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一夜明けて、わたしは事態が思いの外深刻であることに気づいた。ホグワーツはハリー擁するグリフィンドールとそれ以外の寮とで、ほとんど断絶といっていい溝ができていたのだ。

ハーマイオニーの説得もありシリウスへの手紙を書き始めたハリーの隣で、わたしも一緒にリーマスへの手紙を書き始めていた──。

リーマス、親身になって聞いてくれてありがとう。この前の質問はあくまで興味であって、予知夢を見ただとか、予言をしただとか、そういう類のものではないの。心配をかけてごめんなさい。
それより、もう聞き及んだかもしれないけれど、ハリーが代表選手に選ばれてしまって、こちらは混乱しています。ハリーは名前を入れていません。シリウスにはハリーが今手紙を書いています。彼も心配しているだろうから、気を配ってあげてほしいの。また会いましょう。ナマエ


「リーマスにも一応手紙を送ることにするわね」

わたしがそう言うと、ハリーもハーマイオニーも頷いた。ヘドウィグに二通とも預かってもらうことにして、わたしたちは湖のほとりに座り、事態の深刻さを議論した。ロンはハリーにやきもちをやいているらしい──わたしはハーマイオニーの鋭さに感服しながらも、彼らの間にそんないさかいがあったことに驚いていた。大人として、友人の息子と、その友達である彼らを見ている時には、彼らがバランスのとれた、穏便な仲間だとばかり思っていたけれど。しかし思い返せばジェームズ、シリウス、リーマス──そして、ピーター・ペティグリューの四人組だって、さまざまなことを経た上での関係を築いていた。この多感な時期に、ハリー・ポッターという飛び抜けた存在を間近で見続けることは、想像以上に思うところがあるのかもしれない。ジェームズの息子であるハリーをいつもつい贔屓目で見てしまっていたけれど、彼もまたひとりの、大切に見守るべきひとりなのだった。

「ハリー、大丈夫よ。ロンも時間をおけばあなたのことを理解してくれるわ。そしてあなたも彼のことをわかってあげられる」

慰めにしかならないことはわかっていたけれど、親友に理解してもらえないかなしみをぶつけるハリーにそう言って、そっと背中に手を置いた。

次の日からも事態が好転することはなく、むしろ悪化の一途をたどっていた。まさか明敏なレイブンクローまで、とつい思ってしまうけれど、学校の雰囲気自体がそうなのだ──仕方ない、と言い聞かせて針のむしろ状態のハリーとともに授業を受けていた。先生たちは何の変わりもなく──そう努めているのかもしれない──彼に接したけれど、セブルスはだめだった。わたしは彼がハリーに嫌味をぶつけるたびに頭を抱えてしまう。ジェームズへの恨みが根深いのか、ハリーへの態度は実際に見てみるとそれは酷いものだった。散々大人の姿の時にハリーやロン、ハーマイオニーから聞かされてはいたものの、これほどまでとは。

確かにハーマイオニーが言った通り、グリフィンドールへの当たりが強いセブルスは、わたしに対してはなぜか、スリザリンほどではないもののある程度まともな態度を取っていた。まさかわたしと同級生だった記憶が?と疑ったけれど、そうではないらしい。わたしは一度「魔法薬学」の授業を受けていて、その上一番の得意教科だったのでどの魔法薬もそつなく作ることができたけれど、それだけで彼はこんなまともな態度に?──謎は深まるばかりだった。チクチク嫌味を受けているハリー──それは、代表選手に選ばれて以来余計に拍車がかかっていた──にとってはそんな疑問は蚊帳の外で、「魔法薬学」の授業の前の彼の顔色といったら、ゴーストよりひどかった。

今日は午後から「魔法薬学」が二時限続きなので、ハリーの顔色は最悪だった。その上待ち受けていたのは、ドラコ・マルフォイの用意周到で醜悪な嫌がらせだった。

セドリック・ディゴリーを応援しよう──
ホグワーツの真のチャンピオンを!


地下の廊下で輝くその赤い文字は、そんな言葉を浮かび上がらせている。そしてそれを胸に押し付けると、今度は別の文言が現れた──。

汚いぞ、ポッター


「幼稚だわ」

わたしが思わず言うのと同時に、ハーマイオニーがそれを皮肉った。「一つあげようか?」マルフォイがハーマイオニーにバッジを差し出しながら言う。

「だが僕に触れないでくれ。『穢れた血』でベットリにされたくないんだよ」

わたしはその瞬間、マルフォイの胸に付けられたバッジに向かって杖を向けた。そして彼がわたしに杖を向けられていることに気づく間も無く、それを変質させる呪文を唱えた。

我らがハリー・ポッターを応援しよう──
僕はハリーが大好きだ!


グリフィンドール・カラーの文字が点滅する。わたしが呪文をかけたのに気づいたのはハーマイオニーだけだった。そしてそれを胸に押し付けるまでもなく、言葉は変わる。

恥を知れ、マルフォイ


隣でハーマイオニーが噴き出した。けれどハリーもマルフォイもそれに気づいていない──互いに杖を向けあっている。

「ハリー!」ハーマイオニーが引き止めたけれど、すでに彼の耳には入っていなかった。

ファーナンキュラス!

デンソージオ!

そしてそれが招いたのは悲惨な結果だった。互いに掛け合った呪いは、跳ね返って互いの近くにいた生徒に降りかかったのだ。

「「ハーマイオニー!」」

わたしと声が重なったのはロンだった。心配して飛び出してきたのだ。ハーマイオニーの──わたしはチャームポイントだと思っている──前歯がどんどん大きくなっていく。まるでビーバーのようだ。すると、ようやくセブルスが現れた。彼はまるでスリザリンの言うことしか聞かないぞ、という態度を取っている。そんな彼に、ロンがハーマイオニーの被害を訴えた。それを見たパンジー・パーキンソンをはじめとするスリザリンの女子生徒は、セブルスの後ろでくすくす笑いを隠そうともしない。

そして、その次の瞬間セブルスが言った言葉にわたしは唖然とした。

「いつもと変わりない」

それを聞いたハーマイオニーは、目を涙で潤ませながら廊下を駆け出した。その背中はあっという間に消えてしまった。追いかけようと足がそちらへ向いたものの、わたしはあまりの怒りに足がすくんでしまっていたのだった。

ハリーとロンが同時にセブルスを罵った。彼らの大声があまりに地下に響いたせいで、その内容は定かではなかったけれど。しかしわたしの怒りはそれだけでは収まらなかった。わたしが一番セブルスの近くにいたせいもあったかもしれない──その時わたしは完全に、今の自分がホグワーツの四年生で、彼が教師だということを忘れていたのだ。あの時──セブルスがリリーに屈辱的な文句を言い放った時わたしが彼に向かっていったのと同じように、わたしはセブルスの前に立ちはだかると、その頬を思い切り打った。そしてわたしはそうしてから、「あ」と気づいたのだった。

「ナマエ!」

ハリーが叫んだ。やってしまった。完全に、これはやってしまった。ギギギ、とまるでブリキ製の人形のように、セブルスがこちらへ向き直った。その血色のない頬は微妙に赤くなっている。

「グリフィンドール、50点減点。ポッターとウィーズリーは居残り罰だ。……ミョウジは授業後私の所に来るように」

セブルスが生徒たちを教室の中へ追い立てるのを聞きながらわたしがしばし呆然としていると、ハリーとロンがわたしを挟むようにして促し、教室の一番後ろへと連れ立った。そしてロンが我慢の限界だとでも言いたげな勢いで、「君、勇気がありすぎるよ」と押し殺した声で囁いた。しかしハリーと仲違い中だと思い出したのか、少し気まずげにして、ディーンたちのテーブルに向かった。

「ナマエ、さっきの──」

ハリーはまだ起こった出来事を信じられていない様子だった。しかしそれはわたしも同じだ。いまだにじんじんと痛む手のひらを持て余している。

「ハリー……わたし退学かしら」

気づくとマルフォイがこちらを目を見開いたまま見ていて、彼はまだその胸に光る「恥を知れ、マルフォイ」に気づいていないようだった。他の生徒たちもいまやハリーというよりわたしをちらちらと見ては囁きあっている。

「解毒剤!」セブルスが声を張り上げた。彼が「実験台を選ぶ」と言い出したところで、コリンが現れてハリーを写真撮影に連れ出したので、セブルスの機嫌は地に落ちた。ハリーがいなくなったのでテーブルに一人になってしまったわたしを、ロンが呼び寄せた。

「ナマエ、爆発しちまったんだな」シェーンが言った。「普段真面目だから──」ディーンまで、そんなことを言う。

彼らと材料を用意しながら、わたしは深い深いため息をついた。「ナマエ、退学になりそうになったら僕が証人になるよ、スネイプがどれだけ極悪人か、僕は忠実に語ることができるからね」ロンがわたしの肩に手を置いた。もしかしたらその言葉も、冗談では済まないかもしれない──わたしはそう思いながら、ナイフで教科書通りに刻んでいた。

「それにしても、僕やハリーがあんな──英雄的行為をしたら、スネイプは間髪入れずに『退学だ!』って言うだろうに。やっぱりハーマイオニーの言う通りなのかもしれないな」

真剣な顔をしていたくせに英雄的行為、と言う時に少し含み笑いをしたロンは、納得したように頷く。すでに自分が罰則を言いつけられたことなど忘れてしまったようだ。しかし今はそんなことを考えている場合ではなかった──。教師に生徒が手をあげたなんて、前代未聞だろう。わたしが学生の時でさえ聞いたことがない。

「──いっそ、解毒剤の実験台になってしばらく聖マンゴに入りたい」

わたしがそうこぼした時だった。

「本人たってのご希望とあれば添わねばなりませんな」

目の前にたっているロンの血の気が引いている。ディーンもシェーマスも同じくらいの青白い顔をしていた。わたしが振り返ると、そこには予想と違えず、セブルスが腕を組んでたっていた。

「解毒剤の作用はミョウジが身を以って実演する。せいぜい励むことだ」

セブルスは全体に向かってそう言うと、わたしに目を向けることなくさっさと教室の前へと歩き去った。「絶対に成功させなきゃ」ロンが切実に言う。けれどそんな言葉を尻目に、わたしはどうやったら一週間ほど面会謝絶になれる程度の解毒剤を作れるか、そんなことばかり考えていたのだった。

授業の最後、全ての机の解毒剤が出揃ったところで、わたしは目の前に置かれた一つの瓶を見下ろしていた。

「残念ながら生徒に毒薬を飲ませることは禁止されているので、あくまで毒ではない──が、限りなく毒に近いものを用意した。飲み干しても命に別状はない。ミョウジのいたテーブルの誰かがヘマをしていない限り、すぐに解毒剤を飲めば何の支障もないものだ」

ロンが固唾を飲んで様子を伺っているのがわかった。わたしはそんな彼に一つ頷いて見せて、瓶の中身を飲み干した。「おお、」だか「ああ、」だか、そんな声が上がる。そして、次に──あのテーブルでほとんどわたしが作って瓶に詰めた解毒剤を手に取った。今のところ、痛みも吐き気もない。解毒剤の入った瓶を飲み干すと、グリフィンドールの面々が安堵した表情を浮かべたのが見えた。スリザリンの中にはがっかりしたような顔をしている者もちらほらいる。

「運がいいことに、解毒剤はその効果を発揮したようだ。それでは、次の時間までに解毒剤の効く毒薬を挙げ、効果や注意点などをまとめてレポートにしておくこと。今日はこれで終わりとする」

宿題が出た途端しょんぼりと体を丸めた生徒たちは、しかしわたしとセブルスの様子に好奇心を引かれたのか普段よりゆっくりと教室を出て行った。ロンは最後までどこか心配そうな様子でこちらを見ていたけれど、わたしが大丈夫よ、と合図したので名残惜しそうに去っていく。

「──さっきの真似は何だね」

誰もいなくなった教室で、セブルスは杖で扉を全て閉めると、そう言い放った。しかし思いの外その声は穏やかだ──いや、穏やかと評するのは間違いかもしれないけれど──少なくとも、ハリーに対するような底意地の悪い響きは、感じられなかった。

「……あまりにひどいと思いました」

わたしはいたたまれなさを感じながらも、そう絞り出すように口を開いた。

「手を出したのは、正しくなかったと反省しています。けれど、そもそもドラコ・マルフォイがハーマイオニーを『穢れた血』と侮辱し、ハリーはそれに憤慨してああなったんです。その上、セ……先生が、彼女の容姿について配慮のないことを言ったので、つい──黙って見ていられませんでした」

セブルスは黙ったままだった。そして授業の用具を片付け始めたので、わたしも何となくそれに倣って鍋などをまとめて棚にしまう。彼の表情は読めなかった。全て片付けてしまうと、セブルスはもう一度わたしに向き直って、わたしがきちんと元の場所に戻せているかを確認した。

「毎週の授業後、片付けを行うこと。月に一度は私の部屋で補習を行う。それが罰則だ──クリスマス休暇までは続くと思え」

彼はそう静かに告げた後、出て行きたまえ、と言って自らも自室に向かったので、わたしはそれだけで済んだことに釈然としない思いを抱えながらも、寮に戻る道を歩いた。先ほどセブルスがわたしに飲ませた “毒薬もどき” は、決して毒性のあるものではなかった。すこし苦いだけで、何の影響も及ぼさないものだ。毒だと言って飲ませたというのに──彼が何を思っているのか、少しも図ることができなかった。公衆の面前で生徒に平手打ちされるなど、教師としての立場云々ではなく、あのセブルス・スネイプが許すはずなどないのに。

談話室に戻ると、そこにハーマイオニーはいなかった。歯を治療されているに違いない。けれどその代わりにフレッドとジョージが訳知り顔でわたしを囲んだ。

「ナマエ、驚いたぜ。君にそんな一面があったなんて」と、ジョージ。

「我々にもできないことをやってのけた、君は今日からスターだ」どこかうっとりしながらフレッドも言う。

そんな二人を押しのけて、ロンが「何を言われたんだ!?」と飛んできた。そんな彼に、ハリーとロンに明日の夜罰則だと伝えろと言われたことを告げ、「これから毎回の授業の後片付けを手伝うのと、彼の部屋で補習をするのが罰則みたい──今の所、それだけ」と伝えると、ロンは理解しがたいという顔で言った。

「僕も一回あいつの顔を殴ってみようかなあ。案外トイレ掃除くらいで済むかもしれない」

そんな彼を双子が囃し立てるのを横目で見ながら、わたしは女子寮へと目を向けた。グリフィンドールの面々は今やいつわたしにセブルスへの平手打ちについて聞こうかうずうずしているのを隠そうともしていないので、それから逃れるためだった。

なんでこんなことに、そう思いながら、わたしはベッドに潜り込んでため息をついた。明日からハリーと同じくらい好奇の目にさらされることになるわね、そう確信して頭を抱える。ホグワーツ生としてすぐ馴染めた気でいたけれど、セブルスだけは何だかんだ同級生のような目で見てしまうからいけないのだ。

明日からのことを考えて気が重くなりつつ、わたしはもう今日はベッドから出ないことを誓った。

解毒剤
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