窓から太陽光が差し込む。それに反射して、机の上に広げた鏡がまばゆく光を帯びた。その周りには、櫛やリップクリーム等が置かれている。 チラッと、窓の外に視線をずらした。家の庭で、元気に走り回っている子供達が視界に入る。その中に、私の焦がれてやまない水色の少年が混ざっていた。 「……マサキ、くん」 ほうっ……と恍惚に頬を染めて、その姿に私は魅入った。顔を綻ばせて、頬杖をついてマサキくんを見つめる。 「今日……部活なかったのかな」 サッカー部に入っている彼は毎週末忙しそうに学校に駆けて行く。土日も部活があると聞いた時は、体調が崩れないかとか大変じゃないだろうかとか心配で心配で気が気じゃなかった。自分の事でもないのに、一週間寝込んだくらいだった。 「何してるの?」 「あ、瞳子姉さん。お帰りなさい」 「ただいま。窓に張り付いて、何かあった?」 クスクスと、瞳子姉さんが可笑しそうに笑う。瞳子姉さんは私の近くまで寄って、一緒になって窓に視線を向けた。 「あら、またマサキ?本当マサキが好きね」 「べ、別にいいでしょ……あ、今日の夕飯何?手伝うよ」 「はいはい、今日はハンバーグよ。エプロンはソファーに掛けてあるわ」 「はーい」 言われた通りに、私はソファーに寄って掛けられたエプロンを手に取った。洗面所まで駆けて、手を執拗に洗う。綺麗に泡を流して、また台所に戻った。 「瞳子姉さん、準備出来たよ」 「じゃあ、人参と玉葱の皮を剥いて、刻んでくれる?」 「わかった」 返事をして、私は作業に取り掛かった。確かハンバーグはマサキくんの好物だったから、一緒に作ったって言えば私を見てくれるかな。すごいって思ってもらえるかな。ふふ、楽しみだな。 ニヤニヤと顔を歪め、皮剥きを手に取る。人参を水道で洗って、水を軽く切ってから皮剥きの刃を宛がった。人参玉葱の皮を全部剥いて、今度は切る作業に移る。と、そこで食堂のドアが開いた。誰か来たのかな。 「何してんの?」 「ひゃああああっ!」 いきなり声を掛けられて、思わず大袈裟に反応する。振り向けば、マサキくんが訝しい表情で私を見つめていた。 「あ、マサキくん……」 「大袈裟だなぁ、で、何作ってんの?」 「……ハンバーグ作り、の手伝い?」 「ふーん」 マサキくんが興味なさ気に返事するのを聞いて、胸がチクっとする。彼の一言に左右される自分を、軽く嘲笑った。でも、恋する乙女なんて所詮そんなもんでしょ、と開き直る。そうでもしなきゃやっていけない。 「あんたさ、料理出来んの?」 「え、…出来なくはないと、思う……」 「ふーん。ま、瞳子姉さんの足引っ張らないようにしろよ」 「あ、うん」 どうしよう、私マサキくんの目にそんな料理出来なさそうに映ってたのだろうか。もしそうだとしたらすごいショック何だけど。一応これでも、オシャレとか気を使ってたんだけどなあ。今度から瞳子姉さんに料理教えてもらおうかな。でも瞳子姉さん忙しそうだし、自分でやろうかな。 悶々と一人で思考を巡らせる。すると、人差し指の指先に鋭い痛みが走った。 「痛、っ」 思わず包丁の柄を放す。シンク台に落ちたそれを広い、まな板の上に置いた。左手の人差し指に手を添えて、傷を確かめる。あ、結構……深くはなかった。絆創膏取って来なきゃ。 「えっと……瞳子姉さ……」 「ほら、言わんこっちゃない」 「へ、」 「指、見せて」 「え、マサキくん?」 「早く」 急かされ、恐る恐ると人差し指を差し出す。血が浮き上がった傷口を見て、眉間にシワを寄せた。「ちょっと待ってて」と残し、リビングに戻って行く。少しして、絆創膏を持ち台所に戻ってきた。 「指、洗って」 「あ、うん」 「そしたらちゃんとタオルで拭いて」 言われた通りに動く。一連の動作を終え、マサキくんに「終わったよ」と言えば、マサキくんは無言で私の左手を掴んだ。人差し指に封を開けた絆創膏を宛てがって、巻く。テキパキと進めるマサキくんに見取れてしまう。 「ほら、これでいいだろ」 「あ、ありがとう」 「ふん、気をつけろよ」 「はあい」 マサキくんに、手当してもらった。それだけで、私は馬鹿みたいに浮かれる。マサキくんにばれないように、小さく笑みを浮かべた。「何かごめんね、マサキくん」「別に」そう言って、マサキくんはそっぽを向いた。それから言いにくそうに口をもごもごと動かして、少ししてから意を決したようにして私の方に向き直り、しっかりとした口調で、こう述べた。 「その、家族、だろ。俺ら」 「だから、気にすんな」「…うん、ありがとう」「おう」わかってた。わかってたけど、きついなあ。マサキくんが、私に向けてる感情なんてそれだけで、それ以上望んじゃいけないのに。家族って言ってもらえただけで、私は幸せなのだ。大丈夫、また、頑張れる。 貴方が私に笑顔を向けてくれただけで、それだけで私の動力になるのだから。だから、マサキくんが私の存在を認知してくれてるだけで、私は。 私は、満足なのです。 ――― 20120304.わたしは作られています 企画提出 |