バカみたいなホントの話
「だから、君は何度言ったらわかるんだ」

ずい、と寄せられた端正な顔に、わたしは思わず気持ち三歩ほど飛びのいて――図書館の椅子に並んで座っているので、実際は体をのけ反ることしかできないのだけれど――、「ご、ごめんってば。わかってはいるんだけど……」と答える。そして言ったそばから後悔して、内心頭を抱えた。言い訳無用、それが彼のスタンスだというのに。案の定彼は納得していないようで、少し強めに羊皮紙を叩いた。

「わかっているならなぜこうなる」

彼の長い指の先には、先程から彼――ホグワーツで誰より名を知られた優等生、トム・リドルに半ば強制的にやらされている、変身術の課題がある。確か来週までだったはずなので、前日に徹夜でやろうと楽観的に考えていたというのに、なぜかこうして彼に捕まり、図書館での勉強会が開催されている。おかげさまで図書館に集まった彼のファンから痛い視線を浴びながら。

彼は数ヶ月前からこうなのだ。ギリギリまで課題をやらない、そして提出も時折忘れるいわば落ちこぼれのわたしをなぜか気にかけて、こうして甲斐甲斐しく勉強を見てくれる。そう言えばとてもありがたく優しい存在なのだけれど、彼は他の女子生徒には甘やかでとろけるような笑顔を送ってやっているにもかかわらず、わたしに対してはまるで悪魔のような形相でスパルタ教育を施すのだった。おかげで最近のわたしは課題を一週間前には仕上げてしまっている。そのくせ出すのを忘れそうになるので、トムのアラームのような “君、今日が提出日だともちろんわかってるんだろうな?” が頼みである。

「あ、あの〜…。多分、そこまで完璧な答案は、ダンブルドアもわたしに求めてないと思うんだけど…?」

あまりに彼の添削が厳しいので、そろそろと手を挙げてそう主張するものの、「黙って手を動かせ」とぴしゃりと跳ね除けられる。

その言葉に従って、びくびくしながらも羽ペンを走らせていると、しばらくの沈黙が訪れた。もちろん、そんな間にも女子生徒からの厳しい睨みは続いているものの、トムに目をつけられてからは気づかないふりが随分と上達したのだった。

「……そういえば、なまえ」

頬杖をついたトムがそう言うので、休憩させてくれるのかと羽ペンを放り出すと、彼は力強くもう一度握らせてくる。その速さたるや。

「何ですか。わたしが知らぬうちに魔法薬学か防衛術かからレポートでも出されましたか」

わたしが嫌味っぽくそう言うと、トムの口角がぴくぴくと引きつった。だんだん表情管理すら危うくなっていることが、わたしの不安材料である。せめて顔だけは王子様でいて欲しい。彼がわたしに目をつけるまでは、わたしだって彼の一端のファンだったのだから。今ではなるべく顔を合わせたくない相手ではあるものの。

「今週末のホグズミードの予定は?」

「え?ゾンコ、ハニーデュークス、三本の箒の三本立てでお送りするけど?」

「眠り薬の材料はまともに言えないくせに、こんなときだけ早いな」

忌々しいと言わんばかりの顔を浮かべるトムを放って、さっさと終わらせようと真面目にペンを走らせにかかると、トムが何かぼそりと言った。図書館ではお静かに、と言われてはいるものの、そんなに小声では流石に聞こえるはずがないだろう、という音量で。

仕方なく、「なに?」と聞き返すと、トムはいかにも不機嫌そうな顔をした。なぜ聞き取れないと言いたげだけれど、聞こえるはずがないだろう。

「それを今日中に仕上げることができたら、バタービールを奢るといったんだ」

「えっ!」

わたしは思わずそんな声を上げたけれど、よく考えてみるとそんな甘い話はない。きっと、三本の箒で魔法薬学の予習をさせようだとか、そんな魂胆に違いない。

「え、えーっと……実はその日、重要な用事があるので……」

そういってどうにか逃げられないか工作しようとしたけれど、トムにはお見通しのようで、「あるわけないだろう、そんなものがなまえに」とすげなく言われた。

「僕とホグズミードに行くのがそんなに不満か」

しかしトムがそんなことを、どこかいつもと違って恥ずかしげに言うので、わたしはあるはずないと思いながらも彼を覗き込みながら言った。

「それって、デートのお誘いってことですか?」

途端にトムの眉根に皺が寄せられる。あるはずないですよね〜…とつなげるつもりが、「そうだよ」とどこか投げやりに言われるので、「嘘でしょ!?」と素っ頓狂な声をあげ、マダムにわたしだけ追い出されるハメになるのは、もうおきまりのようなものなのだった。

ラブコメを書きたいと常々思っているのですが、やはり実際書くとうまくいかないので毎回悲しくなります。甲斐甲斐しいトムを書きたい欲が勝って書いたものの、やはり難しいですね。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -