるだけだった。

しかし、セドリックの方はどうだろうか?最近ハリーの課題にばかりかまけていて、彼のことを考える時間が少なかった──そう考えていたところで、ちょうどセドリックと出会った。彼の取り巻きたちは、わたしがハリーの友人たちだと気づいたのかこれ見よがしに「汚いぞ、ポッター」のバッジを点滅させる。セドリックはそれに困ったような顔をして、その集団から抜け出した。

「ごめん、外すように言ってるんだけど──」

「そのうち気づくでしょう、彼らも」

セドリックと廊下のわきに逸れながら、わたしは彼が友人たちに「先に行っててくれ」と言うのを聞いていた。

「その──聞いたよ。君がスネイプ先生に、あー……あれをしたって」

わたしはそれに思わず、「みんな腫れ物扱いするのね」と笑ってしまった。ハッフルパフに噂が届く前にずいぶんな尾ひれが付いていたらしく──わたしがセブルスに許されざる呪文をかけられただとか、セブルスは今も精神的なショックで夜な夜な医務室に通っているだとか、そういう類──わたしはその一つ一つに目を白黒させ、最終的には笑いがこらえきれずにお腹を抱えていた。「じゃあ、君はスネイプ先生に平手打ちしただけってことだね」だけってほどじゃないけど、と続けるセドリックに頷くと、彼はやっとこわばっていた表情を緩めた。

「褒められた行為じゃなかったけれど、退学にならなくてラッキーだったわ──」

しかし状況を知ったセドリックは、「僕にはそこまでする勇気はないけど、君は間違ってないと思う、個人的には」と請け合った。わたしはそれに曖昧に微笑んで、「そういえば、第一の課題はどう?」と問いかけた。

「僕、ハリーから聞いたんだ。第一の課題がドラゴンで、もう僕以外はみんな知ってるって」

セドリックが声を潜めていった。確かに、表立って話せる内容ではなかった。今や代表選手たちにとって “公然の秘密” といえる状況になってしまったとはいえ。

「ええ、そのようね。ハリーがあなたに言ったって聞いて安心したの。準備せずに立ち向かえる相手ではないもの」

わたしがそう答えると、セドリックは小さくうなずいて、「少し彼を疑ってしまった、僕を混乱させるための嘘じゃないかって──そんな人間じゃないとわかっているのに」と漏らした。

「ハッフルパフの友人にはまだ言ってないんだ。代表選手の全員が知ってるって、もし広まったらまずいだろう?」

セドリックは課題に一人で取り組むつもりらしい。クラムにはカルカロフが、フラーにはマダム・マクシームが必ず入れ知恵をしているに違いないのに。わたしは第一の課題でセドリックが、怪我をしないままに脱落してくれたらとさえ思っていたけれど、そんな高潔な彼を放っておくという選択もできなかった。

「セドリック、よければ──いつでも相談に乗るし、何かを調べるときも協力するわ」

わたしはつい、そう口にしていた。セドリックは少し驚いたような顔で「ハリーは大丈夫なのかい。僕よりずっと不安なはずだ、彼はまだ四年生なんだから」と言った。わたしはそれにうなずいて、「もちろん彼のことも手伝う」と伝える。わたしにとっては、ハリーもセドリックも、同じくらい子どもなのだ。正直、こんなに幼い子たちにドラゴンと戦わせるなんて、という憤慨は常にあった。けれどそんなことは言っていられないのだ。

「でも、きっと助けはいらないわね。あなたのできることを最大限に活かせば大丈夫よ」

わたしはそう言ってセドリックの肩を親しく叩くと、その場を後にした。寮に戻ると、ハーマイオニーが「ふくろうが届いているわよ」と声をかけてくれた。彼女はどうやら、ハリーに呼び寄せ呪文をマスターさせようと躍起になっているらしい。手紙を読み終わったらハリーの特訓に加わろう、と思いながら、茶色のフクロウにくくりつけられたそれを取り出した。手紙は二通ある。その送り主を見て、わたしは小さく肩を落とした。シリウスと、それから彼が話したに違いない相手。リーマスだ。

ナマエ、この前会ったとき元気そうにしていたから安心しているが、ゆっくり話せなくて悪かった。ハリーには伝えたんだが、近々そちらに一度出向こうと思う。ハリーの第一の課題も観戦するつもりだ。すでにダンブルドアにも話を通してある。当日、君たちとともに応援したいところだが、さすがに保護者がそちら側に座るのはいただけないと言われてね。仕方ないが貴賓席に座ることになるだろう。ハリーの試合が終わった後、時間があれば少し話そう。もしかしたらハリーとは話せないかもしれないが、君と会うことは多分できるだろう。また当日会うのを楽しみにしている。シリウス


ナマエ、手紙を受け取ったよ。興味ということなら安心した。しかし、もしこれからも何か不安材料があったら、僕やシリウスに相談してくれ。決して、君一人で解決しようとしないこと。これはハリーや、ロン、ハーマイオニーにも伝えてくれると助かる。
さて、元気かいと尋ねなくても君が最近とてもおてんばをしたということはシリウスに聞いたよ。まさか彼に平手打ちをするとは!元教師として、善い行いとは到底言えないよ。君もわかっているだろうね。しかしシリウスは、あまり褒められたことではないが正直にいえば、とても楽しんでいる。「私も今すぐホグワーツに戻りたい」なんて言い出す始末だ。君の前ではもっともらしいことを言っただろうけどね。君は真面目だから、しでかしたことに落ち込んでいるんじゃないかと思って。少しは元気が出た?もう随分反省しているだろうから、この話はちょっとしたお土産だ。もうこれ以上はやんちゃをしないように。p.s.店は順調だよ リーマス

わたしはリーマスの配慮に少し笑ってしまって、そして、シリウスと会えることに胸が高揚するのを抑えられなかった。早く会って、きちんと無事を確かめたい。こんなに長く、顔を見ないままに離れたのは、彼が監獄にいた頃を除いて、初めてだった。大人の姿だった頃は、週末には何かと用事をつけて彼に会っていたのだから。

わたしは手紙を丁寧に文入れにしまうと、杖を持って寮から飛び出した。必ず、ハリーの呼び寄せ呪文を完成させなければならない──今のシリウスの望みは、それだけだろうから。


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