It's so complicated
「bingo」
シャーロックの声にティファニーは資料を漁っていた手を止めた。
どうやら見つけたようだ。
「I found it」
シャーロックは機嫌良くそう言った。
続いてページを捲る音。彼がここで考え始めたらいつここを出られるかわからない。
ティファニーはシャーロックに近寄り彼が持つファイルをひったくった。
不服そうに自分を見下ろすシャーロックの唇に自身の人差し指を押し付ける。
「ダメよ。上がっていつもの部屋で考えましょう。その方がいいわ」
シャーロックは反論したそうに口を開いたり閉じたりとしていたが一瞬考えただけで頷いた。
「…そうだな。さっさと上がろう」
興奮したようにそう言い、走るように去っていくシャーロック。
彼の背中を一瞥し、思わずクスリと笑ってしまう。
仕方ない、自分も行くとしよう。一歩踏み出し、唐突に床がグニャリと歪んだ。
目元が霞んでいるのか。そう思い目を擦ろうとすると今度は頭痛が襲いかかってきた。
激しい頭痛に思わず頭を押え、蹲る。声を出そうにも出ない。短い呼吸が吐き出されただけだった。
誰か助けて…。声にならない声。その時、声が聞こえた。
「ティファニー?」
ジョン。ジョンだ。
近づく気配。しかしそのままぐったりと倒れ込んでしまう。
「ティファニー…!!しっかり!」
抱き起こされるような感覚。
何か言おうとするが声にならない。
「待って。今、医者を呼ぶ。いや、シャーロックがいいのかな。あ、早く呼ぶよ」
携帯を取り出し、どこかに掛けるジョンを見、ティファニーは意識を手放した。
*
目を覚ますと懐かしい匂いと懐かしい感触が手に伝わった。
しかしそこはグリモールド・プレイス12番地ではない。ようやく思考が纏まってきた。
いや、でもそんなはずない。自分はもう卒業したはず。
戸惑うように体を起こし、辺りを見渡す。間違いない。確信する。
「ホグワーツ…」
それも医務室のベッド。自分は制服のまま横たわっている。
どうなっているのだ。確かに自分は卒業し、癒者になったはずだ。聖マンゴで働いていた。
ベッドから降り、鏡を見ると何と鏡の中の自分が若返っている。
自身の頬に触れる。肌は滑らかでモッチリ。若々しい。
「あら、ミス・ブラック」
マダム・ポンフリー。彼女にはとてもお世話になった。
懐かしい顔に抱きつきたい衝動に駆られたが心の中に留めておいた。
「起きたのですね。皆が心配していましたわよ。勉強のしすぎね」
「すみません…」
マダムはニッコリと微笑み、首を振った。
「いいのよ。でもまだそのまま眠って。貴方とっても疲れているわ」
はい、と返事し再びベッドに潜り込む。
吸い込めば医薬品の匂い(ただし人間界とは大きく違う独特な)。
カーテンを閉められ、目を閉じる。何ということだ。
知らない世界へ行ったかと思えば、今度は過去へと飛んだというのか。学ぶ魔法の課程を修了させたティファニーでも分からなかった。
考えていると誰かが入ってくる気配がする。
「あの、ティファニーは?」
またまた懐かしい声にティファニーは目を開け、上体を起こした。
「そこで眠っています」
数秒してカーテンが遠慮がちに少し開いた。
覗く顔に向かって微笑む。
包帯を少し巻いた少年の顔が驚きに満ち、やがて綻ぶ。
「リーマス」
「大丈夫かい?」
「ええ。でも一体何が起こったの?」
首を傾げるとリーマスはカーテンをしっかり閉め、備え付けの椅子に腰を下ろした。
「魔法薬の授業で気絶しちゃったのさ。原因は調合ミス」
「え?私ミスしたの?」
顔を曇らせるとリーマスは慌てて首を横に振った。
「言い方が悪かったね。ミスしたのは君じゃない。…僕だ」
バツが悪そうにリーマスは苦笑を浮かべ俯いた。
彼が落ち込むと自分のモチベーションも下がる。眉根を下げ、ティファニーはリーマスの頭に手を伸ばした。
ゆっくりと優しく撫でる。
「ああ…リーマス。私なら平気よ。だからそんなに落ち込まないで」
眉根を下げたまま微笑めばリーマスも微かに笑ってくれた。
「ありがとう、ティファニー。君だけに許して貰えれば僕はいいんだ」
引っかかるような言い方にティファニーは撫でる手を止めた。
リーマスから視線を外し、考える。
一体どういうことだろう。自分以外に許さない人がいるのだろうか。
「あ…」
きっと兄のレギュラスやスリザリン生たちだ。
「ごめんなさい、リーマス…私のせいで」
ごめんなさい、とまた続け、頭を下げる。
両肩をやんわりと触れられ、頭を上げさせられた。
穏やかに笑うリーマスの顔と目が合う。
「いいんだ。気にしなくても」
「でも」
唇を短いキスで塞がれ、何も言えなくなる。
そんな複雑そうなティファニーの顔を見遣り、リーマスは困ったように笑った。
「僕がいいって言うんだ。それに悪いのは失敗した僕だ。だからそんな顔しないで、ティファニー」
思わず自分の頬に触れ、俯いた。
一体どんな顔しているのだろう。
「…わかったわ」
「君のためにチョコレートを持ってきたんだ」
「え?でもマダム・ポンフリーが」
悪戯っぽく笑い片目を瞑るリーマスに口を閉ざし、微笑み返す。
悪戯仕掛人の一員なだけある。
彼のほんのちょっと悪い顔も好きだ。
リーマスがローブのポケットから取り出した板チョコの欠片を一口食べる。
甘さが今は何だか心地よかった。体が糖分を欲していたのだろう。
でも何だか不思議な気分だった。掌に視線を落とす。自分の魔力が暴走しているのだろうか。
そんな話聞いたことがない。多くの魔法使いや魔女は杖がなければ魔法を扱えない。
11歳未満の子どもは稀に不思議な魔力を発揮しそれによって“マグルではない”、“魔法が使える”と判断されるが時間や空間移動するほどの魔力など聞いたことがない。
だとしたら純血であるブラック家の血筋の突然変異?遺伝子の突発的な変異。
いいやだとしても納得できない。ブラック家にそんな力を所有していたという話は聞いたことがない。
一体自分に何が起こっているのだろうか。