ゆるやかな首筋にあいを記す
トムはご機嫌ななめらしい。
らしい、というのも、トムがわたしの前に当たり前のように座ってから一度も口を開いていないからだ。「どうしたの」という言葉を待っているのかと思ってそのまま言ってみたけれど、やっぱり返事はない。
頬杖をついたまま図書室の窓から外を眺めるトムに話しかけるのを諦めて本を読む手を進めていると、突然トムがそのままの姿勢で口を開いた。

「さっき、君が中庭で男と一緒にいるのを見た」

唐突に何を言いだすんだ。思わずそう思ってしまうのも無理はないだろう。散々わたしを無視したくせに。あと一息でそう言いかけたけれど、火に油を注ぐだけなのはわかっているので黙っておく。

「マシューのこと?ちょっと世間話してただけじゃない」

「世間話?『君さえよければ恋人として、来週のホグズミードに一緒に行かないか』と言われるのが、君にとっての世間話だというのなら、ずいぶんと手慣れてるんだな」

全てバレていたようだ。ごまかしが効かないことを知り、わたしはこっそりとため息をついた。
マシューは同寮の先輩で、クィディッチの選手としても活躍しているハンサムな人気者だ。そんな彼に告白されて驚かなかったわけではない。

「どこかの誰かさんがひた隠しにするせいでわたしはフリーってことになってるの。告白の一つや二つ受けたって、なんらおかしいことはないわ」

我ながら大きく出たものだと内心思いながらも、それくらいの皮肉は言ってやらないと気が済まない。そこまで恨めしそうに告白されたことを非難するなら、自分の行いも改めたらどうなの、という気持ちを込めて。
トムは告白されるどころか、わざとやっているのかというくらい女の子たちに気を持たせるようなことばかりするのだから。

わたしたちが付き合ってもう数ヶ月は経つだろうに、この関係は誰にも知られていなかった。トムがわたしに口止めしたからである。そりゃ、わたしだって見境なく言いふらしたいわけではないけれど、トムに近づく女の子たちくらいは牽制したいし、友達と恋人についてガールズトークをしたい。

けれど、体面を何よりも気にするトムは、普段どの寮に対しても分け隔てなく交友しているにせよ、恋人がスリザリンと一番敵対しているグリフィンドールなのはゆるせないらしい。その上、今まで上手に色恋というエサをちらつかせて駒として使ってきた女の子たちのネットワークが惜しいようだった。

そんなの勝手じゃない、と思うけれど抜け目のないタヌキのような(トムはダンブルドアをタヌキと言いたがるけど)ところも、好きになってしまったらゆるしてしまうのだ。そうして、トムが女の子をどれだけはべらせようが、どれだけ女の子の手を握って何かを囁こうが目をつむってきた。

それに比べたら告白されるくらい赤子のようなものである。むしろ、マシューに乗り換えた方が幸せかもしれないのだ。そんなことできないのは百も承知だけれど。

「……君は、自分がどれだけ男を勘違いさせるのがわかっていない」

わたしがそんな思考に溺れている間中ずっと指先で机をトントンとせわしなく叩いていたトムが、喉の奥から絞り出したような声でそう呟いた。
へ、と間の抜けた声を上げると間髪入れずトムが体を乗り出しわたしのうなじに手を回して引き寄せ、そのまま強引に唇を重ねてくる。

人が来る、という言い訳が通用しないのはわかっていた。ここは図書室の中でも奥まった場所にあり、わたしとトム以外は知らないからだ。

ただその強引な口づけを受けるしかないわたしは、そっとトムのシャツを弱々しく握った。そうでもしないと力が抜けてしまいそうだった。

「ほら、そういうところだ」

トムは非難するようにそう言うと、もう一度口付けて何も考えられなくさせてしまう。その間にトムがわたしの思考を読んでいることに気づいたけれど、それを止めることもできない。
吐息交じりの声が小さく漏れ始めた頃、やっとトムはわたしを離してくれた。肩で息をするわたしに対し、トムは余裕の表情だ。

「当然だが、断ったようで良かった。曖昧な返事でも返していたら、どうしてやろうかと思っていたから」

先程開心術を使ったのはわたしの返事の詳細を知りたかったらしい。それだけのためにわたしの心を覗かないでほしい。

「でも最近、言い寄られることが増えているようだ」

どこまで見たのか知らないけれど、勝手なきめつけはやめてほしい。そう言い返す元気もないほどわたしはぐったりしていた。

「……こうしよう。君に悪い虫がつかないように」

もう一度彼の顔が近づいてきて思わず身構えたけれど、唇はかすめただけでそのまま首筋に顔を寄せた。何をするのか勘付いてしまい軽く彼の胸を押したけれど、それは抵抗にすらならない。吸い上げるちり、とした甘い痛みに、赤い跡が残されたことを自覚する。

「なまえは僕のものだ。永遠にね」

うっそりと笑う彼は、スリザリンの王そのものだった。


独占欲の塊のくせに、自分は立場のためと言って女の子をたぶらかすのをやめないたちの悪いリドル。愛しいのは主人公だけ、と割り切るリドルの中では正当化されてる。

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