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ついに、ボーバトンとダームストラングがやってきた。出迎えに──歓迎というには、生徒たちの顔はあまりに好奇心に満ちすぎていた──並ぶ生徒たちの列の一番後ろでそれを眺めながら、わたしはついに始まるのね、と考えていた。ビクトール・クラムの登場によりその場は余計に色めき立ったけれど、わたしはむしろカルカロフの方が気になって仕方がなかった──信用できない。

「ナマエもクラムのファン?」

そんなわたしの背中に声をかけたのは、セドリックだった。人の波に押されたわたしはいつのまにかハッフルパフの集団の近くにいたようだ。彼はわたしがクラムを熱心に見つめていると思ったらしい。

「ファンってほどじゃないけれど──この前飛んでいるところを見たから、なんだか別次元の人みたい」

さすがにカルカロフが元死喰い人だから警戒していたの、とは言えるはずもないのでわたしがそう答えると、セドリックは「確かにね」と柔和に笑った。

「僕もあんな風に飛んでみたいよ──シーカーで彼に憧れない者はいないだろうね」

「口紅ならあるけど、サインねだってくる?」

わたしがポケットから黒いパッケージのリップを取り出してひらひらと振ってみせると、セドリックはどうやらわたしが聞いた女子生徒のセリフを同じく聞いていたようで、みるみるうちに口元を震わせ、ついには吹き出した。

セドリックと別れてグリフィンドールの席に着くと、ロンが美しいボーバトンの女子生徒に目を奪われているところだった。「ホグワーツじゃ、ああいう女の子は作れない!」と、ロン。「ホグワーツだって、女の子はちゃんと作れるよ」それに対するハリーのフォローになっているのかなっていないのかわからない返事──チョウ・チャンに目がいっているのは明白だった──のせいで、ハーマイオニーは終始やきもきしていた。(「ナマエもハーマイオニーも、もちろんホグワーツの素敵な女の子だよ」、とハリーが少々遅い釈明をしたことに、わたしは思わずくすりと笑った)

「目の前にこんなに可愛い女の子がいるのに」

わたしがハーマイオニーにそう言うと、「ええ、あなたはとてもきれいよ」と的外れな返事が返ってきたので、「あなたのことよ」と告げる。するとハーマイオニーは照れ隠しか、「ほら!誰か来たわよ」と注意を促した。

そうしてバーテミウス・クラウチとルード・バクマンの紹介が終わると、ついに炎のゴブレットが現れた──青白い炎があやしく揺らめいている。思わず、ハッフルパフの席でそれを見上げるセドリックの横顔に視線を向けた。友人たちと話して時折笑っていたけれど、どこか決意を秘めた目でゴブレットを見つめている。名前を入れるつもりなのだ。そう確信して、わたしはきゅ、と手を握った。なんとか気を変えられないかしら。彼の運命を変えることで、何が起こるのかは分からない。けれど、ワールドカップで彼と出会ってから、彼は新聞の文字上の犠牲、というだけではなくなってしまったのだ。

ふと、セドリックがこちらをみた。どうやらわたしの視線に気づいたらしい。その顔に笑みが浮かぶ。そうして小さく首を傾げた。どうしたの、と言いたげに。わたしはそっと首を横に振ってそれに答えると、もう一度ゴブレットを見た。よく、考えなければならない。もうタイムリミットは迫っている。

次の日の朝のことだった。朝食を食べていると、見覚えのあるフクロウがわたしの膝の上に手紙を落とした。裏に書かれた名前を確認して、わたしはそっとそれをローブの中に差し込んだ。きっとその名前にハリーたちが気づいたら、何と書いてあるのか尋ねずにはいられないと思うから。

空き時間に談話室を抜け出して中庭に向かうと、わたしは急いでその封を開けた。手紙をよこしてきたのはリーマスだった。

やあ、元気にしているかい。最近は週に一度程度シリウスを訪ねているが、彼はうまく折り合いをつけているようだ。毎日新聞の隅から隅まで見る癖がついたようだが。これを最初に書いたのは、君が何より気になっていることじゃないかと思ったからだよ。そうそう外れてはいないだろう。
君からの手紙を読んだ。君が尋ねた件に関してだが、それは実際に起こっていることなのか?もしそうなら、ためらわず相談してほしい。実際に、予言者の能力が突然発露した例もある。そして、それは置いておくとして、君の問いに答えておこう。前例を知っているわけではないので、あくまで僕ならこうするという答えになってしまうが、何より先ずはそれを回避するように動くだろう。もし、万が一それが叶わなくても、何もしなかったのと、できなかったのでは、重みが違うと思うからね。
君がよこした内容はとても深刻だ。単なる興味ならばいくらでも議論に付き合うが、もし本当にそのような状況に置かれているなら、必ず相談すること。いいね?また手紙を待っているよ。


わたしは最後まで読み終わると、ひとつため息をついた。あなたは正しいわ、リーマス。どこまでも正しい──。冗談として取り合わず、真剣に答えてくれたリーマスに感謝しながらも、わたしはだんだん血の気が引いていくことが分かった。

「空き時間?」

不意にかけられた言葉に、わたしははっと顔を上げた。そこにいたのは、射し込む太陽の光を背にした、セドリックだった。わたしは彼の顔を認めると、不自然にならないようにそっと、手紙を閉じた。

「最近よく会うわね、セドリック」

隣いいかな、という確認に頷きながらそう言うと、セドリックは「何だかつい、君を見つけてしまうみたいだ」と笑った。

「悩み事でも?」

そう気遣わしげにセドリックが言った。きっと、見つけた、というのは嘘ではないだろうけれど、声をかけたのはわたしが浮かない顔をしていたからに違いない。思いやりのある人なのだと、出会って以来いつも感じさせられる。穏やかで、けれど流されやすいわけではない。わたしを覗き込む瞳は心から心配していると、そう告げていた。

「もし、悩み事があるなら──あくまでこれは僕の考えだけど、何も知らない第三者に話してみるっていうのも一つの手だと思う。ただ話すだけでも気が晴れたりするからさ」

きっと、聞き手を買って出てくれるつもりなのだろう。出会ってまだ日も浅いわたしにさえ、こんなにも優しい。きっと、他のことだったら──この親切な青年に打ち明けても、差し障りのない些細な話だったら。迷わずとも自然に、口にしていたことだろう。

「……実は、第三者、というか──何も知らない、いろいろお世話になっている人に相談はしてみたんだけど」

重い口を開いて、そう切り出した。セドリックは真摯にうなずいて、続きを促す。

「その人の言っていることは正しくて、そうするのが一番だってわかってる──。けれど、それをしたことで、もしかしたらもう片方がままならなくなるかもしれない」

抽象的でごめんなさい、と断りを入れて、言葉を切った。するとセドリックは、それは板挟みになってつらいね、と静かに言った。

「でも僕は──やらずに後悔するより、やって後悔する方が気が楽になる気がする」

その言葉に、胸を揺さぶられた思いがした。しかしそれと同時に、なぜ悩んでいたのだろうという気持ちもまた、生まれていた。正しいとわかっていることがあるというのに。

「無責任に聞こえるかもしれないけど、ナマエなら大丈夫だよ。出会ってまだそんなに経ってないけど、僕は君の思慮深さを知ってる」

セドリックと話していると、なぜか心が凪ぐので、不思議だった。力強い言葉に安堵し、元気付けられたのもあるかもしれない。わたしはいつの間にか笑みが浮かんでいることに気づいた。

「セドリック、ありがとう……すべきことを見つけた気分だわ」

「それなら良かった」

セドリックの端正な顔も、安堵したようにやわらいだ。そして、「そうだ、」と思いついたように口を開く。

「実は──まだ誰にも言ってなかったんだけど」

次に授業があるらしいセドリックは、立ち上がってカバンを持ち直した。彼が声を落としたので、わたしも自ずと彼の顔に耳を近づける。

「僕、ゴブレットに名前を入れたんだ……ナマエは構えずに受け入れてくれると思って、何だか言いたくなった」

じゃあ、と去っていくセドリックの背中を呆然と見つめて、わたしはその場から動けなくなった。向こうでハッフルパフの仲間と合流したようで、何やら小突かれたりしながら笑い合う姿を見送る。

わたしがリーマスに尋ねたのは──あの日、返信として送った手紙に書いたのは、“もし、知り合いが死んでしまうことを知ってしまったら、それを救う手立てが少しでもあるとしたら、あなたはどうする?”、そんな言葉だった。セドリック、あなたに優しくしてもらう資格は、わたしにはないのだ──わたしはあなたの命を、一度天秤に載せてしまったのだから。

もう始まってしまっているのだ。手の中の手紙を慎重にローブの中にしまって、わたしは胸に手を当てた。

大広間に集まった生徒たちは、全員が興奮し切っていた。炎のゴブレットはダンブルドアの席の正面に置かれている。「誰になるのかしら」ハーマイオニーが声を弾ませている。同じグリフィンドールとして、アンジェリーナを推しているようだった。そして、ダンブルドアが立ち上がり、炎のゴブレット以外の灯りを消した──その時が、やってきたのだ。

わたしの胸のざわめきは、他の生徒とは異なる類のものだろう。だって、わたしはこの結果を知っている──。

「ビクトール・クラム!」

ダームストラングの代表選手だ。猫背で歩いていくその姿を、割れるような歓声が見送る。

「フラー・デラクール!」

美しい少女が優雅に歩き始めた。ロンがその背中をどこか恍惚とした面持ちで見つめている。そんな彼を呆れたように見守っていたハーマイオニーだったけれど、「ついにホグワーツね、ナマエ」とわたしに囁いた。

「セドリック・ディゴリー!」

「ああ、」とわたしが声を漏らしたのを、誰も聞いてはいなかっただろう。天を衝くような大歓声だ。ハッフルパフにとっては誉だろう、足をふみならすその音は城を揺らしているかのようにさえ思う。セドリックのが微笑んでいる。誰もがその背中に、親しげに手を添える。その姿が消えた後、三人の代表選手を選び終わった大広間はやっと落ち着きを取り戻した。しかし、それは長くは続かなかった。

そうして──「ハリー・ポッター!」ダンブルドアの声が、響き渡る。「僕、入れてない」ハリーの呆然とした声は、ハーマイオニーとロンの動揺を沈めることはなかったろう。

「ハリー」わたしは彼の背中に手を添えて、なるべく穏やかな声を出すよう心がけた。

「大丈夫よ、落ち着いて──でも今は、行かなければ」

セドリックのことばかり頭を占めていて、彼がどれほど動揺するか慮ることをすっかり──忘れていたわけではないのだけれど──思考の隅にやっていたことを、今後悔していた。拍手は起こらない。彼と共に歩きたかったけれど、それは許されなかった。視線が刺々しく刺さっているように感じているだろう。ハリーが扉の向こうに消えた時も、まだハーマイオニーとロンは動転しているようだった。

「ハリーが──どうして──」

途端にそれぞれの寮のテーブルで議論が始まったのにも交わらず、ハーマイオニーがそう呟くように言った。「どうやって名前を入れたんだ?」ロンの表情は複雑そうだ。「僕、ハリーから何も聞いてない」

「とにかく今は、ハリーを信じましょう」

わたしはそう二人に言ったけれど、ロンはどこか納得のいかない顔をして──いつまでも、ハリーが消えた扉を見つめていた。

談話室に戻ると、二人とも寝室に引っ込んでしまったので、ハリーだけではなくこの二人の思いも根深いものがあることを知り、わたしは小さく唸った。何もかも、軽く考えすぎていた──シリウスのことやセドリックのことばかり頭を占めていたせいだ。フレッドがわたしの肩を組んで、「ナマエ、ハリーから何か聞いてないのか?」と、好奇心とどこか戸惑いが混じった声で尋ねてくる。ジョージやリー・ジョーダンにまで囲まれてはなかなか身動きも取れない。

「ハリー入れてないって言っていたから、そうなんだと思うわ」

「じゃあ誰が入れたってんだよ?」

その時、ハリーが帰ってきた。心なしかぐったりとしていて、見ているだけでかわいそうになってしまう。「ハリー……」わたしが彼に声をかける前に、彼をグリフィンドールの面々が囲んでしまったので、なかなか彼と話すことがかなわない。けれどあんな彼を放っておくわけにはいかないので、興奮気味の彼らを押し分けて、ハリーの手を引いた。

「ナマエ、僕は」

彼らの質問に、ハリーはうんざりしているようだった。「わかってる、あなたは入れてないって」それを聞いて、ようやくハリーが安堵したような表情を見せる。

「ハリー、いまは眠ったほうがいいわ──明日、すぐにシリウスに手紙を書くのよ。それが一番だから」

ハリーを男子寮に見送って、わたしも女子寮に早めに入ることにした。談話室はお祭り騒ぎでゆっくり考えることもできない状態だ。

「ナマエ」

寝室には、ハーマイオニーしかいなかった。ベッドに座って何やら本を読んでいた彼女は、わたしが来たのに気づくと顔を上げた。わたしはそんなハーマイオニーの隣に座って、その本に目を落とす。そこには三大魔法学校対抗試合について書いてあるようだった。

「炎のゴブレットを騙せるなんて──何が起こったのか」

「入れたのはハリーじゃなくて、誰か他の人間のはずよ。今年来た中の誰かが、彼を陥れようとしているのだと思う」

わたしが言えるのはそれくらいだった。ハーマイオニーとしばらく話し合って、それぞれのベッドに横になる。いつしか彼女の返事がまばらになり、消えたのを確認して、ハーマイオニーの肩に布団をかけ直した。

布団の中に収まりながら、わたしは大広間での出来事を思い出していた──割れるような拍手。期待を背負ってほこらしげな、セドリックの表情。出場しないよう説得することも、早めに負けるように妨害することも、あの姿を見てしまったいま、できなかった。セドリックにとって、この試合に出ることは何よりの誉れなのだから。

もう迷わない、こぶしを握りしめながら、心の中でつぶやいた。たとえセドリックを見殺しにしてシリウスを助けることができたとしても、わたしはあなたに誇れる自分でいられない──。セドリックを助けることで未来がどう変わるのか分からない。けれど、もし何が起こっても、その時は必ず、よい方向に向かわせてみせる。そう誓いながら、ベッドに身を預けた。

炎のゴブレット
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