あなたをあやつる魔法
鬱蒼とした森に囲まれた古い屋敷。
年代物だけれど、上質なものと一目見てわかるようなソファにわたしはぐったりと身を預けていた。まるでアバダケタブラをされた後の死体のように。
「ねえまだ仕事終わらないのー?わたしダイアゴン横丁のアイスが食べたい」
「貴様は俺様の立場をわかっているのか?」
蝋のような顔を思い切り歪ませて、部屋の窓際に社長よろしく置かれた革張りの椅子に座った”あの人”はわたしを睨んだ。
「確かにヴォルがダイアゴン横丁に立ってるのはシュールだけどさあ。ハロウィンの仮装ってことでよくない?」
まだ八月だけど。
そう付け加え、わたしはソファに投げ出した足をばたつかせた。
ヴォルなどと腑抜けた名前に短縮するな、という言葉は耳に入らない。
ダイアゴン横丁のアイスパーラーに新製品が出たらしい。濃厚なチョコが外側にコーティングされ、さっぱりとしたミントのフレーバーと最高のハーモニーをなしているそうだ。わたしはちょうどチョコミントにハマっている。
「そんなに行きたいというならアブラクサスでも捕まえて行って来い」
そういうことじゃないのだ。
美味しいものを誰と食べるか、それが大事なのである。学生の時分から常々それを説いてきたつもりだったけれど、変なところで柔軟性のない堅物ヴォルくんには一切伝わっていなかったようである。
「久々にわたしとデートしようだとか、そんなこと考えないの?」
「常にくっついてきてるだろう。貴様が」
「24時間デート中って?その言葉はありがたいけど、女の子はいつも刺激を求めてるの」
ついにヴォルは頭を抱え始めた。闇の帝王だとか変なあだ名をつけられるほどの彼にそんなことをさせるのは、世界中探して回ってもわたしくらいしかいないだろう。
「もういい。俺様は疲れた。1時間で帰るぞ」
そう言うとヴォルは立ち上がり、自らの顔の前で手のひらを広げて撫で下ろすような仕草をした。すると、その下に表れたのは昔懐かし、ハンサムだった頃(と書くと、すごく悲しくなる)の彼である。
「この顔なら外を歩いても騒がれはしないだろう」
「これでなまえちゃんと堂々といちゃいちゃできるから楽しみって言いたいのね」
「プランは二つだ。そのまま口をつぐむか、ダイアゴン横丁に歩く浮かれた者どもを皆殺しにしてありのままの姿で歩くか」
「黙ります」
悩めるペディキュアの主人公×リドルの関係の延長線のような二人。恋人同士ではあります。