悩めるペディキュア
「また!まただよ!この色情魔が!」

わたしは地団駄を踏むようにして、人気のない談話室で愚痴をこぼした。

「今年で何人めの彼女なの?この薄情者!ホグワーツの女全員抱かないと死んじゃうの?」

わたしが憤っているのは、他でもないあの優等生の仮面を被った腹黒キツネ、トムリドルの女癖である。

スリザリンでクリスマス休暇に残るのは毎年トムだけだった。

それを哀れんで今年は帰らずに居残りリストに名前を書いてやったのに、なんとクリスマスは彼女の家に招かれているらしい。

おかげさまでわたしは見事にぼっちでクリスマスを過ごすことになったのである。

「わたしというプリティーでグラマラスな美少女がいながら…」

「ここまで当てはまることが一つもない自己紹介も珍しいね」

そして、わたしの愚痴を課題のレポートを書く手を止めずに聞いているのもまた、他でもないトムリドルくんその人なのである。

「僕の交友関係のことより、談話室という公共の場で、そんなもの塗らないでもらえるかな?臭いんだよ。匂いが」

いつも澄まして温厚な顔を取り繕っているトムが心底迷惑そうな表情を浮かべるのは珍しい。

というより、わたしの前くらいでしかそんな顔はしないだろう。

「マグルのものは色が豊富で可愛いから匂いがあっても仕方ないんだもん」

「僕が言ってるのはそういうことじゃないだろう。やるなら自分の部屋でやれ」

「そもそも公共の場って言ったって、クリスマス休暇に残ってるのなんてわたしとトムしかいないじゃない」

トムのこめかみがぴくぴくと動く。イライラしている証拠だ。トムは外面を被っている時も、イライラするとこめかみに表れる。

「僕という他人がいる時点でここは公共の場だ。やめろと言ったらやめろ」

「そんなことどうでもいいからトム、キスしない?」

「しない。バカが移る」

トムはつれない。モテにモテるトムはそれこそ一年生の時から女の子が途切れたことがないのだから、キスくらいパパッとしてくれても減るもんじゃないと思う。

「君とキスして失うものは多い。知性とか品格とか、清潔さとか」

「人をバイ菌扱いした方がバイ菌なんだぞ」

あーあ。トムがこんなに顔が綺麗じゃなければ、こんな性悪男にキスをねだるなんて真似、一億ガリオンもらってもしないのに。嘘。一億ガリオンもらえるならいくらでもねだる。

「トムのせいで綺麗に塗れないし」

わたしは足の爪を塗るのが苦手だ。ムラになるし、はみ出るし。

隣でぶつぶつ言うわたしにトムは舌打ちを一つすると、「貸せ」とぶっきらぼうに言ってわたしからマニキュアの小さな瓶を奪った。

そしてまるでシンデレラにガラスの靴を履かせる王子様のようにわたしの足を取ると、丁寧にそれぞれの指を赤色に染めていく。

「そもそも、なんでこの色を選んだんだ。センスがない」

トムはスリザリン生として模範的なセリフを吐き捨てるようにして言う。

しかし今のわたしには、トムがこの世に一人だけの王子様にしか見えなかった。

顔だけならきっと、チャーミング王子にも負けず劣らずに違いない。

「まったく。僕の膝に足を乗せた女なんてなまえしかいないよ」

「わたしがトムの初めての女って言いたいの?そういうこと?」

トムは心底嫌そうに眉をひそめながらまたレポートに目を落とす。

マニキュアが乾くまで動けないわたしは、騒ぎすぎたせいでさすがに疲れてしまい、座っていた三人がけのソファにだらしなく寝転がった。

「クリスマスはダンブルドアとチキンの舞でも踊ろうかな…」

そうぼそりと呟きながら杖でいたずらに空中に花びらを散らす。

そんなわたしの様子をちらりと横目でうかがったトムは、ため息混じりにレポートを丸めながら言った。

「……夜には帰る」

「え?行くからには泊まるのが普通でしょ、多分カノジョもそのつもりだよ」

「夜には帰るし、イブは君と過ごす。これでいいだろう」

トムはそう言いながらもわたしの方は見ない。書き終わったであろうレポートをカバンにしまうと、分厚い本を取り出してしおりの箇所を開いた。

しかしその顔はしかめっ面のままだ。

もしかしてトム、これは照れてる?

打算抜きで人に何かをするようなタイプじゃないのに。

「正直な感想言っていい?やっぱ、トムってわたしのこと世界一好きだよね?」

「寝言は永眠してから言え」


主人公の前でだけ素を出してしまうリドルくん。なんだかんだ言って、主人公に男の子が近づくと威嚇するタイプ。

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