宵闇3/5





血表現アリ。閲覧注意


真夜中は人ではない異形が蠢いて人を貪るんだよ、と父にいわれた事がある。
だから真夜中は外に出たらいけないよ、と優しくてごつごつした大きな手で撫でながら自分に言い聞かせていたのはみずきの中で数少ない暖かな思い出である。

「…お父さんに会いたいな…」

今はもう夢物語に過ぎないが。







人が寝静まった夜、暗幕を照らす月が町を照らしている。煌々と輝く月の光が何とも風流である。
そんな月夜に蠢く影があった。影をよく見てみるとそれは人間であった。追う人間と追われる人間である。

追われている側は正に必死と言わんばかりの顔だ。それもそうだろう彼は追いかけられているのに心当たりがありすぎた。
ひもじく、金が欲しいあまり手を貸してはならない者に手を貸してしまったのだから。
男は必死に走りながら以前仲間内で噂していた話題を思い出していた。


神に反したら"異端審問"がやってくる、と


「異端審問」この言葉を聞いた事はないだろうか。
異端審問とは、「中世以降のカトリック教会において信仰に反する教えを持つ疑いを受けた者を裁判するために設けられたシステム」の事である。
綺麗に言ってしまえばそうだが、簡略的に言えば「カトリック教徒ではない者を拷問にかけるシステム」だ。
捉えられたら最期、あらゆる拷問にかけられ命を落とすケースがほとんどだ。

「アイアンメイデン」「ラック」「スパニッシュ・ブーツ」と呼ばれる道具も実際に拷問で使われたようだ。
特にスペインの異端審問は残酷を極めたとされ、他にも「魔女狩り」と称され幾人の女性が無実の罪で火あぶりになった事だろう。

男はそんな噂を馬鹿馬鹿しいと思っていた。なんせ、異端審問なんて何世紀の話だ。

そう思っていたのに


「来るな・・・来るなああああああ!!!!」

樽を転がし、幾度と地元の人しか知らない道を走ってもソレは追いかけてくる。ジワジワといたぶる様に、拷問の様に、呪縛の様に。

は、と我に帰れば突き当たりに来てしまった。袋小路である。

「・・・もう、逃げないで下さい。」

それは逃げ道をなくすかの様に立っていた。
白黒のツートーンの服を纏ったソレはフードを被っている為か顔がよく見えない。はっきりと見えるのは服に描かれた十字架である。
コツ、コツ、とそいつが近づいてきた。男は周りを見渡すが高い壁に囲まれているせいで活路を見いだす事が出来ずにいる。

月は何の冗談か、ソレを映し出した。
瞬間、男は目を見張る事となる。









ソレは少女であった。十代半ばであると推測出来る。
知り合いの娘と同じくらいだろうか?

短いスカートを履き、顔はフードで隠しているが月が薄らと顔を映した。
途端に男は彼女の瞳に惹き付けられた。
深い深い蒼い瞳、まるで海原を連想させる瞳であった。

「おいおい、嘘だろ・・・?」

まさか、自分を追っていた者がこんな可愛らしい少女だったなんて。
しかし男を射抜く殺気は本物で、思わず喉が引きつってしまった。
だれも経験した事なんかないだろう、死など。できれば自分も遠慮被りたいが彼女がそれを許さないだろう。
どうやって此処から抜け出そうか、自分はまだ死にたくないのだ。
男が考えた方法は二つ
一つはこの高い壁を登る事だ。しかしこの方法は相手に後ろをとられる為、気は進まない。
もう一つは彼女を殺して逃げる事だ。しかし返り討ちにあう可能性は非常に高い。
それでも、後者の方法をとるしかないだろう、それしかない。
目の前にいる彼女を見てみろ。まだ青い子供ではないか。それに彼女は女。力の差でどうにかなるのでは?
そう思うと不思議と体の震えが止まった。

「!」

近くにあった鉄パイプを手に取ると奴は目を見開いた。どうやら反撃に出るとは思わなかったようだ。

一撃、一撃でいい。鉄パイプで殴り怯ませた後、首をついと捻るだけでいい。その後に彼女の体で遊べるかもしれない。
そしたら自分にハクが付くし、もっと金が入るかもしれない。


あの千年公から。








「おあああああああああ・・・!!」

男は雄たけびを上げ彼女へ突進を図る。彼女は焦ったのか、こっちへ来ないで!と言っているが知るものか。
一メートル、と近づいた時だった。
何かが自分の体に食い込んだ感触とともに何かが自分から離れていく変な浮遊感に襲われた。
それは自分の手首だった、肘だった、膝だった、腕だった、腹だった、顎だった。

自分の体の各部位だった。

「ー!」

何が起こったんだ、自分の脳さえも細切れになっていくので思考がついていけないが分かったことがある。後ろを見やったとき微動だにしない彼女の手前に血で濡れた糸が張ってあったのだ。ワイヤーである。
奴はあらかじめ自分自身の前にワイヤーを張っていたのだ。まるで男の行動を見越していたかのように。
それに気づいた時、既に男は絶命していた。











男を一瞬にして肉塊に変えてしまったワイヤーはするり、と意図をもったように何処かへ消えていくと彼女の前に二つの影が降り立った。

「・・・助けてくれてありがとう。右鈴、左鈴。」

そう言われた二人は嬉しそうにくるりとその場で回ってみせた。
さて、少女はフードを脱ぐと顔を背後の肉塊へ向けた。
それはもう生命の宿っておらず、動かず、思考せず、食をとらず、感情を表わさず、何も愛さない、ただの塊に視線を動かしたのだ。
少女はしゃがみ込み塊の前で手を合わせる。この国では見られないこの行為は、極東の国で弔い、祈りの形としてよく知られているポーズだ。


「ー・・・ごめんなさい・・・」


そう言って頭を垂れたのだ。


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