ルビーの涙・乙女は泣かない
「僕は君を愛してる」

ソファに座って雑誌をめくっていたわたしに、向かいのチェアに腰かけたトムが言った。しばらく黙り込んでいたと思ったら、突然何を言いだすんだろうか。わたしがちらりと目を向けると、トムはまるで「今日は晴れているな」だとか、そんな天気の話をしたかのように、平然としている。わたしは思わずその白々しさに吹き出してしまって、見終わったページを閉じながら、彼に向き直った。

「思ってもいないことを言わないで、トム」

「何故そう思う?」

あなたは愛というものを知らないからよ、というのは残酷な言葉だった。それに、あくまでわたしの物差しなのだから、彼に振りかざすのはあまりに身勝手だ。わたしは肩をすくめて、笑った名残を表情に残したまま「あなたがわたしを愛することはないから」とだけ答える。無理しなくてもいいのよ、とも。雑誌の内容は取るに足らないゴシップばかりだ。クィディッチ選手の不貞だとか、今若者の間で流行のバンドが解散の危機だとか。けれどわたしはそれに目を落とした。

「君がまともに興味のないそれを読んでいるふりをするのと、僕が君に愛していると言うのと、何が違うって言うんだ?」

トムはチェアに深く座りなおすと、肘掛に置いた手で眉間を揉みながら、とてつもなくやっかいだと言わんばかりの顔をする。

「昨日も言ったけれど、あなたに何かして欲しいわけじゃないのよ。わたしがあなたのことを好きなことと、あなたがわたしを好きになることは別物なの」

「しかし君はこうも言ったろう。約束を守ることはできなくなったと」

そうね、と雑誌を読むのを諦めたわたしは彼の言葉に返して、わたしたちの間に横たわるテーブルにそれを置いた。トムは見かけよりわたしが気もそぞろだったことに憤っていたのか、杖の一振りで雑誌を消し去ってしまう。談話室に落ちていたので、もしかしたら他の生徒のものかもしれないのに。

「僕は君に譲歩し続けてきたはずだ。君が望めば、それをかなえてきた。それを今になって」

だって、とわたしは言う。

「あなたのことを、好きになってしまったんだもの」

トムはわたしの言葉への苦々しい表情を隠さないことにしたらしい。はあ、と露骨にため息をついて、言葉の通じない相手をどのように説得するか賢い頭で考え始めたらしい。

わたしが昨日トムに言った言葉はこうだった。“あなたのことを、好きになってしまった。約束を守れそうにないわ” 約束というのは、卒業後彼の思い描いた構想を実現するまで、そばにいるというものだ。それを言い出したのは彼の方だった。彼はわたしを愛する気も、そもそも愛というものさえ理解しないのに、そうやって執着だけはする。その約束のために、彼は時に彼らしくない領域にまで、足を踏み込む。――例えば、愛の告白だとか。

「約束を反故にしたのは申し訳なく思ってるわ。わたしにできることならなんでもしてあげる」

わたしは手を伸ばして、艶やかな彼の髪に触れた。わたしは彼の髪に指を通すのが好きだった。ブルネットの髪は涼しげで、彼の滑らかな肌の額縁としてふさわしい。そうして、指先で頬のラインをなぞって、形のいい鼻へ。この世に創造主というものが本当に実在するなら、トムは誰よりもその者に愛された人間だろう。

「僕を、――好きだというなら、なぜ離れたいと思う?それなら尚更、僕と共に在ればいい」

トムはずいぶんためらって、そう言った。彼に触れるわたしの手を受け入れながら。そんな彼がますます愛おしくなって、かなしい。愛さなければ、ずっとそばにいられただろうに。もしくは、そばにいるだけで幸福だと、そう殊勝に思うことができたら。 “あなたが愛してくれないからよ”というのは簡単だった。けれど、それへのトムの解決法が、先ほどの愛の告白なのだった。

わたしは喉まで出かかった様々な言葉をすべて飲み込んで、「だめなの」とだけ口に出して微笑む。トムの顔が歪むのを見た。もしかしたら、杖を向けて脅すかもしれない。もしくは、一思いに殺してくれたっていい。わたしは、彼がすでにひとを手にかけたことがあるのを、知っていた。わたしもその場にいたのだから。

ごめんね、トム、と口に出さないまま心の中でとなえる。わたしは彼の頬に手のひらを添えたままで、彼はチェアに座って身動きもとらないままだ。永遠にこのまま時が止まってしまえばいいのにとは思えなかった。あまりに、悲しみに満ちすぎている。わたしは彼のひたいに口づけを送ると、立ち上がった。すでに、消灯時間を過ぎて久しかった。

愛を理解できないのにヒロインをつなぎとめるためだけに愛してると口にするトムを書きたかっただけの話でした。

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