15

「いーにおい・・・。」
理人は、小さいながらもツンと上を向いた形の良い鼻を動かした。
目を閉じたまま、暫らくの間くんくんと匂っていたがゆっくりと体を起こす。
「いーにおいがするよ?」
「なんだと思う?
フカフカのカーペットの上、日当たりの良い特等席で洗濯物を畳んでいた春が理人の頭を撫でた。
とろんとした寝起きの目がなんとも可愛らしい。
「んーと・・・。」
あくびをしながら、春に手をのばす理人を抱き上げ春の膝の上に座らせる。
「えーと・・・うーんと・・・。」
春は一生懸命に考えている理人に相槌を打ちながら、昼寝からまだいまだに目覚めることのない優人のタオルケットをかけなおした。
春の横を陣取り、シャツの端をぎゅっと握りしめている優人だが
時折思い出したようにシャツを口に入れている。
(面白いなぁ。)
笑いをこらえていると、理人が大きな声をあげた。

「おさかな!」
きらきらの笑顔で『ねぇ!そうでしょ?!』という期待の目で見上げられ、春はついに大声で笑った。
「あははは!そうだよー、正解!」
理人くんの好きなお魚の煮付けです〜と、理人の頭に頬をおしつけぎゅうと理人を抱きしめた。
きゃあ!と声をあげ、理人がコロコロと笑った。

「あー!!」

春と理人の笑い声で起きたのか、優人はご機嫌に手をふっていた。
「ゆーと!」
「優人くん、おはよう。よく眠れたかな?」
二人に気づいてもらえたのが嬉しいのか、にこにこと笑う。
「かわいい〜!」
春は優人のおでこに自分のおでこをくっつけた。
「かわいいー!」
理人が真似をして、優人のおでこに自分のおでこをくっつける。
「あははは!」
三人の楽しげな笑い声がリビングいっぱいに広がった。








ドサっ
何かが落ちる音がして、春が顔をあげると
リビングの扉をあけた状態のまま孝彦がたっていた。

「おかえりなさい、孝彦さん。
今日は約束通り早く帰ってきてくれたんですね。」
ありがとうございます、とにっこりと笑う。

「・・・あぁ・・・。」
「ほら、理人くん。孝彦さんに何か言うことは?」
理人は、まだ孝彦にどう接していいのか分らない様子だ。
孝彦の存在を知った瞬間に春に強く抱きつき、ちらりと孝彦を窺っていた。
春が優しく促すと小さいこえで『・・・おかえりなしゃい・・・。』と言った。
「ただいま・・・理人。」
それだけ言うのが精いっぱいというように言葉を吐きだした孝彦はまっすぐに春たちを見つめていた。


「あの・・・鞄が床に落ちてますよ?」
「・・・あぁ・・・・。」
「どうかしました?」
「・・・あぁ・・・・。」
「孝彦さん?」
「あ!・・・いや、その・・・。」
ようやく我に返ったのか孝彦がゆっくりと床に落としてしまった鞄を拾った。
「君が・・・君と理人と優人が・・・・







あまりに眩しかったから、驚いた。」


ここが自分に家ではないようで驚いたんだ、と孝彦は相変わらずの無表情さで春を真っすぐ見つめたまま、言った。

その瞬間、顔に熱が集中した気がした。
(それはこちらのセリフだよ・・・。)

暖かな夕陽が孝彦を包んでいる。
大人の男らしい異常に整った顔に光がさして、無表情さは相変わらずだが目が優しい。
初めて会った時よりもずっとやさしい。

ゆっくりとこちらに歩いてきた孝彦は、長い足をおって春の正面に座った。
「ただいま。」
しっかりと春に向けられて言われた言葉に嬉しさが込み上げる。
「おかえりなさい・・・。」
「良い匂いがするな。」
呟かれた言葉に驚いた。
「・・・おさかな!一緒だね!」
理人が嬉しそうに孝彦に微笑みかける。
「あぁ・・・魚の煮付けの匂いか。春くんの煮付けはおいしいから、理人は好きなのか。」
孝彦の大きな手で頭を撫でられ、理人は恥ずかしそうに下を向いた。
「一緒だよ・・・?」
それでも孝彦に伝えたくて、でも恥ずかしくて・・・理人は上目遣いに孝彦を見上げた。
理人も決して孝彦が嫌いな訳ではない。
なんとなく、自分たちを守ってくれているとは感じている。
春の様に直接的ではないが、愛情を向けられていることは感じているのだ。
建前ばかりを気にする大人たちと孝彦は違う、信じていいのだという思いがある。
だからこそ、嫌われたくなくてどうしていいのか分らなくなるのだ。
あまりに孝彦が感情を表に出さないから・・・・。
そんな孝彦に自分と一緒だということを何とか伝えたくて、伝えたくて分ってほしくてでも伝わらない。
孝彦が首を傾げるのを見た瞬間、理人が悲しそうな顔をした。
それを見た春が慌てて補足する。
「理人くんも良い匂いがするって言ってたんですよ。」
「あぁ・・・そうか。」
理人と一緒だな、と孝彦はもう一度理人の頭を撫でた。
理人は春に再び抱きついた。
孝彦の方からは、理人の後頭部と背中しか見えない。
今度は孝彦が悲しそうな目をする。
「孝彦さん。理人くんは嬉しすぎてどうしていいのか分らないんですよ。」
春は自分の洋服の理人が顔を押しつけている部分が温かく湿っていく。
「あなたに言葉が伝わって、あなたに頭を撫でてもらった。
それが嬉しいんですよ。」



子どもは愛情に敏感だから。

「そうか・・・。」
それだけ言うと孝彦は難しい顔をしながら、理人の頭を繰り返し繰り返し撫で、
春はそれを見ながら、ぎゅっと強く理人を抱きしめた。














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