神童くんと言えばあのサッカー部のキャプテンで、柔らかな物腰と優しく真面目な性格からかモテる。かなりモテる。噂じゃ昨日は隣のクラスの長谷川さんに告白されたって言うし、その前は5組の柳さん、またその前は3年の先輩にラブレター貰ってたし、今日は一年の可愛らしいロングヘアの子に呼び出されていた。――とまあ、こんな感じに彼はより取り見取りのモテない男子からしたらかなーり羨ましいポジションに属している。本人はあまり嬉しくなさそうだけど。


「しっかし、女子もよくまあやるよねぇ……告白なんて」

「それを女子であるお前が言うか」


ぽつりと漏らした言葉は前の席の霧野に拾われる。霧野は呆れたようにやれやれと肩を竦めて、椅子に座ったまま私の方に体をよじった。


「だってさ、同じ学年ならともかく全く接点がないと言っても過言でない三年や一年が神童くんに告るんだよ?望みが薄いって思わない?」

「そうだけどさ……」

「夢見るだけ無駄無駄。私なら、勝算の低い賭け事するくらいなら数学の先生のヅラを取りに掛かるね。」

「どんだけだよ」


「変な奴。」と霧野は可笑しそうに目を細め笑みを浮かべる。くそ、イケメンは何をしても様になるとは本当だったな。
よくよく考えれば目の前で私と話してる霧野もモテる方に分類されてる筈だ。此処は経験者に聞いてもいいだろう。


「霧野さ、他学年から告白された時どんな気分?」

「は?……あー、微妙かな」

「微妙?」

「ああ、まあ……あんまり知らない奴だし」


やっぱり知らない人からの告白はされた側からすると微妙なのか。成る程。


「じゃあさ」

「まだあるのかよ」

「私が神童くんに告白してもまだ勝算はあるよね?」

「………は?」

「ありがとう霧野。勇気出たよ。」

「は……ちょ、おま」


驚いたような、どこと無く焦りを感じさせる霧野の声を無視して、私は席を立つ。向かう先は、自分の席で静かに読書をしている神童くんの元。
背後で霧野が何か煩いけど、気にしない。思い立ったら吉日って、昔の人も言ったもんだ。


「神童くん」

「…?どうかしたか?」


読んでいた本に栞を挟み、わざわざ私の方に顔を向けてくれる神童くん。律儀というか、なんと言うか。
視界の端に、呆れた目をして私と神童くんを見守る霧野が見えた。心なしか目が据わっている気がする。どうした悟りでも開いたか。


「いきなりごめん、」

「いや、大丈夫。」

「あのさ」


小さく深呼吸をする。大丈夫大丈夫、私は出来る子頑張れる子だ。こんなの、言ってしまえば後は楽なんだから。


「……私さ、神童くんのこと」

「……?」


「………好き、なんだけど」


ガタンッ

その音にクラス中の視線を集める。音を出した張本人の神童くんは顔を真っ赤に染めて、目を見開いて私を見つめた。


「……神童くん?」

「っ……す、すまんいきなりっ……」


神童くんはそれから顔を赤くしたまま黙り込んでしまった。時々自分の指先を弄りながら、「え、」とか「あう、」とか、小さく言葉を漏らしている。
駄目だったかなあ、と思った。なんか困ってるっぽいし、失敗だったかな。
じわ、と滲んで来る涙をばれないようにして、「ごめんね」と言おうと口を開いた。


「あ、の……ごめ」

「俺も!」

「……へ?」


顔を上げたら、神童くんが涙目で、でもしっかりと私を見据えて、力強い光りをその目に含ませていた。


「……俺、も…好き………です」


そう言い切って、また更に顔を真っ赤に染める。顔中赤くて、まるでトマトみたいになっていた。
私はと言うと、神童くんの言葉を聞いた途端に顔が熱くなっていって、心臓もドクドクといつもより早く脈打っていた。どうしよう。なにこれ、心臓が壊れそう。


「あ……」

「だから……俺と、」


ドクドクドクドクドク!また早くなる。これでもかと言う程に、私の心臓は音を刻んでいて、周りに聞こえてしまうんじゃないかと錯覚してしまう。


「っ……付き合っ」

「はーいそこまで!」


肝心なところで、霧野が神童くんと私の間に割り込んで制止の意を唱える。視線だけで霧野を咎めてると、丁度目が合った霧野に盛大にため息を着かれた。


「……愛の告白をするのが悪いとは言わない。だけどな、場所を考えてくれ場所を」

「あ」


ハッと我に返り、思わず周りを見渡す。皆一様にして、顔を赤くする人もいれば囃し立てる人、ニヤニヤと笑い微笑ましいモノを見る目をこちらに向ける人、様々だ。
私はそこで、やっと此処が教室だった事に気付いた。


「………!」


やってしまった。何で私公言告白してるのていうか公言告白って何ああああ駄目だ収集がつかない。
どうしようかと思考をフル活用して考えてると、耐え切れなくなったのか神童くんがいきなり私の腕を掴んで、一目散に皆の視線から逃れるようにして教室の外に出た。


「っ、神童くん!?」


びっくりして前にいる神童くんの後ろ姿を見つめる。よく見れば、神童の耳はてっぺんから残さず真っ赤になっていて、恥ずかしくて自分の顔を神童くんの足元に向ける。多分私も真っ赤だろうな。


何だか、愛の逃避行みたい。


遠くで聞こえる授業の始まりのチャイムを背に、私は一人そんなことを思った。



―――
20120130.赤面フーガ/企画提出


 

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