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「シリ……あーっと……スナッフルズ!」

喜色を浮かべてこちらに駆け寄ってくるハリーの後ろから、ロン、ハーマイオニーが続いてその背中を追っている。9と3/4番線を黒い大きな犬を連れてくぐるのはどうにも骨が折れたけれど、杖を持ち出す前にタイミングが来たので安堵したばかりだ。

ハリーが犬の姿のシリウスの前にしゃがみこんで、声を抑えながら呼びかける。

「シリウス、行く前に会えてよかったよ――。気落ちしてるんじゃないかと思って、心配だったから」

もちろん僕も同じ気持ちだ、と付け加えるハリーの手に、シリウスがその頬を擦り付ける。できれば人間の姿に、と彼は望んでいたけれど、汽車が走るまであと少しだ。モリーがフレッドとジョージを急かしている。ハーマイオニーがはい、とわたしの荷物を渡してくれながら、「あなた、戻って正解だったわ……マグルのタクシー3台でここまで来たの」と、なぜか引っかき傷だらけの腕を見てぼやいた。ウィーズリー家は総出で見送りに来たようで、ビルとチャーリーがモリーに並んでロンとジニーを囲んでいる。どうやら、三大魔法学校対抗試合について匂わせているらしく、ロンがじれったそうに声を上げていた。

「じゃあ、モリーおばさん、みんな、それから――スナッフルズ、いってきます」

ハリーの声に応えて大きな黒犬が威勢良く吠えたので、彼の周りにいた見送りの家族たちは驚いたように小さくのけぞった。汽車の後を追いかけて走る “スナッフルズ” をいつまでも眺めていると、そろそろ入ろうかと声がかかる。コンパートメントがちょうど空いていてよかった、と腰を落ち着けながら思った時、ハリーたちが聞き耳を立て始めたのでわたしも思わず動きを止めた。聞こえてくるのはどこか聞き覚えのあるような、傲慢さの目立つ声だ――。ダームストラング校について話しているらしい。

ハリーたち三人が熱心に話しているのを聞くと、どうやらあの声はドラコ・マルフォイのものらしかった。「ああ、ルシウス・マルフォイの息子ね」わたしが納得したようにいうと三人がこれ以上なく怪訝な顔をしたので、わたしは慌ててごまかし笑いをする。すぐに他に話題が移ったので、そっと胸をなでおろした。

そしてネビルたちの来訪があった後、わたしは実際に彼の姿を認めることになる。プラチナブロンドの神を撫で付けた彼は、幼さがあるもののマルフォイ家の血をしっかり継いだ顔立ちをしている。「うわあ。父親にそっくりなのね!」わたしは思わずそう口にしてしまったけれど、お互いに口論がヒートアップしていたせいかわたしの声はこれといって取り上げられることはなかった。

「ミョウジ、君はどうなんだ?」

不意に名前を呼ばれて顔を上げると、ハリーたち三人と、それからドラコを筆頭とした三人組の視線がわたしに集まっていて、「え?」と声を上げて戸惑う。ドラコ・マルフォイが何かわたしに意見を求めたらしい。なにぶん話を一つも聞いていなかったのでわたしが困惑していると、ロンがやっと彼をからかう理由を見つけたとばかりに声を上げた。

「ナマエは君になんか興味ないってさ」

ドラコ・マルフォイはその白い肌をうっすらとピンクに染めて、「黙れ、ウィーズリー」とはねのける。その後もしばらくとげとげとした応酬が続いたものの、満足したのか彼らは去っていった。

「あんなやつ……」いきりたったロンはまだくすぶっている。「小さい体でマルフォイ家の恩恵を担ごうとして……あの人の息子に生まれた彼も大変なのね」わたしがドラコ・マルフォイの背中を見送りながら言った言葉は、「なんだか今日のナマエはどこか “ズレてる”わね」とハーマイオニーに評された。

ホグワーツに着くと、あまりの懐かしさに胸がいっぱいになった。数ヶ月前にもここにいたというのに、汽車で来た時の感覚というのはまた違っている。ローブを身につけ降り立ったわたしはまるで新入生のように心を躍らせていた。ゆっくりと踏みしめていると、誰かがとんとんとわたしの肩を叩いた。いつまでもわたしが城の様子を眺めているので、三人のうちの誰かがじれたらしい。

「変ね、なんだかホグワーツが久しぶりのように感じちゃって……あっ!」

振り返ると、そこにいたのは三人の誰でもなかった。ワールドカップの会場で出会った、感じのいい青年――セドリックだったのだ。イエローカラーを身につけた彼は、どこか雰囲気が違って見える。

「ごめんなさい……ハリーたちかと思って」

わたしがそう言うと、セドリックはその涼しげな顔に微笑みをたたえながら、「ハリーたちなら、ほら、そこに」と指してから、荷物が重そうだと言ってわたしのカバンの一つを持ち上げた。彼だってかばんを抱えているのに。遠慮しようと手を伸ばしても、彼は紳士的にわたしから荷物を遠ざける。

「この前は父さんがちょっと失礼だったんじゃないかと思って……。少し気になってたんだ。それで、ちょうど君を見かけたから」

あまりに些細なことで、彼が気にしなくてもいいのに、この優しい青年はそんなことを困ったように眉を下げながら言った。

「大丈夫よ、あの時あなたのお父さんとお会いできて楽しかったわ。もちろん、あなたとも」

わたしがそう言うと、セドリックは安心したように笑う。「そんなことを気にしてたのね」わたしが場を和らげようとそうからかうように言えば、「ほとんど初対面だったから、君がどう思うかわからなかったんだ」と弁解するように返すので、わたしも笑ってしまう。

その後も馬車の近くまでわたしを送ると、「じゃあ、また会おう、ナマエ」そう言って仲間のハッフルパフたちのところへ去っていった。その背中を見送っていると、様子を見ていたハリーたちが駆け寄ってきて、その中でも好奇心に負けたらしいロンが「いつの間にそんなに親しくなったんだ?」と気色ばんだ顔で尋ねてくる。「ただ話してただけよ」とかわして馬車に乗り込んだ時、わたしはその馬車を引いているのが、魔法動物の教科書に載っていたセストラルだということに気づいた。姿が見える。セストラルが見えるのは、死に直面したことがある者だけ――。

一気に血の気が引いたわたしに気づいたのか、ハーマイオニーが「ナマエ?」と顔を覗き込んでくる。「いいえ、なんでも――」わたしはそう答えたけれど、心臓の音はうるさかった。セストラルを見て真っ先に思い浮かんだのは、何度も見たシリウスの死に顔だったからだ。「ナマエ、顔が真っ青だ、大丈夫?」ハリーまで、そう気遣わしげに尋ねてくる。ロンが先ほど食べていたカエルチョコレートの残った半分を差し出した。

「ありがとう、大丈夫……ちょっと寝不足みたい」

寮に着いたら真っ先に眠るわ、とわたしが言うと、三人がそうしたほうがいい、と頷く。心配をかけて申し訳ない気持ちと、セストラルが引く馬車に揺られる心許なさがせめぎあって、どうしようもなかった。

ようやく城に到着し、生徒としてその扉をくぐる高揚感をなんとか取り戻したところで、組み分けが始まった。入学したての生徒たちは、ずいぶん幼く見える――。この身体になって、大して年は変わらないとわかってはいても、その感覚が消えることはなかった。食事が始まると、瞬く間に興奮が広がる。生徒たちはずいぶんお腹を空かせていたらしい。ホグワーツの食事を食べるのは久しぶりね。そう思いながら、周りの方針に従って自分の皿に山盛りにご馳走を取り分ける。

「ナマエ、ロンがグリフィンドール寮の入り口でつっかえる前に程々にするよう言ってやってくれよ!」

少し離れた席からフレッドがからかいの声を上げた。ロンはがっつき過ぎていることを自覚していたのか少し鼻先を赤くしながらも「そっちこそ!」ともごもご言い返している。

そうしているうちにデザートまで食べ終わり、大盛りになっていた皿の上が綺麗になくなってしまうと、ダンブルドアが立ち上がった。どうやら、三大魔法学校対抗試合について説明するつもりらしい。しかしそこで横槍が入った――アラスター・ムーディだ。わたしはそこで重要なことに気づいて、彼から目が離せなくなった。新聞の記事を思い出す。

いかれたクラウチJr、恐れを知らずマッド-アイ・ムーディに成りかわったか

彼が――すでにバーテミウス・クラウチ・ジュニアなの?彼のせわしなく動く義眼が、こちらを捉えたのが分かった。どうやら、ハリーを熱心に見つめているらしい。そこでそのブルーの瞳がちらりとわたしを見たことに気づく。わたしの視線に、気づいたらしい。

どうすべきか、わたしは考えあぐねている。彼の正体を知っているのだ。本来なら告発すべきだ、証拠は彼自身なのだから。しかしそうなれば、ヴォルデモート卿が次に打ってくる手が未知数になる。

わたしは究極の選択を迫られていた。今まで、元の姿で、シリウスの命を助けることしか頭になかったせいで、こんな状況に陥るなんて考えもしなかった――。周りの生徒は皆、降って湧いた三大魔法学校対抗試合の話に夢中だった。誰もが興奮しきった声で囁きあい、熱狂的な目をしている。そんな喧騒の中で、わたしはただアラスター・ムーディを見つめていた。ひくり、と彼の顔が癖のように痙攣する。わたしだけ、時が止まったようだった。

「ナマエ、どうしたの?もうみんな行っちゃうわよ」

ハーマイオニーの言葉に、やっと我にかえる。まわりを見回すと、すでにほとんどの生徒たちが大広間を後にしていた。

「ボールダーダッシュ」、ジョージが唱える。それが今年のグリフィンドール寮の合言葉らしい。談話室はまだ、三大魔法学校対抗試合の話で持ちきりだ。フレッドとジョージがその輪に加わって、どっと騒ぎが大きくなる。先ほど寝不足だと言ったのが功を奏したのか、わたしが口を閉ざしたままなことを誰も指摘しなかった。ハーマイオニーの後に続いて寝室に入った後も、考えは一つもまとまらなかった――。

ずいぶん女子部屋が寝静まった頃、コツコツと窓を叩く音がした。風の立てる音ではない。わたしが体を起こすと、そこにいたのは一匹のふくろうだった。柔らかな羊毛色の羽を持つそのふくろうに見覚えはなかったけれど、どうやらわたしに手紙を届けに来たらしい。ありがとう、とささやいて優しく撫でると、おだやかな声でほう、と鳴いた。

親愛なるナマエ、と書かれた文字には見覚えがあった。リーマスだ。

ナマエ、無事にホグワーツに着いたようで何よりだ。君が不安に思うことなく学校生活を送れるように、なるべく早くこの知らせを届けようと思う。この前ブラック邸で話していた件だ。

そんな前置きを読み終わって、彼がわたしとシリウスの口論に心を砕いてくれていたことを改めて感じて、思わず手紙をそっと撫でる。昔から優しいひとだった。わたしとシリウスが些細なことで喧嘩していると、いつも彼がとりなしてくれていた。そんなことを思い出して、内容をいっとき置いて胸がくすぐったくなる。

シリウスとよく話し合ったよ。彼の考えは固かったが、今や君はハリーとナマエの保護者なんだと言ったら少し軟化したようだ。私が空いている日に、私と行動を共にするという条件付きで、捜索することを二人で決めたよ。当面はロンドンの中を、そしてしばらくしたら少し遠出してみようと思う。君も知っての通り、彼はひどく頑固だからこちらが言ったことを全て通せるわけではない。分かってくれるね。

しかし、君の心配は取り除くことができたと思う。私が責任をもって、彼に無茶をさせないと誓うよ。学生時代には静止役というよりむしろ彼らの誘いに乗ってしまっていたものだが、さすがに私達はもういい大人だからね。ハリーたちによろしくと伝えてくれ。

p.s.三校対抗試合のことはもう耳に入れたかな?私達が今学生でないことが残念だ。君たちが出場することはないだろうが、それでもきっと楽しめるだろう。また何かあればふくろうを送るよ


これが、今できる最大限だろうと思った。彼は何でもないことのように書いているけれど、シリウスを説き伏せるのには骨を折ったに違いなかった。感謝を伝える手紙を月明かりを頼りに書いて、ふくろうの足に結びつける。「リーマスのところに、お願いね」わたしがそう念押しすれば、ふくろうは心得たとばかりに短く鳴いた。

リーマス、今のわたしの悩みを、あなたに打ち明けられたら――そう思わずにはいられない。学生時代から、彼はひとりの親友として、いつも相談に乗ってくれる相手だった。シリウスがたまにやきもきするほどには。しばらくはおだやかに、考える時間が取れる日々を過ごせますように――そう願いながら、もう一度ふとんの中に潜り込むのだった。

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