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薬草学の授業の時だった。

ハリーはわたしの隣に来ると、少し押し殺した声で言った――「シリウスから、僕の手紙のこと、何か聞いてない?」

「えっ?手紙?」

わたしが聞き返すと、ハリーは真剣な顔で頷いた。ブボチューバーの膿を絞り出しながら、わたしたちはこそこそと話した。ペティグリューの脱走の後、シリウスは頻繁に新聞に上がっている。ハリーの名付け親だと嗅ぎつけた記者が彼をハリーと紐付けてよく書いていたため、シリウスの名前を出すと人目をひくと考えたのだった。

「特に聞いていないわ……昨日、リーマスからの手紙は届いたけれど。みんなによろしくって」

リーマスの名前を聞いたハリーは少し表情を和らげたけれど、すぐに深刻さを取り戻す。

「クィディッチ・ワールドカップに行く日にシリウスに手紙を書いたんだ。ロンとハーマイオニーには隠れ穴で話したんだけど、その――傷痕が、ひどく痛んで」

「傷痕が?」

わたしが思わず彼の額に視線を滑らせると、ハリーは気を揉んだ表情のまま続ける。

「夢に、ヴォル……あ、あの人が出てきたんだ。それと、あいつ、ワームテールが。その時は脱走したなんて知らなかったけど、今となれば、やっぱりあれは夢なんかじゃなくて――」

「ミョウジ!ポッター!腫れ草に集中してください!」

スプラウト先生が顔を付き合わせていたわたしたちに気づいて、そう声をかけたので、わたしたちは会話を中断せざるを得なかった。授業後、魔法生物飼育学に向かうため芝生を下りながら、先ほどの続きをはじめる。今度はロンとハーマイオニーも、輪に加わっていた。

「ワールドカップの日、シリウスが呼び出されたのはペティグリューが脱走したことを新聞より先に知らせるためだったのよ、隠し通せないと――魔法省だけで捕まえて、何事もなかったように振る舞うのが無理だと悟ったから。それを知ったシリウスは動揺していたし、きっとあなたの手紙に気づくのが遅くなったんだわ。届いてないわけではないと思う」

わたしがそう言うと、ハリーは納得したように頷いた。

「ハリーの夢は本当に起こったことだと思う?」

となりのハーマイオニーが尋ねた。

「確かなことはわからないけど、闇の魔法によってつけられた傷痕が痛むのは、吉兆とは当然言えないわね」

わたしがそう言うと場の空気がどんよりと暗くなったので、慌てて両手を振った。

「でも、きっとシリウスならいいアドバイスをくれるはずよ!彼が返信をよこすまで、悲観的にならずに待ちましょう」

そうしているうちにハグリッドの姿を認めたハリーたちの気分も上昇していたので、わたしは胸をなでおろした。相手がまだ子どもであることを忘れてはいけなかった。下手なことを言えば、ただ不安を煽るだけになってしまう。しかしその後に登場したスクリュートのおかげで、すべてわたしの杞憂に終わった。三人ともスクリュートの厄介な特性のせいでへとへとになり、すっかり傷痕に脅かされていたことを忘れていたからだ。

占い学に向かうハリーとロンに別れを告げ数占いの授業に向かったハーマイオニーとわたしは、すっかり満足して教室を出た。ベクトル先生はわたしが現役でホグワーツにいた頃からいたけれど、その授業はずいぶん楽しい――それに相反して、ハリーとロンは心なしかぐったりとしていた。

そんな中、マルフォイがロンに絡んだので、わたしたちは足を止めざるを得なくなった。

彼はロンの両親についてひどい侮辱をしている。親の顔が見てみたい、とつい思ったけれど、そういえばわたしは学生時代何度も見ていたのだった。5つほど上だったルシウスが誰かに面と向かってここまであけすけに言っているのは見たことがなかった――むしろ彼は、遠回しに嫌味を言う方が多かったので――せいか、余計に眉をひそめてしまう。そろそろいい加減にまずいだろう、と思ったところで、ハリーが冷ややかに言葉を返した。

ハリーがマルフォイに背を向けたところで瞬間的に思った、口論の後相手に背中を向けてはいけない、と。シリウスが喧嘩っ早いせいで、そんな知恵ばかりついた――。マルフォイが杖を取り出したところを横目にとらえる。「ハリー!」わたしが叫ぶのと、バーン!という音が響くのは同時だった。

ビリビリと緊張が走ったけれど、そこにムーディが割って入ったことで先ほどとはまた違う張り詰めた空気が流れた。

「ハリー!怪我はない?」沈黙を破ってわたしが尋ねると、ハリーが頷く。そうして、マルフォイの方を見ると――そこにいたのは白いケナガイタチだった。「えっ」わたしが小さく驚きの声を上げると、ハーマイオニーやロンと同じだったようでそれぞれ困惑の声を上げていた。

「あれって……ドラコ・マルフォイ?」

誰ともなしに言った。ムーディはマルフォイを、変身術でケナガイタチに変えてしまったらしい。正直――この状況だけ見れば――クールだ。わたしは平静を装うために唇を噛んだ。そうでもしないと笑いの波をこらえきれない。ドラコ・マルフォイに恨みはないけれど、こんな出来事は悪戯仕掛け人たちにだって起こせなかった。

ミネルバ・マクゴナガルが彼を止めたことで場は収まったものの、その後も興奮気味に生徒たちが囁くのが耳に入ってくる――マルフォイ、ケナガイタチ、ムーディ、白い毛玉。ウィーズリー家の双子が、わたしを挟んで大広間の椅子に座る。

「聞いたぜ、ムーディがマルフォイの正体を暴いたって」

「このすっとこどっこい、なんで俺たちを呼ばなかった?」

ロンがどこか誇らしげに、詳細を(ジョージが「ハリー、君の台詞ったらなんて気が利いてるんだ」と、口を挟んだ)語る。彼の授業を受けてきたらしい二人は、すでにムーディにほとんど心酔していると言っても過言ではない様子で、興奮していた。そんな彼らにあてられたのか、ハリーたちもムーディに対して好印象を抱いているらしい。

そうして、やっと――ハリーとロンが待ちに待った――ムーディの授業がやってきた。わたしは彼に対する疑念を抱えたままだったけれど、彼が直接手を出すことがないのは分かっていたため、ただ彼が点呼を取るのを見つめていた。「ミョウジ」わたしの番だ。「はい、」と控えめに答えると、ムーディの魔法の目がくるくると回ってわたしを捉える。そしてすぐに、次の生徒に移った。

授業に取り掛かったムーディが尋ねたのは、許されざる呪文についてだった――思わず心臓が跳ねる。ムーディが杖を向けて呪文を唱えれば、クモがたちまちにこっけいなパントマイムをはじめる。教室が笑いに包まれた。少なくとも、壇上のムーディと、わたし以外は。

そうして、磔の呪いが実演されると、一気に教室が恐怖に包まれた。ざわざわと胸が嫌な感覚を拾う。クルーシオをかけられた人間を、わたしは見たことがあった――ひどいものだ。そして、つぎにそのクモがたどる運命を、わたしは知っている。目をつむりたかった。もうたくさんだ。ハーマイオニーが答える。その呪文を聞きたくない。ムーディは彼女の答えに微笑んだ。

アバダ・ケダブラ!」緑の閃光がほとばしって、クモはぴくりとも動かなくなった。わたしはその様子を、ただ見つめることしかできない。つう、とこめかみから、暑くもないのに汗が流れた。

ふと、思い出す。その顔に微笑みのあとを残しながら、命だけを失った姿で、まだ生きているように、けれど二度と動いて話し出すことはない――。頭の中を占めるのはただ一人だった。いつの間にか、授業が終わっていて、生徒たちが異様な興奮とともに口々に語りはじめる。「ナマエ」ハーマイオニーが言った。「行きましょう」

そのあと図書室で熱心に何やら調べごとをしているハーマイオニーとは少し離れた席で、わたしは適当に取った本のもっともらしいページを開きながら、頬杖をついて宙を眺めていた。両親について想起したらしいハリー、そしてひどく動揺していたネビル・ロングボトムまではいかなくとも、わたしがナーバスになっていることを感じ取ったのか、ハーマイオニーが必要以上に話しかけてくることはなかった。それをありがたく思いながら、揺れる心に言い聞かせる。まだシリウスは生きている。少なくとも、今は、必ず。危険は差し迫っていない――。

目を向けるべきは今のチャンスだというのに、何度も目にした彼の今際の瞬間が頭から離れない。緑の閃光は何度も彼を貫いた。目の前でも、夢の中でも。

静かな場所にいるからこうして何度も繰り返し考えてしまうのかも、と、わたしはハーマイオニーにことわって図書室を出ることにした。談話室では、ロンとハリーが何やら熱心に羽ペンを動かしている。宿題を済ませているらしい。

しばらくベッドに横になっていると、ハーマイオニーが顔を出した。

「シリウスから返事が来たって、ハリーが喜んでいたわ」

「シリウスはなんて?」

わたしが尋ねると、ハーマイオニーは少しためらって、しかし口にした。

「近々、一度こっちに来るそうよ。休暇まで待てないからって」

「えっ!」

わたしが驚いて体を起こすと、ハーマイオニーは笑って「ちょっと元気が出たみたいね」と言った。けれどわたしはそんなハーマイオニーを数秒見つめて、そのまま額に手をやり小さくため息をつく。

「彼ならやりかねないと思った――ハリーに対して過保護すぎるわよね?彼。客観的に見ても」

確かに、彼の傷跡の件はとても気にかかるけれど、とわたしが続けると、ハーマイオニーがわたしのベッドに腰掛けて、少しいたずらっぽい表情を浮かべながら言う。

「そして、ナマエ、あなたはシリウスに対して過保護よね」

わたしが思わず顔を上げると、ハーマイオニーはくすくす笑って、「ナマエって顔に出やすいわよね」と付け加えた。「えっと……その、それは」わたしが言い訳しようと口を開いた瞬間、ハーマイオニーが「じゃあ、おやすみ」と立ち上がったので、わたしはもこもごと口を閉ざすしかない。娘ほどの年だというのに、勘が鋭い――。わたしは先ほどまでの憂鬱をいっとき忘れて、ベッドの中で頭を抱えた。

次の日のムーディの授業は、なんと、服従の呪文を生徒たちに破らせるという。ダンブルドアがそれを望んでいるというけれど、本当に?思わずそう疑ってしまうほどには、その内容は驚きだった。そうして生徒たちが次々に、インペリオをかけられていく。

今まで生きてきて、服従の呪文をかけられたことはなかった。不死鳥の騎士団としてシリウスとともに活動していた時期も。「ミョウジ、こちらへ」ムーディの言葉に、わたしは生徒らしくふるまうまでもなく本心から、恐る恐る前へ出た。

「インペリオ!服従せよ!」

わたしの戸惑いなど露知らず、ムーディがわたしに杖を向け、心の準備をする時間も与えないままに呪文を唱えた。途端にふわふわとした感覚に陥り、多幸感に支配される。ずっとこのままでいたいとさえ思った。不安やかなしみなど、永遠に訪れることがないように思われる。

教壇に登って歌え!

不意に、そんなムーディの声が聞こえた。そうするのがわたしの最大の望みのように思える。みんながわたしを見ているのをぼんやり見つめた。

さあ、歌え!

脳へと直に彼の声が聞こえているような、そんな感覚だった。わたしは教壇に登ろうとして、ふと、一つの歌が思い出されたことに気づく。

I want all the world to see.To see you're laughing, and you're laughing at me

どこか調子っぱずれだ、マグルのラジオから聞こえてくる音楽に合わせて、若く、懐かしい声が歌っている。わたしに笑いかけてくるのは、他でもないシリウスだ――。わたしはどうしてこの曲を歌おうとしているの?

「素晴らしい!」

いつの間にか幸福感が立ち消え、ムーディのどこか興奮した声が聞こえる。

「素晴らしい、ミョウジを見たか?ポッターに続き二人目の成功者だ……教壇に足をかけたが、抗ってみせた!」

ばし、と思い切り肩を叩かれ、思わずびくりと体を震わせる。「どうやったの?ナマエ、コツを教えてちょうだい」ハーマイオニーがそう耳打ちしてきたけれど、わたしは答えられなかった。約三十年前の、恋人との思い出のせいで感傷的になっただなんて、言えるはずがない――。わたしはなんとか咳払いでごまかすと、ハーマイオニーの追求を逃れて席についたのだった。

マッド-アイ・ムーディ
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