12



らしくない事をした。


会ったばかりの子に世話になって、図々しくまた会って欲しいと拙い言葉で縋ってしまった。

こんな自分は初めてだ。


(しかし……)

パリっと糊のついたシャツに皺一つないスーツ。
磨かれた革靴。
ポケットにはアイロンのかかったハンカチ。




そして目の前のお弁当。


蓋を開けると色とりどりの野菜が盛り込まれ、孝彦の健康を気遣った内容になっている。

もちろん味付けの濃い肉類もあり、いつも孝彦の腹を満足させてくれる。


そしてこの5日間、毎日思うのだ。




例え無様な姿を晒しても春を引き留めることが出来て良かった……と。


むしろ、自分で自分を褒めてやりたいとすら思うほどなのだから。


今日も家に帰れば、最近孝彦に笑いかけてくれるようになった理人と機嫌のよい優人がいるだろう。


そして春がエプロン姿で迎えてくれるに違いない。

あの色っぽい声と唇で『お帰りなさい。』と言って出迎えてくれる筈。


そのフワフワとした空気に孝彦はいつも照れ臭くなるのだ。

そして
今まで味わった事のない、抱き締めたい!という強い衝動が湧き上がる。


春を見ていると説明できない複雑な感情にいつも

そういつも……

支配される。



抱き締めたい

笑っていて欲しい

キスしたい

嫌われたくない

このままでいたい

離したくない

側にいてくれるだけでいい



抱きたい


即物的な欲は孝彦好みの春の外見に反応する。
でもそれ以上に今の関係を壊したくないという自分がいる。
矛盾する思いに胸が苦しい。

春の中身を知らなければ無理やりにも抱いていたかもしれない。
だがあの空気を味わってしまったら………無理だ…


春に嫌われたくない。


大切だから何も出来ない。


(こんな気持ちは知らない………。)





「おーい、邪魔すっぞ!」
カチャリと扉をあけて入ってきたのは高校からの友人である部下の嶋田。
「何か用か?」
孝彦は弁当をさり気なく横にずらした。

「これ例の書類。」
無造作に放り投げられた書類に孝彦は目を通すと判を押した。


取締役のスペースに。


「こんな二度手間かけるなら、さっさとお前が取締役になればいい。幹部連中もそれを望んでる。」
「時間がなくなる。理人たちがいるからな…。」
孝彦は春や理人たちを思い浮かべ、穏やかな気持ちになった。
取締役など引き受ければ長い間、仕事に追われる日々が続いてしまう。
今の楽しくも暖かい時間が減ってしまうのは明白だ。


しかし……
社員のことを考えると、早く相応しい人物が取締役というポストにつかねばならない。

損失がでるまえに。



「何もお前が引き取ることはなかったんだ!養子にだして裏から援助してやれば良かったんだよ!!」
孝彦の言葉に嶋田は異常なまでに反応した。

「兄弟揃って引き取ってくれる家庭がなかったんだ。」

嶋田は頭を抑えた。
「いいじゃねーか!それぐらい!」
「駄目だ、兄弟は一緒にいるべきだ。」
「じゃあ、本家にいる使用人に育てさせればいい!それぐらいあの女だって許すだろう!」
「それでは駄目だ。両親がいなければ……。母親は子どもを愛し家庭を守り、父親は稼がなくてはならない。後妻の涼子さんはそんな器ではない。第一、父親役がいない。」

はぁぁぁと大きな溜め息が聞こえた。

「お前は家族や家庭に幻想を抱きすぎだ!!崩壊している家庭が珍しくない現代社会にいて何を言ってんだ!第一、今の時代に家庭を守ってくれる良妻賢母がいるわけっ!………って何だ、それ?」

嶋田がパソコンの横に置いていた弁当を指差した。
「弁当だ。」


サッと嶋田が顔を青くする。
「まさか、お前が?」
孝彦を指差す手が震えている。
「志保が作れる訳がないし、まさか……お前が作ったとかじゃないよな?いやいや……流石に無理だよな?お前料理はやったことないんだし………。」





「これは春くんが作ってくれた。」




嬉しそうに笑う孝彦から発せられた言葉に嶋田はパカッと口を開けた。







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