22
「ぜ、、、」
「全然眠れなかったー。」
はぁ、とため息をつく青白く陰湿そうな地味な顔。
鏡にうつった自分の顔に春は、ますます憂鬱になる。
あの後、客間に案内された春はドキドキと煩い心臓に苦しめられ、落ち着いたかと思えば自分の発言を思い出しては恥ずかしくなりと、なかなか寝つけず朝を迎えてしまった。
あまりに早く起きて
(あんな風に大人の男の人に抱きしめられたことなんてないから、びっくりしちゃった、、、。)
ずっと母一人子一人の生活で父親を知らずに育ったのだから仕方がない。
けれど、母とは違う広い背中が、また自分をすっぽりと包んでしまう身体の大きさに照れくささと同時に胸がぎゅっと押しつぶされそうな感覚を味わった。
孝彦に会うのがなんだか恥ずかしい。
「でも、まぁ今日はお出かけ日和だ。」
頬を軽く叩いて春は気合いを入れる。
「お弁当いるのかな?」
その前に朝ごはんかーと、独り言を言いながら手を洗い洗面所からでる。エプロンをみにつけキッチンにたつ。
このエプロンは孝彦がプレゼントしてくれたものだ。
淡い水色の爽やかでシンプルなエプロン。
孝彦が帰宅早々にそっと控えめに差し出すその姿が理人そっくりで血のつながりの強さを感じた。
そしてわざわざ、昼休みに店に足を運んで選んでくれたと聞いてとても嬉しくて『一生、大切にしなくちゃ!』と決意した。
理人も気に入っているのか、エプロンをつけているとエプロンの端を引っ張りながらニコニコしている事が多いのだ。
手早く炊飯器をセットして、冷蔵庫をあけた瞬間に気づいた。
(和食でよかったのかな?)
朝ごはんといえば、自分は和食派だ。
もちろんたまには洋食、パンも食べるけれどなんだか贅沢な気がして時々しか食べることができない。
母が和食が好きだったから、自分の為に用意させるのがなんだか申し訳なかったのだ。
孝彦のキッチンには、大きなオーブンもあるしパンを作るのも楽しそうだ。
「孝彦さんは、洋食なイメージだなぁ。」
孝彦がカトラリーを使ってイングリッシュブレックファーストを食べる姿を想像してみると似合いすぎて、失敗してしまった気がする。
きっと食後にはコーヒーだろう。
春はそんなことを考えながら、きのこたっぷりの味噌汁とだし巻き卵、きゅうりの浅漬け、ほうれん草のおひたし、焼き鮭と手早く調理していく。
「いーにおい!」
ぱたぱたと可愛い足音をたてながら、理人が春の足に抱きついた。
「おはよう、理人くん。」
「はるちゃ!おはよーごじゃいます!」
にこにこにこ。
理人は嬉しくてたまらないっというように春の足にぐりぐりと頭をすりつける。
「可愛いなぁ!もう!」
春は手を洗うと理人を抱き上げる。
するときゃはは!と理人が笑い声をあげた。
「よく眠れましたか?」
「うん。あ、あの、ね。りひと、ごめんなさいするの。」
昨日のことを気にしているのだろう。
目がうるうると潤み出し、少しだけ俯いてしまう。
「なかなおり、したいの。りひと、たかひこしゃんすき。」
「そうだね。孝彦さんも理人くんと仲直りしたいって思ってるよ。」
春が優しく理人の頭をなでると、少しだけ安心したのかほんと?と首を傾げる。
「ほんとだよ。理人くんはいいこだもん!孝彦さんも理人くんのこと大好きだよ。」
「たかひこしゃん、やさしーの。
あのね。
まっくろなひと、いっぱいなの。
ゆーと、ないて。
しらない人、うるさいって。
たかひこしゃん、ぎゅーってしてくれたの。
ご飯もいっぱい!
だから、やさしーの!
りひと、しってる!」
理人がこんなに思いを伝えようとするのは、珍しい。
言いたい事がなかなか言えなくていつも我慢していたのに。
(それだけ孝彦さんが好きなんだなぁ。)
孝彦と仲直りがしたくて、それを伝えたくて一生懸命な理人。
理人がいっていたまっくろな人など、その時の状況はよく分からないが、不安な時に理人を抱きしめたことは分かった。
きっと、理人はとても安心したのだろう。
「僕も孝彦さんが優しいこと知ってるよ。」
孝彦さんがきたら、謝まろうね。と春は理人の頭を再度なでた。
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